23.宿屋での夜
「忘れ物なし、火の元は魔法石だから関係ない。あとは窓の戸締まりっと、ありがとう」
背伸びをして鍵をかけようとすれば、副団長さんの手が横を掠めていきカシャンと音を立てた。
「荷物はまとめ終わりましたか?」
「え、ええ。直ぐに出れるわ」
背後の距離が近すぎて一瞬固まるも普通を装う。
「では、行きましょう」
あの、魔石を引きずって帰宅した日から副団長さんの空気が緩いように感じる。それに距離が以前より格段に近い気がする。
「ユリ様?」
「あ、ごめんなさい!」
玄関の扉を開けて待っている副団長さんに謝りながら靴を履きお城に戻るために出発した。
* * *
森からお城までは、馬と転移盤を使用し一日半。私が馬に乗り慣れていたらかかる時間は一日だったみたいだけど。近々馬に乗る練習は必要かしらね。
「休憩ばかりして悪かったわ」
「いえ、無理はなさらないで下さい」
私が予想より馬に慣れず、ゆっくりコースとなった為、王都の手前の街に着いたのは暗くなっていた。とりあえず宿で一泊してから出発する事にしたのだけど。
「お祭り前でお部屋が二人部屋だけ?」
「すみません」
「そんなに謝ることじゃないわよ。此方こそ私となんて寛げないわよね」
死語であるとは分かっていてもピチピチじゃないおばさんで悪いわねと思うも言葉には辛うじて出さずに止めた。
「私は、安心できるからありがたいわよ。一人の夜は余計な事を考えたりする時もあるから」
「ユリ様」
シンッとなる深夜は静か過ぎて、たまに目が覚めるとその後が寝れない日もある。かといって親しくない侍女さんなどにいてもらっても落ち着かない。此方に来たばかりの時は、結局は一人でというコースになっていた。
「そんな顔をしないで。私は、幸せよ」
小さな部屋のこれまた小さな丸テーブルにセットで置かれた椅子の一つに腰掛けた私を見下ろした彼からは同情のような気配をもらうけど、悲しいとかはないのよ。
寂しさは、まだ少しはあるかな。
「明日にはお城に着くのよね?とりあえずもう遅いから順番に入浴しましょう。副団長さんが先にどうぞ」
食堂となっている下の階で既に軽食を摂ったのもあり眠くて仕方がない。
「もう、負けたわ。但しベッドには寝てもらいますからね」
いや貴方が先に、いえ副団長さんがとお風呂の譲りあいも、本来面倒な私は、早々に諦めた。
「私はこっちでいい? ほら、往生際が悪いわよ」
無言でベッド付近にいる副団長さんの腕を強引にひっぱれば、やっと縁に腰掛けたので、とどめを刺す。
「私、これなら勝てる!っていう技はないけど小さなものは習得済みよ。横になれ」
「なっ、ユリ様!」
私の言葉に従いボスンと枕に頭を沈めた彼からは抗議の声と眼差しをもらうが、そのまま隣といっても少し間を空けた枕に私も頭を乗せる。
「仮面、邪魔じゃないかしら? 私は反対を向いて寝るから外しても大丈夫ですよ。声を掛けられない限り多分起きないわ。それに寒いと動かないし」
暑い日はともかく、夜はまだ冷えるのでおそらく丸まったまま朝まで爆睡してしまう。特に今日は慣れない移動で疲れていた。
「解いて下さい」
「うーん、床や椅子で寝たりしないなら解除してあげる」
いつもは身長差があるけれど、お互い枕に頭を乗せているこの状況。例え相手が不機嫌であろうと、恥ずかしさを一瞬忘れ笑いかけた。
「副団長さんと同じ視線で話すのも新鮮ね」
「……そうですか」
そっけない返事を貰った。だけど無視はされていないから嫌悪はされていないかな。
「あ、トイレ以外に動いたら強制的にベッドに戻るように魔法をかけたわ。暗くても平気かしら?」
返事を聞く前にベッドサイドの灯りのスイッチに触れれば真暗闇だ。
「副団長さん、おやすみなさい」
私は、顔があるであろう場所に声掛けをし、先程言ったように、彼から背を向け窓側に向き目を閉じた。
* * *
「名を呼んではくれないのですね」
何かしら。
髪の毛に触れられた感覚の後、頭をゆるゆると撫でられている。そのゆっくりとした動きがとても気持ちがいい。
「気を許しすぎだ」
止まってしまった頭の重みに動かしてとすり寄れば、ため息交じりの聞き慣れた声がする。
「私を動揺させて楽しいのですか?」
ちょっと怒ったような声とは反対に身体が温かくなった。少し硬いけど、落ち着く。
百合は寒くて丸くなっていた体をゆっくりと伸ばしていく。
「……今だけ、許してください」
何を許せばいいの?
声を拾いながらも百合の意識は更に深く沈んでいった。