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「うーん、これどくのやつかなぁ」
『これは食べれるけど辛いものでは無かったかしら』
「そうなの?じゃあやめとくね」
森の中を身丈に合わぬ大きなカバンを背負って進んでいく少女は見えぬ声と会話しながら、師匠に頼まれた薬草を集めていく。比較的安全的な場所に生えていて、頻繫に使われるために魔法使い見習いのお使いには最適だ。
少女の傍らで首を傾げた女性は、身に纏う白いワンピースの裾を払って立ち上がった。物心ついた時からずっと、少女にだけ見えている何故か顔の見えない女性。他人に見えていないことは彼女から教わった。アリアや周囲に危害を加えることはなく、危ない場面や困っている時に現れて助言をしたり、落ち込んでいるときには慰めの言葉をかけてくれることもある。名前は教えてもらえなかったので、少女はその存在をリウと名付け、ずっと一緒に過ごしてきた。
「アリア、こんにちは。またひとり言?」
「うん、リウが教えてくれるの」
「それはすごいな」
突如、空中からひょいと現れた、隣の家に住む少年、ネルが手元を覗き込む。リウのことを他人に話すことは無いが、彼女と喋っていることを隠すつもりもないので、よく空に向かってしゃべりだす変な子供だと周りには認識されている。
彼女の奇妙な性格にも慣れている彼は集められた薬草を一通り見て目を輝かせた。
「すごいね、アリア!一本も間違えてないし、採取方法も丁寧だ」
「まあ、できがちがうからね」
「意味わかってるかい?」
「なんとなく?」
悪びれる様子も気まずそうな様子もなく首を横に振ったアリアはネルに目をくれることもなく、薬草を集め続ける。彼女の脳裏にあるのは師匠の焼いたパンケーキだけだ。
そののんきな様子にため息をついたネルはしゃがみこんで一緒に薬草を探し始めた。無言で二人採取をしていると、不意にアリアが口を開いた。
「なんで来たの?」
「暇だからね」
「ネルの師匠は?」
「君の師匠に会いに行くっていなくなったよ。どうしようかと思ってたら、遠目に君が見えたから追いかけてきたんだ」
隣の家とはいえ、歩いていけば一時間はかかる道のりである。師匠たちは箒に乗ってさっさと行けるが、見習の子供たちが箒の乗り方を習得するのにはもう少し時間がかかる。ネルはちらりとアリアを見たが、彼女はもう自分の世界に入っていて、少年のことは全く気にしていないようだった。
しばらく黙々と薬草を摘んでいると、突然アルフィが宙から現れた。
「子供たち〜、頑張っているわね!そろそろ日が暮れるからお家に帰りなさい~」
「師匠」
「ネルの師匠さん!」
まるで自分の師を見つけたかのように喜びを表すアリアにアルフィも思わず表情を緩ませる。彼女は倫理にかける部分はあるが、基本的には子供には優しい。
「ほらほら、あんまり遅くなるとアネリが心配するからね。送って行ってあげようか」
「じぶんでかえれるよ」
「いーや、大人に甘えておく方がいい時もあるんだよ」
確かに気づけば陽は傾き、植物たちもいそいそと夜の支度を始めている。胸を張って手を差し出したアルフィの手を取ろうとすると、隣にリウがふわりと立つ。
『怖い人には着いていっちゃダメよ』
「この人はだいじょうぶだよ」
「あら、不思議ちゃんのお出ましね。心配しないで、本当に帰るだけよ」
親友の弟子の奇妙な言動に慣れているアルフィは全く気にした素振りもなく、ネルを肩車で担ぎ上げ、右腕でアリアを抱えると、空中に向かって慣れた様子で魔法陣を描いた。
『…』
何か言いたげなリウだったが、アリアが首を振って大丈夫だと示すと、森の暗闇に解けるように消えていった。
「アルフィさん、師匠とおはなししたの?」
「お?まあね、ただの世間話よ」
アルフィはぐらかすようにふわりと笑って魔法陣に触れた瞬間、周囲の景色が変わり、目の前にはアネリの家が現れた。こじんまりとしているが、二人で住むには広いとさえ言える立派な家だ。壁には最近描かれたかわいらしいらくがきが残されている。
「ありがとう!」
「いいのよ、またね〜」
「またな」
『…』
いつの間にか隣に現れたリウは黙って師弟を見送った後、彼女を見つめていたアリアの手を引いて促した。辺りはすっかり暗くなっている。
「かえろっか」
『そうね…』
ずっと黙っていたリウは呟くように返事をして、手を強く握った。