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22.色々な気持ちを押し込めて

「あー生き返った」


お風呂を堪能した私はソファーの背にだらしなく寄りかかりながら自分の手を目の前でなんとなくグーパーしてみる。


ほっそりとした手の指先は少し荒れているものの若々しい。なにより。


「私は、まだ生きている」


今日ばかりは、生命の危機を感じた。


いくら女神様がバックにいるとはいえ自分は凡人であり生身である。


「椿も成人したし特に生きていたい理由もないけれど、まだ死にたくないと実感できた日でもあるからよしとするか。あら、来たかしら? 開いてるわよー!」


控えめなノックに返事をすれば、ゆっくりと扉が開き副団長さんが現れた。


「あ、置く場所なくて。躓かないように気をつけてね」


玄関に転がしたままの鉱石をギョッとしたように見ていたので一声かけておく。


いや、だってもう運び込むのが嫌になっちゃったのよ。それにやっぱり森の中にあった物だから気持ちとしては洗ってから中に入れたいのよね。


「ユリ様」

「ストップ。とりあえずお風呂でさっぱりして来て下さいな。それからゆっくり話をしましょう」


お風呂って、やっぱり良いのよ。気持ちも緩くなるしね。あ、でも。


「洗ってあるけど私のすぐ後なんて嫌かしら?」


お湯は贅沢だけど溜めなおしてあるから汚くはないけど。今まで気にしなかったけど、おばさんと共用しているこの状況。


「……は? あ、いえ嫌なんて」


なんとなく聞いてみれば、なんだか副団長さんが酷く狼狽えている。顔も半分見えないけど赤い?


「体調が悪いのかしら? ならお風呂はやめておいたほうが」

「身体はなんともないですが、止めて、いえ、やはりお借りします」

「そう? 無理しないでね」

「…はい」


挙動不審になったと思えば今はぐったりした様子の彼の背中を見送りながら、お茶うけにはサッパリした物を出そうと決めた百合だった。



* * *


「すっきりした? これもよかったらどうぞ」


お皿に乗っているのは黄色いグレープフルーツそっくりな果物の皮を器にしたゼリーである。


「名前が分からないけど、私の世界の果物に味がそっくりだったから試してみたの。固まってよかったわ」


ゼラチンに似た粉、正確には天草から作られる寒天ににたそれを使ったのだけど分量も適当だし癖もある可能性もあるからあまり期待はしていなかったんだけど。


「あら、結構いける。副団長さんも食べてみて?」

「はい」


彼は、慎重に木の匙で掬うと一瞬戸惑いをみせながらも口に入れた後、ちょっと驚いたようだったけど、その後は黙々と食べていく。


「冷たいお茶もどうぞ」

「ありがとうございます」


なんだか食べ方まで几帳面な彼を眺めながら自然と笑みが出ている自分に気がついた百合は、今度は穏やかに話しかける事ができた。


「さっきはごめんなさい。最近、貴方と上手くコミュニケーションが出来ないのもあって苛立っていたわ」


副団長さんは、食べていた手を止め、私を観察するように視線を向けてきたので今度は意識して笑みをつくった。


「大丈夫よ。治癒はかけたから」

「やはり怪我をされたのですね。魔獣の気配がしていた。私も同行すればよかった」


元気をアピールしたのだけど伝わらなかった。一気に暗くなる彼にどう言えばよいのか一瞬悩むも、やはり飾らない言葉でと決めた。


「夕方はいつも付いてきてもらっていたけれど最近の副団長さんは正直、距離が遠くて。気まずいままだと集中して力を出せないから断ったのよ」


私は、正面に座る彼の方へ少し身を乗り出してを伸ばし、いまや完全に食べる手を止めた彼の手にそっと触れその長い指から匙を抜きお皿に置いた。


「リュネールさん、貴方がヘイゼル殿下に何を言われたのか分からないけれど」

「つ、ユリ様?」


私は伸ばしたままの右手をそのまま彼の左手に移動させた。でも、嫌ならすぐに離れらるくらいの触れ方で。


「私は、リュネールさんに会えて良かったと思っているわ。心配性でちょっと、いえ、かなり頑固な所とか」

「それは悪口では?」


ムスッとした口調に子供っぽさがなんだか可愛くて百合は声に出さないまでも笑ってしまえば、さらにむくれている気配が伝わってくる。


でも、触れた手はそのまま。


「リュネールさんにとって休暇とは言えないかもしれないけれど、随分この森も少しは明るくなってきたし、ピクニックでもしない? 私は、残り五日だけど楽しく過ごしたいと思うの。勿論無理強いはしないわ」


だけど、どうせなら。


「せっかく出来た縁だし、仲良くできたらと思う」


私の何が気に入らないのか?または傷つける事をしてしまったのか? あの糸目王子が良からぬことを吹き込んだとか。


色々尋ねてスッキリしたかったはずなんだけど。


「駄目かしら?」


言葉をもらえなくて、やっぱり嫌われてるのかなと諦めかけた時。


彼の上に乗せていた右手が彼の左手に包まれた。


「あの」


大きな、ゴツゴツとした節々の中に収まっている自分の手を見て、自分からお触りしておいてなんだけど急に落ち着かない気持になる。


「ユリ様、不快な思いをさせてしまいすみませんでした。あと少しですが、ご一緒させて下さい」


強く握られ、綺麗な曇りのなくなった瞳を真っ直ぐに向けられて百合の心はなんともいえない気持になる。


副団長さん、私は、貴方が思い描く人とは違ってズルい女なんですよ。


たかだが手を握り返してくれただけで意識している情けないおばさんなの。


自分でも驚くくらい貴方に惹かれている。

でも、伝える勇気なんてない。


凡人で、中身がおばさんで離婚歴あり。

偉そうな態度な私は、誰よりも自信がない。


「ありがとう。じゃあ、早速ピクニックの話ね」

「それより先に今日、遭遇した魔獣と魔法石の説明を」

「ふふっ、やっぱり副団長さんらしいわ」



ねぇ、私はちゃんと取り繕えてるかしら?





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