24.厄日、それとも吉日?
「「「お帰りなさいませ」」」
お城にたどり着けば、なにやら歓迎ムードが強すぎるのは気のせいかしら。ズラリと並ぶ騎士達からも何やら緩い視線をもらいながら端には寄れないので仕方なく中央を歩いていくも。
無駄に長い回廊だわと花道に苦痛を感じていれば前方から金色のキラキラしたモノが突進してきた。
「ユリ! 久しいな!」
右へサッ
左へサッ
うん。確実に今の私の反射能力は上がっている。やはり森での生活で鍛えられたのね。
「どうした? なぜ避ける? 私だぞ?」
「いえ、ヘイゼル殿下なのは見ればわかりますよ。ただ、その両手を広げているのが嫌なんです」
旅立った子を迎えるような言葉も止めてほしいわ。自分の子供にされているようで、なんとも複雑である。
「あら、殿下は背が伸びました?」
「そうなんだ! 気づいたか?」
視線を上げて会話をしなければいけないので聞いてみればパァッと表情が明るくなる糸目王子。けれど中身は変わらないわねぇと呟きそうになる。
「リュネール、手紙に記したが結局は進展なしか」
ヘイゼル殿下は、私の背後にいるであろう副団長さんに声をかけた。手紙って森で生活していた時の話かしらと見ていたら、いきなり手を引かれ身体が傾いた。
「温室に茶の用意がしてあるから行こう」
「殿下、手を離して下さい。それに陛下や王妃様に挨拶をしないといけないわ」
意外とサバサバとした王妃様と話すのは好きだったのよ。
「二人は視察に出ている。明日には戻るだろうが今日は無理だな。行くぞ」
「ちょっと」
肩を抱かれて流石に驚き外そうとするも。あら?細いと思っていたのに寄せられ触れる身体も意外にしっかりとしているし。なにより強く掴まれていて肩から手が離れない。
「殿下、成長しましたねぇ」
「なんだか素直に喜べないのだが」
つい近所の子供をみるような言葉を漏らせば複雑な顔をされた。
* * *
「ふっ、あの顔を見たか?」
紅茶のカップがまぁ似合うこと。その悪そうな笑いがないともっと良いのに残念だわ。
「らしくないですねぇ。副団長さんは休暇なのに私を此処まで連れてきてくれたんですよ」
現在、副団長さんはヘイゼル殿下に追い出され温室の外に待機している。
「彼は今日もお休みなのよね?でもいてくれていそうだわ」
扉の方に目を向けるも彼の姿は見えないけど、あの真面目な彼のことだから部屋まで案内してくれそう。
「ユリは、まだリュネールが気になるか? あの意気地なしではなく私にしておけ」
「近いですよ。ちょっ」
何故か正面にいた殿下は、私の座っている長椅子の隣に陣取るだけではなく、まだ一口しか飲んでいない珈琲カップを取り上げた。
「ユリ、リュネールには機会をやったのだが無駄だったな」
「機会? ねぇ、真面目に退いてもらえるかしら?」
いまや上半身は完全に長椅子に倒され、金髪の髪が私の顔にかかりくすぐったい。
いえ、何もないけど王子様とこの絵面は不味いと鈍い私にもわかります。
「嫌だね。わざわざ異例の休暇を与え森にいるユリの元へ行かせてやったのに」
「副団長さんと私を一緒に生活させ何がしたかったの?」
あ、質問を間違えたと思った時には、遅かった。
「ふっ」
「こういう事になればとね。まぁ半々だったがな」
足を体で抑えられ掴まれた手首の力も急に強くなる。
「珈琲の味は苦いな」
「ならばしなければいいのよ!」
触れた唇は掴まれた手と間逆なほど優しいけど。
「嫌ではないって事か?」
「貴方がこんな行動をする理由を考えているの」
この王子様は悪ガキな言動もあったけれど、育ちは良いだけに無理強いは好まないように見えていた。
「余裕だね? 中身が年上だというのは本当なのだな」
金髪の髪が私の額に更に触れる。糸目だけどやはり気品というか、格がちがうわね。
「ヘイゼル殿下が自分の子供に近い歳だからキスは複雑よ。それにこういう行為は好きな人としなさい」
しかも同意なしはよくないわよ。
「真面目なのも良いがもう少し協力してくれ」
片方の手が良からぬ動きになってくる。
「ちょ、そこは駄目!」
百合が若返っても変わらない克服しきれないコンプレックス、それは胸がない事だ。いや、ないのは仕方がない。けれど触られるとなると別である。
「まぶしっ」
急に蒼い色の光が発生し目を細めれば、私の襟元からその光が出ている。
「ユリ様!」
そして、何が大きな音がした瞬間、目の前に副団長さんがいた。
「殿下、説明して下さいますね?」
氷のような視線は、ヘイゼル殿下に向けられていたけれど側にいる私にも圧が降りかかる。
この人を本気で怒らせたら生命の危機かもしれないとなるべく視界から外せば、何かが降ってきた。
「あ、ごめんなさいね」
「貴方が謝るのはおかしい」
いや、いつの間にかお触りだけではなくボタンまで外されかけていて無い場所が少し見えていた。色気がないモノを見せた申し訳なさについ謝りの言葉がでちゃったのよ。
「えっと、ありがとう」
肩に掛けられた副団長さんの上着で前を隠しつつ中でボタンを留めていく。小さなボタンは焦ると余計に時間がかかる。その間にも会話は目の前で進行中だ。
「無粋だな。入室の許可はしていないが」
「危険を知らせる石が光りましたからやむなくですよ」
蒼い光は副団長さんが前にくれた石のものだったのね。それにしても。
「私は、貸してくれる部屋に戻ってよいのかしら? 本当はお手紙に書いた件で殿下や魔術師さんと話をしたかったのだけど」
二人の睨み合いに私は必要ないわよね。
「いや、ユリ、お前が重要だろう」
「私が?」
何故私がいないといけないのかしら。ヘイゼル殿下が長い溜め息をつき頭痛がするとこめかみを揉み始めた。
「リュネール・グライダー、最後の機会をやる。意味は分かるな? ユリ、悪いがコイツと話をしろ。午後には魔術師を交えて手紙の件を話し合おう」
「え、午後?」
「もしかしたら宰相も呼ぶ。私は、執務室に戻る」
「殿下!」
珍しく副団長さんが大声を出しているけど、ヘイゼル殿下はヒラリと手を上げたまま去っていった。
「いったい、なんなのよ。押し倒されるわキスはされるし」
「キス?」
扉に向いていた副団長さんは、反転し私の目の前に来て膝をついて視線を合わせてきた。
「殿下が貴方に口づけを?」
「待っ」
避けようとしたのに間に合わず手袋越しに私の唇をなぞっていく。
殿下の次は副団長さんの顔が近づいてきた。
今日は厄日なの?
それとも吉日?
スローモーションで他人事のように眺めている百合の頭は大混乱中であった。