8話「彼は意外と強者でした」
「大丈夫でしたか? クリフィスさん。取っ組み合いになってましたけど」
「ええ、大丈夫ですよ。無傷です」
嵐が一旦収まって、クリフィスと共に穏やかな日常へ戻る。
ようやくあの時の話にたどり着けた。
「強いんですね。……正直少し意外ですけど」
「よく言われます」
「武術の経験が?」
「仕えていた時にですね、少しは色々習っていたのですよ。といってもべつにそれほど優秀というわけでもなかったのですが」
「でも強かったです。イリッシュの従者を押さえ込めていましたし」
王子の従者ともなれば様々な面で優秀な者が選ばれているだろう。少なくとも、いざという時に主を護れないような弱々しい者が選ばれはしないはず。となればある程度手練れであるはずだ。にもかかわらずクリフィスはその者と組み合い負けなかった。そういう意味ではクリフィスはかなり強いのではないだろうか、そんな風に想像するのだが。
「褒められると嬉しいものですね」
どこか恥ずかしそうにするクリフィスもまた愛らしくて。
「凄いですよ、尊敬します」
ついついもっと褒めてしまう。
「アイリーンさんにそう言っていただけるととても嬉しいです」
「何ですかそれ、限定? よく分からない言い方ですね」
「本当のことを言っただけなんです。貴女に褒めてもらえるのは嬉しい、そう思いますよ」
私たちの関係って一体何なのだろう?
そう思うこともあるけれど。
でも、少なくとも悪いものではないはずだ――こうして共に生きられているのだから。
「そうですか。でも良かったです不快でなくて」
「不快だなんて! そんなこと! あるわけがないでしょう」
その数日後、イリッシュの従者が死亡したことが明らかになった。
彼はイリッシュを庇おうと鞭打ちを受け続けて死亡したらしい。
まぁ従者の鑑か。
ただ、正直なところを言わせてもらうと、イリッシュは命を懸けるほどの価値のある男とは思えない。王子だというだけで大事にされているのであって、その中身は心ないを絵に描いたような存在。他者を傷つけることしかしないような人を護るために死ぬなんて無駄なことだと私は思う。
で、当のイリッシュはというと。
「あの従者! 先に死にやがって、使えねぇ! くそっ無能がっ、最悪だ。こんなことになるならもっと優秀なやつを連れてくれば良かった! はぁ、最悪だ最低だ。主より先にくたばるなんて……使えねぇにもほどがある」
そんな言葉を吐いただけだったそうだ。
彼はもはや悪魔の域に達していた。
だから自分のせいで従者が亡くなってもなお何も感じなかったのだろう。
……心ないにもほどがある。
そうしてついに護ってくれるものを失ったイリッシュは、四六時中暴力を奮われることとなる。
夜中、彼の刺々しい悲鳴が空気を揺らし、高く暗い空に響いていた。
そんな日が何日も続いた。
それでもそれ以外の日常に大きな変化はなく。
「お嬢! おはよう!」
「おはようございます」
また普通の朝が来る。
「魚釣れたやつ食べます?」
「え、いいんですか」
空は澄んでいる。
穏やかなそのものな日常だ。
「魚とか好きやろかーと思て」
「好きですよ」
「そら良かった! クリフィスも魚好きやから。そしたらこれ! 袋ごと渡しますわ!」
「わっ、重い。……美味しそうですね!」
「びちびち言ってますやろ、ははは」