32.ルビーの独白
「私は、裕福な商家の家に生まれました。当時、私は自分の容姿は、嫌悪感を抱かせる存在だと周囲からの態度で気づき始めた頃でした」
家族は私を厭うことなく、他の兄弟と同じように愛情を注いでくれていた。それなのに。
「それまで美醜が理解できていなかった幼い私は、両親の優しさに気づいていなかった。愛されて当たり前だと思っていたのです」
それが成長するにつれ崩れていった。私は、疑心暗鬼になり常に苛立っていた。
だけど、ただ一人の家族の前では穏やかな気持ちになれた。
「私には年の離れた弟がいました。弟はまだ美醜が分からないのもあり、自分の容姿を既に苦痛に感じていた私には唯一の慰めでした」
ただ純粋に私を慕う弟。
「弟は生まれた時から美しく目立つ存在でした。それだけではなく人見知りもせず誰に対しても笑顔で明るく優しい子で。でも、それが仇になったのです」
近くに住む子供に目をつけられた。家柄は良くともその家の者達の性格は最悪だった。
「虐められている弟を庇った日、彼等は私の仮面を剥がし森の奥に飛ばしました」
ただ投げたのではく魔法で飛ばしたのだ。しかも、魔物がいるという森に。
「弟は、私の取り乱した姿を見て森へと向かいました。まだ幼いながらも私の尋常ではない様子を見てしまったから」
暗く人の手が入っていない森は容易に弟を隠した。
「ようやく見つけて名を呼び振り向いた弟の笑顔。安堵したのも一瞬で、弟の背後には口を開けた魔物がいて」
『ルビーお姉ちゃん! あったよ!』
言葉として聞き取れたのは、それが最後だった。
「私は、弟を見殺しにしたのに変わらず愛情を注ごうする両親が耐えられなかった」
喰われたのがお前ならよかったのにと言ってくれたほうが遥かに楽だった。
「そんな時、叔父夫婦が来ないかと申し出てくれたのです」
優しい彼等の住む場所は遠く離れた場所だったが、逆に家から距離を置くことで、私は壊れずに済んだ。
「元騎士団にいた叔父に私は強くお願いしました」
剣を教えてほしいと。
「渋る叔父を説き伏せ、私は剣術に加えて魔法の扱いを学びました」
叔父は察していた。
「数年後に私は、騎士団に入団する直前、再び森に入りました」
額に特徴のある印の魔物は直ぐに見つかった。
「ユリ様?」
此処にいて違う光景を見ていた私は、柔らかい温もりで現実に引き戻された。
彼女は一年ほど前にも、このように私を抱きしめてくれた。
ああ、そうなのだ。
「弟の仇を討っても、あの愚かな家を没落させても私の気は晴れなかった」
何故、今まで気づかなかったのか。
両親の愛を疑う自分。剥がされ仮面の下の容姿を見て嘲笑う者達に逆上した自分。
私の行動で、最愛の弟を失った。たった五年の人生。
「私が一番憎んでいた相手とは自分自身だったのですね」
瞼を閉じれば今も蘇る。
腰に巻き付くまだ幼い手。柔らかい髪はいつも風に遊ばれて跳ねていた。屈託のない笑顔や時に大粒涙。
「エル、ごめんなさい」
私は、久しぶりに弟の名を口にした。