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「セシル、お前の両親は死んだんだ」
黒い布を被った女から淡々とその事実を告げられた時、セシルの胸には静かな実感だけがすとんと落ちた。とても悲しく、辛く、到底耐えられない事実のはずなのに、何故か涙は流れない。
「…」
ここ三日間の記憶は、まるでそこだけくり抜かれたかのようにぽっかりと空いている。それでも心のどこかで、それが起きた時の感情だけが残っていた。
セシルを静かに見下ろしていたアネリはしばらくの間、少年の様子を伺っていたがやがて口を開いた。
「悲しくは、ないのか?」
「…わからないです」
「…?」
意外そうにへえ、と言いながら興味深げに腕を組んだアネリは小さく息をついた。
「…まぁ、泣き出さないだけマシか。この際だから、伝えるべきことは一気に言ってしまおう」
「…はい」
先の事実を聞いてから、全ての表情が抜け落ちたように見えた少年は、また顔を上げて顔の見えない女を見上げた。アネリは、人差し指を立てて三日三晩悩んで決めた教育方針をなるべく明るく発表し始めた。
「一、お前は私が引き取って私の弟子として、そして魔法使いとして育てる。勿論、小遣いもやるぞ」
「二、一で言った通りお前はこの里で魔法使いの弟子として暮らす。魔法使いってのは大抵人間が嫌いなんだ。だからお前が人間なのは私とアリアだけの秘密だ。」
「三、私は人間であろうと容赦なく指導するから、よくよく気合を入れておくように」
黙って聞いていたセシルは、つかの間、何度も瞬きをしながら考え込んでいた。しかし、あまり時間はかからずにすぐに顔を上げて頷いた。
「分かりました」
「お話おわった?」
既に真面目な話に耐えきれなくなって、見えぬ友と遊んでいたアリアがアネリの膝によじ登ってきた。
「お前にリウがついてなかったら、今頃どんな修羅場になってたかわからんな」
「リウがめずらしく、さそってくれたの!」
幽霊か精霊か、そもそも彼女の妄想の産物なのかも分からない、謎の存在が空気を読んでくれたことに、アネリは心から感謝した。
「既にしたけど改めて自己紹介しよう」
「私はアネリ、お前の師匠になる者だ。よろしく」
「わたしはアリア、君のあねでしになるの!」
「ぼ、私はセシルです。よろしくお願いします」
一通り紹介が終わって、一気に姿勢が崩れる。この件の元凶のハヴィの弟子を思い出しながら、この子たちは手がかからないのだなと実感した。
「お前、いやセシル、まず最初の指導として言い渡そう。この師匠に敬語は不要だ」
「そう、なんですか?」
「あぁ、魔法使いの弟子は師匠を敬うことは無い。育ったらライバルになることも少なくないからな」
「そうなんで……そうなんだ」
ぎこちなく言い直したセシルの頭を撫でると、大人びた少年は初めて本心から零れたであろう笑みを浮かべた。




