9わ
「おや、白魔道士さんかえ?珍しいねぇ」
杖をついたお婆さんが、近くのベンチに腰掛けながら、そう話しかけてきた。
初対面の人にそうするように、柔らかい口調だった。
「ええ。何かお困りでしょうか」
「いいえ、ちーとも困ってませんよ…っと、あいたたた…」
お婆さんは笑顔を作りながらも、腰を痛そうにさすりながらベンチへと座る。
「腰を痛めているなら、私のヒーリングで…」
「いい、いい。治さなくていいんだよ」
「いえ、大したことでは…」
「孫が介抱してくれるからね、いいんだよ」
「しかし…」
パタパタパタ…
と、私の言葉を遮るように、スリッパの音が近づいてくる。
「おいこら、ババア!勝手に家出んなって!」
「ほっほっほ。日差しが気持ちよくてねぇ」
「ったく、毎度探すこっちの身にもなってくれよ……」
青年は、ベンチの前に立っている私が、彼女と会話していることに気づいたようで、慌てて佇まいを正す。
「あ、すんません。ウチのババ……お袋が、迷惑かけましたか」
「いえ…」
と、私は首を横に振る。
花柄のスリッパを履いた青年は、ベンチに座っている自分の母親の前に、背を向けてしゃがみ込む。
「最近ボケも入ってきましてね。家族以外のことはほとんど記憶できないんすよ」
お婆さんは素直に青年の背へとおぶさり、ほっほっほ、と満足そうな笑い声を上げて、私にこう尋ねた。
「おや、白魔道士さんかえ?珍しいねえ」
初対面の人へそうするように、柔らかい口調だった。
「…何かお困りごとがあれば、いつでも呼んでください」
私は、お婆さんへ微笑み返す。
「いいえ、ちーとも困ってませんよ」
とお婆さんは満足そうに笑った。
「すんませんね、では…」
お婆さんを背負って歩く青年の姿を見送り、私はひとつ学ばされた気持ちになった。
「…これもまた、ビューティ」
手を差し伸べる愛もあるが、あえて差し伸べない愛もある。
私はひとつ、かしこくなれた気がした。