7.ある日の書庫室で
「許可なく入室させられません!」
「貴様、私が誰だか知らないわけないだろう?」
厚みのある扉からそんなような言葉が聞こえて、私は開いていた本を閉じた。
「またか。最近ホントに多いわねぇ」
美しく若い、そして治癒の能力に加え珍しい異世界人の私は、人気者らしい。え、何がって。
「こんなオバサンを嫁になんて。しかも、私が子を産めばその子は見目もよく優秀に違いないと真顔で力説されるとは」
人生は、分からないものである。
「ホント、くだらないわ」
「私も同意見だな」
「どちら様かしら?」
メインの書庫ではなく出入りが少ない書庫は、貸し切りにしてくれたはずなのだけど。
「ふっ、噂には聞いてましたが面白い」
影になっていた奥から出てきたのは高級感溢れる服装に身をつつんだ青年だ。
この、眩しいくらいの金髪に糸目な人は。
「ヘイゼル殿下?」
「正解。覚えていてくれて嬉しいよ」
いや、仲間意識を感じちゃう糸目なのよね。ただし凡人の私とは違い品が滲み出ているから真っ白な詰め襟の服装も着せられている感じはなくしっくりきている。
「おやめ下さい!」
「黙れ!」
殿下は再び声がした扉の方に手を向けて小さく一振り。
「どけ! クッ、何故開かない? な、ヘイゼル殿下が?」
執拗に扉を引っ張る音も静かになった。いや、なんかズルズルと音がしていたけど、おばさんは小さな事は気にしない。魔法を使用したのかしら。便利そうだけど、きっと難易度高いわよね。
「静かになったね」
「あとは殿下がどこかへ移動して下さればよいのですが」
勉強するつもりがないのに隣の椅子に腰掛けてきた殿下に一人にして欲しいと目で訴える。
「しかし、こう間近だと貴方の綺麗さは素晴らしいね」
「ありがとうございます」
深く考えず返事をしておく。おばさんは忙しいのよ。
「何か話があるなら簡潔に短時間でどうぞ」
読んでいた本を取り上げられたので、仕方なく相手をしてあげますよ。
「私の妃になるか?」
「私がですか?」
「あのような煩わしい者達から開放されるぞ?王族専用の書庫も利用し放題だ」
書庫には興味がある。だがしかし。
「殿下も、その煩わしい方々と同じですか? 冗談でも誰かが耳にしてしまったら大騒ぎになりますよ」
主に私が被害を被るではないか。
「いやいや、面白い」
糸目が更に細まり宝石のような瞳がなくなった。楽しそうにしているけれど。この子、違うのよね。
「ユリ、私は本気なのだが」
急に腕を掴まれ引き寄せられたので積み上げていた本が床に落ちてしまった。折り目がついたら嫌だわ。
「落ちた本より私を見ろ」
顎を緩くとられ見つめ合う状態になった。
「嘘はいけませんよ。私の反応を見て何か別の事を考えているのは分かっています」
百合の歩んできた人生で異性に絡むことはあまりなかった。奇跡的に今の夫を含め付き合ったのは二人。
本来ならば頬を染める場面だが。ユリは、残念ながら外は若く美人(他者評価)でも、中身はおばさんである。
「おばさんが一国の王子様に伝える事ではないかもしれないけれど言葉遊びは程々にね」
頭もよく性格も悪くはなさそうだし、見た目は正直、とても親近感がわく。娘と歳は同じくらいかしら。もしかしたら、大人びているけれど下かもしれない。
「何処に行く?」
「どうせ読みきれないから数冊はお借りして部屋で読むわ。一人きりになりたくて来ていたのでしょう? 邪魔してごめんなさいね」
ふふん。おばさんは、わかっている。殿下がいた奥の場所は日当たりがよく窓から眺める景色もいいのよ。あと付近の棚には専門書ではなく、いわゆる娯楽類の小説エリアだ。
読み書きが出来る私は、この書庫に訪れた時に隅から隅まで散策したのである。
「まだ若いんだから尚更ちょっとくらい失敗したり恥をかいたりしていいのよ」
立ち上がれば見上げていた彼を見下ろす状態になり殿下のつむじが見えた。殿下は椿と同じでつむじが三つだわ。
「まぁ、適度に頑張んなさいな」
綺麗にセットされた髪を撫で回すのもなと思い、去り際に頭に軽くポンッと触れた。
「なっ」
「あと少しだけここでお世話になるわ。そう長くないから。よろしくね」
顔を赤らめ自分の頭を押さえる姿に、健康なら性別なんてなんでもいいと思っていたけど、男の子の恥ずかしがるのも幼さが残っていて可愛いわね。
「騒がしくて申し訳ございません。何か良い本が見つかりましたか?」
扉を開ければ本日の護衛担当のランヤード君とアンネさんが不思議そうに首を傾げている。
「いえ、若いっていいわねぇ」
なんていうのかしら。
「初々しさが眩しいわ」
「初々しさ?」
「眩しい?」
それはユリ様、正に貴方ではないでしょうか?
周囲に目を配りながらも前を歩くユリの姿を眺めながら普段は仲があまりよくない二人の護衛騎士の心は珍しく一致していた。
***
あの書庫室で殿下のつむじを見てから三日後。
「えっ、ヘイゼル殿下から?」
「はい。手紙もございます」
なりやら殿下がプレゼントをくれたらしい。気が乗らないまま、仕方なく平べったいビロードの箱を受け取る。偶然なのか百合の花を象った金色の留め具を外して蓋を開けた。
「素晴らしいですね」
ビオラさんが感嘆の声を上げている。
「確かに素敵だけれど」
確かにデコルテに沿うような形の地金に散りばめられた宝石達。そして中央に留められた石は、あの殿下の瞳の色である。
「私には派手だし、こんな高価そうな品を付けたら気にしながら動かなくちゃいけないし。あ、よまれていたようね」
豪華なネックレスを眺めつつ殿下からの手紙を開くとふんわりと爽やかな香りがする。この世界の若者って、こんな事をするのね。
「あーあ、あんな短時間で私の行動がバレているわ」
「ユリ様」
「大丈夫よ。このネックレスは有り難くもらっておくわ」
ビオラさんが心配そうにしているから問題ないとヒラヒラと手振る。
『先日は短いながらとても楽しかったよ。貴方に似合いそうな品を見つけたから贈るよ。ああ、売って糧にしても良いよ。許可するサインもしておこう』
私が近々城を出るとを把握している。しかも終わりの文章が意味深だ。
『貴方が目を留めるのは、好む色は銀色かな?』
異世界の若者、なかなかやるわね。
「この国の平和は続きそう」
お城からというか国から離れようと思っていたけれど。
「どおしよっかなぁ」