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「てことでセシル!おきがえのじかんだよ!」

「わっ!」


 まだ少し遠慮した様子できょろきょろと家の中を見渡している少年にアリアが飛びつく。セシルは目を丸くしながらとっさに腕を広げて受け止めた。アネリが耐え切れずに床に崩れこんだ二人のそばに座り込む。


「アリア、セシルはまだ慣れてないから手加減してやってくれよ」

「まあ、着替えってほどでも無いがとりあえず、外に出る時は必ずこの黒い布で顔を覆ってくれ」


魔法使い達が顔を覆う理由はその特殊な瞳にある。生まれつき、魔法使いは星空の瞳を持つ。その瞳は見る者に恐怖と混乱を齎し、時に廃人にしてしまう。そして、それは魔法使い同士でも起こりうる。

 原理は未だに分かっていないが、うっかり目を合わせてお互いが発狂するのを防ぐため、いつからか魔法使いは目を隠すようになった。そのことを説明すると、こくこくと頷いて布を受け取ったセシルは不思議そうに首を傾げた。


「これ、目は見えてるんです…の?」


 敬語が抜けきらないセシルにアリアが吹き出す。セシルの頬がうっすらと赤くなった。


「これには魔法がかけてあって、原理は知らんが視界が隠れることは無いんだ」


 言いながら、布をセシルにつけてやると、セシルは興奮した様子で声を上げた。


「すごい、本当に何もつけてないみたいに見える!」

「そうだろ、だからうっかり着け忘れる、なんてこともたまにあるかもしれない。師匠としては肌身離さずつけている方をおすすめしておこう」


 セシルは付け忘れた時のことを思い浮かべて、不安げな顔になった。しかし、そんなセシルの手を取ったアリアははしゃいだ声を上げる。


「おそろいになった!」

「よかったな。セシル、お前を一人で外に出すことは無いし、つけ忘れてる時はちゃんと言ってやるからあまり心配はしなくて大丈夫だ」


 手を取ったまま飛び跳ねるアリアと、空いている片手で布を不思議そうに触るセシルを見て、アネリはひとまず安堵の息を吐いた。

 あと心配事があるとすれば、里の住人達の態度だろう。あの会議にいた者たちは全員彼の正体を知っている。ましてやおしゃべり好きな魔法使い達は、会議にいなかった他の者にすぐに広めてしまうだろう。痛む頭を抑えていると、外から二人分の声が聞こえてきた。


「大丈夫でしょうか…」

「アリアは元気ないい子だし、心配ないと思うけど」


 気弱で少し小さい声はハヴィで、明るくハキハキと喋っているのがレーナだ。ほどなくして扉が叩かれる。扉を開くとレーナがひょこりと家の中をのぞきこんだ。


「やっほー、調子はどう?」

「予想よりもずっと良いよ」

「それは良かった!アリアも元気そうだね」

「うん、げんきだよ!しょうかいするね、この子は…」


 何も知らないアリアがレーナに、セシルを紹介しようとやってきた。しかしセシルはアネリの後ろでじっと立ち止まってしまった。初めて見るこの家の住人以外の魔法使いに警戒しているのだろう。

 アネリが振り返ると布越しからじっと見つめられている。どう振舞えばいいのかと問いかけてくるような賢い目が透けて見えるようだ。


「あぁ…そんなに警戒しなくていいんだ。とりあえず二人とも中に入ってくれ」

「ごめんね、お邪魔するよ」


 アネリが家の中に二人を招き入れると、アリアはセシルと手を繋いでついていく。レーナはその微笑ましい光景に少し驚きながら、微笑をこぼした。

 アリアは同世代の他の子供に比べて人懐っこく、情緒も比較的安定している。それにしても、昨日今日突然家に現れた人間をここまで早く受け入れるとは、レーナもアネリも想像していなかった。ハヴィもその様子を見て驚きのあまり固まってしまっていた。レーナに促されてやっと歩き出す。


 アネリが来客用のソファを宙から取り出すと、レーナとハヴィを座らせた。子供たちをどうしようかと逡巡したのもつかの間、アリアはセシルの手を引っ張って二階に登って行った。来客が来ればすぐにその膝によじ登って話に混ざろうとするアリアがそんなことをするということは、また見えない友人が誘導してくれたのだろう。テーブルに出しティーカップが小さく揺れた。つまりはそういうことだ。


 二人の子供を微笑みながら見送ったレーナは嬉しそうに口を開いた。


「君に預けるのは正解だったね。他の子のところだったら、こんなにも穏やかな光景は見られなかっただろう」

「いや、私たちが思ってたよりもあの子たちの方が大人だったと言うだけだ」


 アネリは気を揉みながらアリアに人間のことを教えた時や、セシルに両親の死を告げた時のどこか肩透かしを食らったような気分を思い出して、複雑な気分になる。

 

「セシルにどこまで話したんですか?」

「…ハヴィ、恐らくだがお前のかけた記憶消去の魔法は失敗してたぞ」

「えっ…!」


 心配げに問いかけてきたハヴィは悲鳴にも近い小さな声を上げた。少年の目に見えた表情を思い出す。驚きや悲しみの色に染まると思われたその目を満たした納得と落胆、疲弊。記憶がどの程度残っていたかはわからないがその事実につながるまでの断片的な記憶は残ってしまっていたのだろう。


「悪いけど、全部話したんだ。けどあの子はちょっと黙っただけで泣きも喚きもせずに、静かに受け入れたよ」

「レーナ様、人間の子っていうのはそういうものなんですか…?」

「いや、あの子くらいの歳の子が親を亡くして冷静でいられるって言うのはあんまりないと思うよ」


 レーナは言いながら、階段の方に目を向けた。二人が登って行った階段の下にはいつの間にか謎の血溜まりが現れていた。

里長の名前をメイシー→レーナに直しました。

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