34.不安と一欠片の勇気
「それで魔物なのだけど、私がいれば攻撃というか人を襲う欲求は減るらしいのよ」
彼らから聞こえた声はどれも飢え。何かが常に足りていない。
『寂しい』
食べれば、その時だけ満たされる。だから空腹と関係なく襲う。
「すぐには不可能。だけど少しずつ通常の野生動物の様になっていき姿も変化していくそうよ」
ルビーさんのなんとも言えない雰囲気を感じつつも続ける。
「この世界は、まだ余地がある」
人を頂点に立たせるべきではない。
「私の考えが正しいのかは分からないわ。そもそも人が人を判断するって難しいから」
だけど少しだけ。
「皆がほんの少しだけ、今よりも楽に生きれるようにお手伝いをしたいの」
「その願いに私は妨げになるから手を取ることはないと?」
副団長さんの低い声につい冷や汗がでる。
「あの、私は隣室におります」
ルビーさんは、何かを思い立ったかのように隣室へと去っていきかけ立ち止まった。
「ユリ様。貴方が我々に対して偏見なく接して下さったお陰で城内の雰囲気も柔らかくなりました」
美醜に人種。私にとっては此処は異世界という大きなくくりなだけだった。
「私は、何もしていませんよ」
城という大きな会社では、外見ではなく能力をという陛下の意向も、まだ難しい部分があるのかもしれない。
人は、まず外見に目がいく。それは私も例外ではない。ただ、それを感じてどう表にだすか。
「ユリ様、私は貴方に救われました。次は副団長をお願いできますか?」
「それは、どういう意味?」
返事はなく扉は閉められた。残された私達は無言。ああ、でもあまり時間がない。
いいのかしら?
気を失っていた間にみた夢であろう中での椿の言葉が再び浮かんだ。
私は、紐状のブレスレットに通してある銀色のチャームを一つ外し、副団長さんに差し出した。
「これは?」
訝しげな様子の彼に説明する。少しの期待込めて。
「今はこの国にいるけれど、これから要請や女神様のお願いがあれば、また色々な国に行くわ」
滞在している国にだけ力を使うのは良くない。
「それ、私と繋がっているんですって」
「繋がる?」
「そう」
通常は転移といえば、盤を作り決った場所にしか行き来ができない。または例外で魔力を込めた魔法具を使用するが、その使う人間も高い魔力保持者でなければ移動は不可能。
「移動って結構大変じゃない? だから女神様に色々作ってもらったのよ。罪悪感につけこんだと言ってもおかしくないわね」
この一年と少し、彼女には無理を言ったのは自覚している。
「女神様ね、最初の頃、私にずっと謝っていたわ」
交換日記には、当初は、壊れたように娘とちこの名を記した乱雑な文字。その後には、ごめんなさいの羅列。字を習いたてのような、大きく歪な文字は何ページにも及んだ。
怒り狂いそうな気持ちは、時間はかかったけれど凪いでいった。
「次は、ちゃんと本人の同意がないと駄目よとお説教したわ」
失敗したら次に活かすしかない。
女神様も私も。
だけどまだ、私は弱気だわ。
「私、離婚しているでしょう? 結婚も失敗して歳も副団長さんよりきっと上だし」
ええ、仮面の下の顔を見て確信したわよ。イケメンすぎよね。いけない、本題よ。
「なにより貴方は、騎士という職業に誇りをもっている。私もまた、活かせる力があるなら無駄にしたくない」
私は、貴方の職を奪ってまで付いてきてとも言えない。逆に、騎士の妻として根を張るのは今は厳しい。
「私、言ってなかった」
「何をと伺っても?」
「勿論。好きよ」
「……は?」
「ふふっ。信じられないかしら」
私は、ずっと眺めるだけにするんだと距離が近くなる度に線を引いてきた。
「私は、リュネールさんが好きです。倒れたのは寝不足なのもあるけれど、仮面の下の素顔がカッコよすぎて刺激が凄かったわ。勿論、良い意味よ?」
容姿についてハッキリ言ったのは初めてかもしれない。
「仮面をしてもしなくても好きよ。でも、正直に言うと私だって外見に目がいくのよ。だから表情が見たいと思うしね」
偉そうに言っている場面もあったかもしれない。だけど、私は出来た人間ではないのである。
「それに欲張りなの」
副団長さんも好き。でも、女神様のお手伝いもしたい。
「副団長さんが、お休みの日に会うことができるかしら? お互いが行き来できるのがフェアよね」
「え、あの」
また先走ったかも。
「返事を貰えていないのに進めてしまったわ。もし、お付き合いからして貰えたら、そして普通の恋人同士のような生活は出来ないかもしれないけれど、それでも可能なら付き合って下さいな」
断っておいて、いきなりの言葉に疑われるだろうか。
『珍しいわね。諦めていたんじゃないの?』
『うん。でも、思い出したから』
『何を?』
『やらないより、やって後悔。そして全力を出すべし』
『へぇ、随分前向きな台詞』
『何言ってんの? お母さんが言ったんだよ』
『私?』
『ハァ〜、流石、百合様です』
『椿、また私を馬鹿にしたわね』
『いや、普通に感想』
今では楽しい思い出。
「諦めようと、迷惑をかけたくないと思っていたけど止めた。自分勝手だと軽蔑していいわ」
ねぇ、こんな我儘な奴なのよ。
「こんな私でもよかったら、その魔法具を受け取って下さいな」
この歳で、こんなに緊張する事があるなんて思ってもいなかったわ。
ねぇ、椿。
人に偉そうに言う前に自分が動かないといけないわよね。