本気で惚れてしまった男の話
貴族の学校で嫁探しをしていた男。
従順で尽くしてくれるタイプが良い。ある程度可愛ければなお良い。
それ以外は望まない。
王国の外れの領地に来てくれるだけで十分。
だから、クラスで虐められている少女を見て都合が良いと思った。
飛び級で上がってきた少女は、一学年上の授業に付いていくのがやっとだった。
出来が良いのだからじっくりと取り組めれば問題なく馴染めただろう。
だが、そうはならなかった。
飛び級を妬んだ同級生によって虐められたのだ。
少女の転落は呆気なかった。
教科書を隠され、ただでさえ遅れていた授業についていけなくなった。
新しく買ったであろう教科書も奪われ破かれた。
少女は人気のない教室でひとり泣いていた。
頃合いだと思った俺は少女に声を掛けた。
俺がやったことは単純だった。
遅れた勉強を見てやる。ただそれだけ。
疑心暗鬼になっているだろう少女を無視して教え続けた。
初めが肝心だ。
俺は女の望む言葉とやらが解らない。今後それを望まれても困る。
だから態度で示すことしか出来ないことを解らせる。
これで駄目なら、この少女が何とかなり次第で次を探すだけだ。
何とかなった。
無事に好かれたと思う。
一緒に勉強している時に、たまに笑顔を見せるようになった。
俺は笑うのが苦手だから見ているだけだが。
俺は手を抜かない。次はクラスの問題に手を付ける。
考えてもみろ。裏で手を差し伸べていたとして、教室での虐めを看過しているような男は、はたから見て情けなくはないだろうか。
だから少女がいないところを見計らって虐めていたクラスメイト達に声を掛けた。
わざと少女に見せつける必要など無かった。
あれは頭が良い女だ。俺と自分を虐めていたクラスメイト達の仲が悪くなれば自ずと察する。
すぐに気付いて止めてきた。
感謝はされど止めてくるとは思わなかった。対応を考えておらず、無視して今日の分の勉強を教えた。
しくじった。少女から距離を置かれた。
少女は十分に勉強の遅れを取り戻していたので、勉強会も必要無くなっていた。
少女の優秀さを認められない一部がまだ騒いでいたが、それ以外は普通になっていた。
今回も失敗したらしい。しょうがない。次の女を探そう。
季節が過ぎ去り卒業が近づいた頃、嫌な話を耳にした。
忘れ物を取りに行った夕暮れ時の教室で、いまだに少女を敵視していたクラスメイト達の悍ましい計画。
扉を開けたのまでは覚えている。
その後のことは人に聞いた。俺は男女5人を殴り飛ばしたらしい。
卒業間近、俺は放校処分を言い渡された。
全力で殴った拳の痛みが気にならなくなった頃、学校から戻ってくるよう連絡があった。
親にぼこぼこに殴られ腫れた顔は治って無かったので、クラスメイトには逆に心配された。
あの日、奴らの企みを聞いていたのは俺だけじゃなかったらしい。
そいつは思うところがあって黙っていたのだが、奴らがまだ少女のことを諦めてないと知って困って親に相談したらしい。
その後、王家の影が調べて5人は牢屋行き。ずいぶん計画的に犯罪を犯す予定だったそうだ。
そうして無罪とは言えないまでも、情状酌量の余地があると俺が呼び戻されたとのこと。
学校に戻った俺は少女に問われた。
なんでまた自分のために危険なことをしたのかと。
答えに詰まって、仕方がないので本当のことを話した。
嫁を探していたこと。
少女のことを丁度いいと思っていたこと。
笑顔を見て惚れてしまったこと。
そしたら惚れた女が虐められていることに耐えられなくなったこと。
距離を取られて諦めたこと。
奴らを許せず殴ったこと。
そして、アリバイを作って5人を消そうとしていたこと。
今更どうこうなりたいとは思ってない。だから忘れてくれと言ったら泣かれた。
泣かれて詰め寄られ、卒業まで毎日毎日なじられて過ごした。
俺はとにかく謝り続けることしか出来なかった。
当然、嫁探しは出来ずに卒業式を迎えた。
家に帰るとなぜか婚約者が決まっていた。
王命で断れないという。
少女でないなら誰でも一緒だ。
だが、いつか俺が少女に抱いていた気持ちと同じようなものを相手にも持って貰えるよう、努力だけはしようと思う。
差し当たっては笑顔の練習だ。
婚約者となったまだ見ぬ第3王女に思いを馳せて、俺は今日も鏡の前で不器用に笑う。
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