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9.グライダー副団長の呟き

女神が選んだユリと言う名の美しい女性は、会話を交わすほど違和感を感じた。見た目は成人していないクラリスより歳は下だろう。だが、嫌に落ち着いた物言いだ。


不思議と不快ではない。だが、何が違う。

やはり異世界人だからだろうか。


最初は部下が馴れるまでの数日間のみの護衛対象者だった。いくら見目が良くとも何も変わりない。いや、鍛錬の時間が減るなと厭わしさのほうが強かった。


 なにより、私は信仰心が薄い。よって不信感はかなりあったのは確かだ。


『おはようございます』

『綺麗な庭ですね』

『今日は天気がよいですね』


どれも他愛もない言葉。


自然と観察する距離にいて気づいたのは、彼女は目を見て話す。また時折視線が外される時があるが、この醜い顔を嫌悪しているわけではないらしいと最近視線を外された時に気づいた。


『行きましょう』


そう言い歩きだした彼女の耳が色づいていたのだ。寒いからかと思いもしたが、背に当たる日は暖かった。



***



入団式後、大規模な式典が行われた。女神から喚ばれた彼女が我が国に遣わされたと近隣諸国に知らしめる思惑もあるのだろう、彼女も特に否と言わず従った。


陛下の警護はもとより各国から訪れる来賓にも気を配らねばならない。


周囲の国々とは幸いにも友好関係は良好だ。だが、油断はできない。ここで何かあれば最悪この安定が崩れる可能性もある。


そんな状況だが私は、この容姿だ。各国の身分の高い者も来ている中、あまり表には出ないほうがよい。


「グライダー副団長?」

「すまない。少し離れる」


来賓客を別室の大ホールへ誘導している時、はるか先にユリ様とクラリス達が角を曲がっていく所を見かけた。慣れない彼女は、一度休息の為自室に下がる手はずになっていた。


全て予定通り。


だが、何か嫌な予感がし私としては珍しく持ち場を離れた。警護には侍女として仕えているがウチの騎士団員のルビーに若いが既に頭角を現しているクラリス。


この胸騒ぎはどこからともなく私を急き立てる。


「ユリ様!」


クラリスとローズの声だ。何種類かの魔力を感じ抜刀しながら角を曲がった先には、彼女が崩れ落ちていく姿だった。


幾重にも重ねられた薄い布地が広がっていく。伸ばした手は、彼女が床に頭を打ち付ける前に届いた。



***



「すみません! 追跡しておりましたが、途中で途絶えました」


悔しいのだろう。ルビーは唇を噛み締めながら報告をしてきた。


「私が、もっと早く察知していれば!」


クラリスの手は爪を立て握られている。


「ユリ様に怪我はなかった。お前達も無事で何よりだ」


いつもならば、叱責する私が何も言わないからか、二人の部下は違う者を見る視線だ。


「クラリス、お前は治癒を受けたとはいえ、かなりの出血をしている。念の為医務室へ行け。ルビー、悪いが、ユリ様が目覚めた時に動揺するかもしれない。同性で普段から側にいる君がいたほうが安心するだろう」


「「ハッ」」


クラリスは不満があるようだが、私の睨みで諦めたようだ。


ベッドに運んだ彼女の胸は規則正しく動いている。顔色も先程来た医師の見立ての通り悪くはない。おそらく慣れぬ治癒の力を使用したからだというのは本当なのだろう。


クラリスは、彼女が治癒を施さなければ命を落としていた。報告によればルビーも一生残る傷だったはずだ。


彼女には、感謝しかなかった。



***


それから数日後、ガルス団長から襲撃の件もあり暫くはユリ様の護衛をするよう指示を受けた私は、彼女の部屋の内扉の外に待機していた。


茶の時間の頃、なにやらすすり泣く声が聞こえてきた。


何かあったのか? その時の私は、女性の部屋だというのにノックを忘れて扉を少し開けた。


『しっ』


ユリ様がルビーと、侍女のビオラを腕に抱き此方に向かって人差し指を立てている。


ここは退いたほうがよいと私の勘に従い閉めた。その際、床に転がる仮面が見えた。


「この短期間で……凄いな」


幼き頃から見目に劣等感のある我々の性格は成長過程で卑屈になり心を閉ざす者が大半だ。


よって、人前で仮面を外す成人は、何か理由がある時以外は皆無である。


まあ、地方は働きでこそ優遇される事もあり比較的醜い我々には住みやすいと言われているが。


最初の胡散臭いという言葉は、取り消してもよいのかもしれない。



***


それから、私は、何故か彼女の行動を確認するようになった頃、彼女の変化に気づいた。


『お世話になっている期間中』


以前そのような言葉を拾った時、尋ねたが返答はなかったが。


やはり、彼女は城から出るのか?


だが、この世界で労働もした事もない彼女が可能なのだろうか?


「どうされました?」

「何でもない」


勤務時間外の時に、私は数名の部下達と鍛錬をしていた。


『あはは』


少し離れた距離から耳慣れた声を拾った。外周を走る彼女達は最近、距離がとても近い。


──私が気にする事か?


「グライダー副団長! ガルス団長がお呼びです!」


私は、今、何を考えていた?


「実にくだらない」

「副団長?」

「いや、すぐに行く」


私には何も関係がない。



***


今まで夜は出歩く事はなかったユリ様は、隣室のバルコニーで空を眺めていた。再び狙われる可能性もあり、一人での行動を注意しようと近づいたが、暗闇で見た後ろ姿に上着を掛けた。


部屋に入れなければならないのに。

私は、何をやっていんるだ?


『ツキが綺麗ですね』


唐突に彼女が私に話しかけてきた。

ツキとは何か。空を眺めていたから、星の名前か?


『忘れて下さい』


諦めと寂しさ。そして穏やかな笑み。


私は、忘れない。

貴方はきっと重要な事を伝えてくれたはずだ。




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