4.若い体でも鍛えなければいけないようだ
「はっはっ」
実際にランニングをしてみると体が随分と軽くなったと実感するも。
「はっ…しん…どい」
ご丁寧に学生時代の体型を忠実に再現してくれたこの身は筋力もなく痩せ気味である。
顔はぽっちゃりなのにおかしいわよね。
雲一つない空に心地よい風で顔はひとまず置いておき気持ちの良い午後のひととき。ひとつ不満は背後にある普段の生活にはなかった圧迫感の原因、副団長さんである。
「あの、先程も説明した通り一緒に走らなくても大丈夫ですよ」
広くていいなと思っていた騎士の鍛錬場の中は流石に邪魔になるので柵の外側を何周か走ることにしてみたけれど、足場は平で正解だった。
ただし一人ではなかったのが非常に残念。
クールダウンをするため速歩きをしている私に合わせ背後にいる副団長さんの足音も緩やかになる。
「私の事は気になさらず」
困ったわ。会話にならないわね。
「昨日も説明したけれど、女神様に防御というのをかけてもらいましたから怪我する事も誘拐も不可能ですよ」
今から五日前、誰かに狙われた私は、夜会にまだ間に合うと知り身の安全をと止める周囲を押し切り出席した。
勿論、怖かった。だけど出席前に女神様の交換日誌に書いたの。
『隠し味に早々に死なれては困るでしょうから完璧な防御をして下さいな』とね。
図々しいかと思う人もいるかもしれないけれど、こっちは真剣よ。だって、怖いじゃない。いくらある程度生きてきたって四六時中狙われたり、襲撃に遭った時に痛さにのたうち回って最後を迎えたくない。
「確かに貴方の周囲は力が満ちている」
「なら」
「だが、どんな攻撃にも耐えれるのかは確証がない為、離れるのは危険です」
折れないというか察してくれない。
話を遮られ不満が生まれて歩きながら後を振り返れば、軽装のせいで体型が顕になっている姿におもわず凝視してしまった。
ムキムキでもなく細くもないバランスの良い身体の上には、相変わらず仮面を付けている顔。けれど半分見える顎のライン、鼻の高さに前髪が長めの髪色は銀髪。
この人も仮面の下は、さぞや整った容姿だろう。年齢を尋ねてはいないけれど、30代くらいかしら。色気があるわねぇ。
それにしても、こちらは汗だくなのに涼し気で羨ましいわ。私も鍛えれば汗をかかなくなるのかしら。
「まあ、確かに副団長さんの意見ももっともだけ…あら!」
柵越しにみえたのは数日前に庇ってくれた若者。
思っていたより声がでていたのか、その子は振り向き。
「ユリ様!」
早っ。名前を呼ばれた次の瞬間、眼の前に目当ての子が現れた。シュバッと効果音がどこかで聞こえた。勿論気のせいよ。
「今日は。クラリス君、怪我は」
「ユリ様!お身体は大丈夫ですか?治癒に力を使わせてしまい申し訳ございませんでした!」
なんだかいつも相手に話を切られてしまう。この国の流儀なのかしら。切羽詰まるように柵越しに身を乗り出したクラリス君になんだか優しい子達ばかりだなと微笑んでしまう。
「私はなんともないですよ。貴方の怪我が気になっていました。腕だけではなく特に腹部の怪我は酷い状態だったはず。私は、ちゃんと治せていましたか?」
治癒とはいっても傷自体は残ってしまうものか初めての事で分からない。
「えっ、あの?!」
「少しだけ確認させてもらえるかしら?」
丁度腕まくりをしていたのでもう少しで上部が見えそう。
「傷跡もなく塞がっています。治癒後私が確認致しました」
クラリス君の腕に触れていたら手袋をした大きな手が私の手首をとり彼から離された。
この状態は危険だ。主に私のメンタルが。
私の体にかぶさるくらいの距離の近さに白状すればかなり動揺してしまった。
「傷も残っていないのならよかった。もし異変があったら教えて下さいね。明日にはまた警護をして下さると聞きましたが」
「はい! ユリ様が嫌でなければ引き続きよろしくお願い致します!」
仮面が邪魔だな。
クラリス君の元気な声にこちらも気持ちが上がりながら表情をちゃんと見て話をしたいわと思ってしまう。
「クラリス君、私のいた世界では仮面をつけた貴方方がとても美しいとイケメンと呼ばれているのよ」
入団式で剣を捧げ誓いをたてる時にだけ何故か仮面を外していた彼らの顔はどの子もとても整っていて驚愕したわよ。
「いきなり言われても…信じられないわよね」
私も、綺麗だ、美しいと周囲から向けられる賛辞や視線に人違いでしょ? 何かの嫌がらせかしらと未だに思うもの。
「私は、この容姿で集団生活がとても苦痛な時期があったわ」
目が見開いているから驚いているのかな。
「私がいる間、お世話になっている期間中、貴方が嫌でなければ室内などつけなくても大丈夫ですよ」
ずっと仮面をしているのも痒くなりそうだしと付け足せばクラリス君は、また固まっている。
「歳を重ねてきて思うの。最後は中身よ。そしてどう生きてきたかは容姿ではなく、その表情に出る」
どんなに美しくても格好良くても、やはり共に暮らすとなると中身である。
「とはいっても、なかなか難しいわよね」
あーやだやだ。説教くさくなってしまった。
「そうそう。あの時の謝罪の言葉を訂正します。護ってくれてありがとう。冷静な姿にとても安心できたわ」
謝罪より感謝の気持ちを伝えるのが正しいと感じた。
***
「ひとつ尋ねてもよろしいでしょうか」
クラリス君の元気そうな様子も見れたし、充分走ったから部屋に戻るかと向きを変えれば、副団長さんに話しかけられた。
「なんでしょう?」
よろしくない予感がするけれど。
「お世話になっている期間中にとはどういう意味合いでしょうか?」
仮面でよく分からないけれど、声のトーンで丸わかりだわ。
副団長さんは、とてもご機嫌斜めだという事が。