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14.百合、古巣に戻る

「不思議だわ。家に帰ってきたような懐かしさ」


百合は周囲の国々を無事に観光し最初に飛ばされた国、バールシアンに約一年半ぶりに戻ってきた。何かの催しなのか記憶していたよりも多くの屋台が出ており威勢のよい声が飛び交っている。


「活気があるわねぇ」


この国は大きくはないものの、軍事力また貴金属や織物加工に優れており手先が器用な民が多い。それに緩やかな四季があるので農業も盛んであるという感じだったかしら。忘れっぽいのは若返りをしても改善されないのよね。


「まぁ知識だけではなく近くで眺めるという事も大切だし」


人の波上手く移動し屋台で購入したランという林檎ジュースに似た飲み物で喉を潤しつつ一枚の紙切れに書かれた文字を目で追う。


「戻った早々にというのがせっかちね。けれど散々遊ばせてもらったし、とりあえず行きましょう」


人気のない裏路地で、百合は首にかけた石とこの国の民なら知らない者はいないはずの紋章が刻まれたコインを無造作に投げ囁いた。


「指し示す場へ飛びなさい」


四角い白く光る枠が足元に現れ私を吸い込んだ。


「何かしら。ネガティブ街道まっしぐらな感じね」


転移したのは森の中。ただしマイナスイオンが発生している場とは到底かけ離れていた。


「しょうがない。自分で決めた事だし。やってみるか」


足元には魔法や魔術に関してド素人の私が数回転移可能という優れ物の石が粉々になっていた。ひび割れた地面から残る金色のコインを拾う。


「まずは生活拠点の場を見てみましょう。殿下のセンスはどんなもんだか」


百合は、昼間だというのに暗い道なき道をコインが示す光る細く先へと進みだした。



* * *



「グライダー」

「はい」

「俺はそろそろ引退したい」


明日の会議の為グライダーは団長と共に書類の最終確認に追われていた。


「ガルス団長、この部分の予算はもう少し必要かと」

「おぃ、聞けよ」


グライダーは、手を動かすより口を動かしている団長の為に不足分の額を書き込み更に細かく使用項目を記していく。


「リュネール、その書類終わったら休暇な」


手が止まり白い紙に黒い染みが広がりペン先を離しながら、彼に問う。


「今、何と言いました?」


書類より訓練、訓練より休みが一番だ、飲みに行きてぇが口癖の団長が? なにより自分が働いていて部下を休ませるなんて、そのような労る気持ちなど欠片もない方が?


「テメー、頭の中で俺の悪口を並べていただろう」

「いえ」

「しれっと流すな」


ガルス団長は、頭の作りは悪くない。いや、そこが低ければ只でさえ扱いづらい団員の統率はできない。


「まぁ、いい。グライダー副団長、本日午後からニヶ月休みな」


だが、しかし理解できない箇所が多々ある。


「来週には演習も控えているのでは?」

「あっ、やべぇ」


本当に忘れていたのか。頭痛がしてきて思わずこめかみを押す。


「冗談よりこの箇所も追記されたほうがよいと思いますが」

「いやぁ、助かるわ。って、休みは確定なんだよ!上からの指示でな。ちなみに普通の休暇とは違う」

「何ですか?コレは」


書類の束から一枚を引き抜いた彼は私に差し出した。その皺だらけの紙をのばし目を通せば。


「ミルノアの森の視察と討伐?」


北に位置する魔獣が出る森だが。年に2回結界をはり今の所は異常は報告されていない。


「部下は何名つれていくのですか?」


何か変異種でも出たのだろうか? あそこは何故か気候も安定せず植物も毒性のあるものばかり。視察はともかく討伐となると誰を連れて行くのか。


「その指は何です?」


ガルスは、私に指差している。


「お前一人だよ。何名も二ヶ月間も休ませられるゆとりがあるわけねーだろ」

「断るという権利は」

「ねーな。これも殿下からの指示だよ」


この数分間で、何故という言葉を何回使用したか。


「なぁ、高貴なお方が何考えてんだがわからんが、今回は俺が従って損はないと保障するから安心しろ」


何を根拠に言っているんだか。


「そのにやけた顔は、団長としてやめて頂きたいのですが」

「だから、お前が団長やれって」

「断ります」

「それは容姿かよ?」

「公の場にも出席せざるをえない。重要な事では?」


ガルスとは長い付き合いだが、流石に苛立つ。


「ったく、そうカッカするな。わーった。とりあえず休暇明けまで保留にするが、俺は本気だからな」


珍しく、ここまで否と言っているのに引く気はないらしい。彼の家に問題が起きたか? いや父親の領地運営は順調だったはず。


「ざっと書き足しましたが、あとはご自分でお願い致します」


忘れやすい団長の事だ。少し経てばまた変わるだろう。


「助かった。ああ、出発の際に必ず持って行けと殿下から直々に荷がきているから確認しとけ」

「わかりました」


おざなりに返事をし、席に戻れば机に大袋が置かれていた。中を覗き込めば、乾燥した果実や干し肉、日持ちのよい高価な菓子類。それに鈍く光る金色の硬貨が一枚。それには王家の紋章と殿下の旗と同じ蔦と鳥の図柄が精緻に彫られている。


「副団長!この書類をって凄い荷物ですね。どうされたのですか?」

「──知るか」


私が聞きたいくらいだ。


だが、問いかけたい人物、ヘイゼル殿下は今日から隣国で王女の婚姻の式へと参加の為不在であった。


「嫌な予感しかしないのは何故だろうか」


コインを握りしめ、一人諦めのため息をついたリュネールであった。





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