25.眺めるだけでよかったのに
どうしよう。きらきらイケメン(仮面つき)とのキスは正直捨てがたいわ!
「ブッ」
行動に起こしきれず、あと唇に到達するまで数センチという時、突風が起こった。それだけではなく小さな釘!?
何本もの半透明の赤い釘の矛先は。
「副団長さん!」
ゴウッという音で私の声はかき消えた。目を開けられず瞑ったまま伸ばした手は空を切る。
触れられるはずの距離にいた彼がいない!
「大丈夫?! 怪我は?!」
間近にいたはずの副団長さんは、約二メートルほど先にいた。釘から庇う為か顔の前にあった腕がゆっくりと外されていく。
「副団長さん!とりあえず怪我なら診れるから痛いところを教えて」
「破片を踏むと危ない。私は大丈夫ですから」
返事をしない彼に焦れて今の衝撃の影響であろう、ひっくり返った椅子や粉々のカップを避け前に行こうとすれば止められた。
ピシッ
「なんの音?あっ」
左手首にしていた腕輪にヒビが入り床に落ちた。それは腕輪だけではない。
「ピアスが」
中折式の今まで外れた事がなかった銀色のフープピアスが落ちた。それも両方一緒に。
「腕輪は攻撃魔法を組み込んだ装飾具、クラリスの力だな。防御はルビーか。ユリ様、以前も同じ事がありましたか?」
以前? アクセサリーを着けてからという意味よね。突風に釘か。
「ああ、確かイーゼルでお財布を盗まれそうになった時、こんなような風が出たような」
でも、こんな破壊力はなかったけれど。
「おそらく気づかれていない間にも何回か発動しています。二人が装飾具に力を込めた量はかなり多かったようだ」
力って魔法よね。でも、使いすぎると身体に負担がかかるって聞いているけど。彼は私の疑問にすぐに答えをくれた。
「おそらく丸一日から二日は使い物にならなかったでしょう」
身体についた破片を払いながらしれっと言っているけど、二人は大丈夫だったのかしら。なんとなく怪我をしてないか副団長さんを観察していれば、その払う手が止まり、微かに笑った?
「今回は二人に助けられた」
「助け?」
怪我をしそうになったのに? 困惑している私を察したのか、その一見冷たそうにも見える瞳が私を見下ろした。
「──貴方に深く触れるところだった」
その言葉を聞いて、私はやるせなかった。だって違うのよ。嫌じゃないの。
「何故? 私は、嫌じゃなかった。ただ口直しみたいにはしたくなかったの! それだけよ!」
自分の顔、まな板の胸。コンプレックスはいまだに残っている。それに加えて離婚歴ありのおばさんなのよ。
「嘘じゃないのよ。私は、嬉しかったわ」
突然、気になる人からのボーナスなんてもう無いかもしれないじゃない? でも、未遂に終わり何故だか知らないけど傷ついたような副団長さんの顔を見て一気に虚しくなった。
「ユリ様?」
私の変化を察知したのか戸惑いを含む声。貴方は、鈍いようで鋭いのよね。
「もう、いいわ」
「ユリ様、私は」
副団長さんが、一歩を踏み出した時。
「ユリ様!」
「ユリ様っ! お怪我は?! え、グライダー副団長?!」
懐かしい二人が現れた。
「クラリス君、ルビーさん、お久しぶりね。元気だった?」
よほど急いで来たのか騎士服姿の二人は、肩で息をしている。騎士服を着たルビーさんは凛々しいわと見惚れてしまう。
「私達は変わりないですが、魔法具が発動した気配で来たのですが大丈夫ですか?」
二人はチラチラと副団長さんに目を向けるも彼に問う勇気はないようだ。
「問題ないわ。それより、貰ったアクセサリーを壊してごめんなさいね。代わりに何かで返すわ」
「いえ、そんな!」
「いりませんよ!」
示しわあせたように首を振りながら手を前に出す二人に思わずくすっと笑ってしまった。
「仕事中だったのよね? 申し訳ないけど温室の惨状を誰に伝えたらよいのか教えてもらえる? あと部屋を用意してくれているみたいなんだけど、知っているかしら?」
お城は広すぎて、口頭で言われても迷子になる可能性が高い。ならば案内してもらったほうが早いのである。
「ですが、話をされている最中だったのでは。あ、部屋を移動して話されますか? その前に医師の手配を致します!」
そんな慌てる二人にニッコリ笑いかけた。
「怪我はしてないわ。あと、もう話は終わったから大丈夫よ」
私の気持ちは、少しは伝わったかな。口にするつもりはなかったのに。
我慢できなかった自分に呆れてしまう。
「ユリ様」
「グライダー副団長、休暇中だったのに迷惑をかけてごめんなさいね。クラリス君、ルビーさん。悪いけど案内を頼めるかしら?」
私は、副団長さんに背を向け、振り返ることなく壊れかけた扉へと向かった。




