26.殿下と再びのお茶は
「いいのか?」
「何の事?」
「グライダーだよ」
あのキス誘惑事件から二日後、ヘイゼル殿下に呼ばれて、とても美味しいケーキを頂きながら紅茶を飲む私。なんて優雅でしょう。
「おぃ」
「聞いてますよ。それより元通りで安心したわ」
数日前に半壊させてしまった温室は何事もなかったかのよう。外からの日差しが硝子により柔らかな明るさに変え床に水玉模様を描いている。
「直ぐに修復させたからな。一日経ってしまえば難しかったが」
「ハンドさんに感謝だわ」
「あいつに礼をしたいなら異世界話の一つでもしておけば満足するさ」
ハンドさんとは此方に来てからお世話になっている魔術師さんである。シャイで可愛いのだけど、ちょっと変わっているのよね。
「それで、お願いを叶えてくれる代わりの話しだけど、あと三日くらいでよいのかしら?」
「いや、あと五日だな」
本当かしらとジッと殿下を観察するも、糸目王子の面の皮は厚いので容易には見破れない。
「そんなに見つめられると応えなくてはいけない気持ちになるな」
この子は何を言ってるのよ。
「お嫁さんを迎えようとしている時にそんな言葉を使うのは止めなさい。前に忠告しましたよ。言葉遊びは程々にと」
「ああ、覚えている。悪かった。この間のような事はしない」
そうね。キスはアウトよ。
「美味そうに食べるな」
「あら、本当に美味しいもの」
贅沢に飾られている果物の果汁の甘さを考慮してか土台部分のクリームの甘さを抑えたケーキは百合の好みにドンピシャである。
「なぁ、ユリ。他国を周りどう感じた?」
いきなり真面目な顔になったわね。しょうがないから付き合うかと最後の一口を口に入れフォークを置いた。
「大雑把に言えばよいのかしら?」
まず、何を知りたいのか。
「そうだな。ユリとはまだ話す機会はあるから、とりあえず美醜や人種についてだな」
また答えづらいわね。
「美醜でいえば、この国を含めて数カ国は仮面をつけていたけれど、それにより差別化されているかは滞在期間も短かったから明確にはわからない。ただ、ないとは言えない。上手く経済が回っていない国ほどはけ口としての八つ当たり対象になる可能性は高い」
「仮面をつけていない国はどうだった?」
仮面が必要とされていない国。一見、平和な国には見えていたけど。
「小さな国は、美醜に関係なく働き手、ようは戦力になる者が重視されていたかしら。ただ、露天や宿、酒場などを覗いた時、どこの生まれか肌の色で判断し馬鹿にしている者達もいたわ」
どこか満足そうな殿下に疑問が生じる。
「ただのおばさんに何を求めているのかしら?」
魔法で保温されているティーポットを傾けカップに注ぎながら聞いてみた。
「ユリは、貴重な存在だよ。どの国にも属さない、まして異世界のヒトだ。だから偏った見方にならないだろう?」
それはどうかしらね。
「人格により違うと思うけど」
まぁ、多少客観的には見れるかもしれないけれど。
「この城に戻って気づいたことはある? 別になければそれで構わない」
やれやれ。小難しい話は苦手なのに。
「騎士やメイドには仮面をした者が多々いる。また肌の色も様々よね」
この国の街には回数は少ないものの遊びに出掛けた事はあるのだけど。
「あえて人種や美醜、あとは家柄も関係なく能力で選別し採用している」
外の街よりも城内のほうが遥かに多国籍に見える。それは他国を周った後だけに確信している。
「正解。やっぱり私の妃にならない?」
「私は側室には向かないし、失礼を承知で言いますけど息子みたいな貴方は好みではないのよね」
かといって、糸目王子にお母さんと呼ばれるのも気が進まないけど。
「ふっ、ユリは、面白い」
あら、怒らないのかしら?
立派になったわねぇ。
「怒らないよ。けれど乳母みたいな視線はやめてもらいたい」
「あら、ごめんなさいね」
バレていたか。
「ユリ、私は下らない柵を無くしたい。それに王なんてなりたい奴がなれば良いとさえ思うね」
えー、それは。
「面倒は好きじゃないから聞かなかった事にするわ」
「まぁ、そう言うな」
「言いますとも。巻き込まれるのはごめんですよ!」
「ほら、私の分もやるから」
ずいっと差し出してきたお皿には、生クリームたっぷりのケーキが。
「…ケーキだけもらいます」
「プッ、森にはないからなぁ。気が済むまで食え」
こうして傍から見たらイチャイチャしているようにしか見えないお茶会がこの後も続いたのだった。