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13.百合は副団長さんの名を知る

夜明け前、城の東門から一台の質素な黒塗りの馬車が最後の城門を駆け抜けていく。


「こんな手間をかけさせるつもりはなかっのだけど」


窓からその様子を眺め、ため息交じりに呟くのは深くフードを被った少年…ではなく百合である。


「襲われた事を忘れたのですか?」


背後の冷めた声に振り返れば、彼もまたフードで顔を隠しており、その布の下には灯りにより鈍く光る仮面。


「もう、誰の仕業か判明しているんでしょう? わざわざ他国が多く訪れる日に私を誘拐しようとした人達は、一部王家を凌ぐ力を得たい自国の」

「そこまでにして下さい。会話は聞き取られないようにしていますが、まだ捕まっていないのをお忘れなきよう」


ならば余計にこの国から離れたほうがいいわね。自分の為に誰かが怪我を負って欲しくないもの。


「もう少しで北門からも出ます。我々も移動しましょう」

「はいはい」


東門からは馬車を、北門からは騎乗した二名が時間をづらし出発した。両者共囮である。


「小さいモノくらいならひっかかるでしょう」

「怪我をしないか心配だわ」


おばさんは、若い子が傷つくのは見たくない。


「ご心配なく。以前より鍛えなおしております」


珍しく口角が上がったのを見れたのはよいけれど、なんだか怖いのは気のせいかしら?



* * *



「殿下が行うのですか?」

「何だ、不服そうだな」

「いえ」


離宮の最奥の隠し扉を開ければ秘密の一室で三人は小さな声で会話をしていた。


それにしても随分親しげな殿下と副団長さんである。同い年ではないわよねぇ。副団長さんが剣の指導とか?私が不思議そうな顔をしていたら殿下が教えてくれた。


「幼い時によく城から街に観察しに出かけた私を捕まえに来たのがリュネールさ」


リュネール?


「ああ、ユリは知らないのか。リュネール・グライダー。普段は家名のグライダーと呼ばれる事が多いだろうな。騎士団は昔から団長・副団長は家名で呼び他は名のみ登録される。いわば入団後、家の力は関係なく個人の力で這い上がらなければならない」


おばさんにはピンとこない。


「ようは実力主義なのね」


それにしても今になって名前を知ったとは。ユリは少し遠くから眺めていればいいと割り切っていただけに微妙な気持ちである。


だってね。一度聞いてしまったら、もっと相手の事が知りたくなるに決まっているから。


まあ、暫く眺めることも出来ないから聞けてよかったのかしら。殿下もたまには役に立つわね。


「ユリ、何を笑っている?」

「これからの旅が楽しみでつい」


王子様に役に立つなんて言ってはいけないのはおばさんでもわかるわよ。だからしれっと答える。この時、一瞬でも目をそらさない。あくまで目を合わせてゆったりと。


「まぁいい。私と婚姻を結びたくなったらいつでも話を聞こう」

「殿下、どういう事ですか?」


なんだか二人が睨み始めたわ。気位が高い高級な猫対一匹狼の戦い。ではなくて。


「まぁ、仲良しなのはわかったから、それは後にして送って下さる?」


いつまでもグズグズしていたくない。私の少し本気の苛立ちに二人は威嚇を中断した。


「確かアルルだったな」

「いえ、先にイーゼルへ。この四角の枠の中でよいかしら?」

「ユリ、その国は」

「ヘイゼル殿下。イーゼルです」


私は、じっと見つめた。


「意図はわからんが面白い。分かったよ」


よかった。


「殿下、イーゼルはあまり情勢がよくないのはご存知では? ユリ様、隣国とはいかなくても近くでより治安が良い場所をお選び下さい」

「私が行くのだから自分で選ぶのが妥当でしょ」


副団長さんの言葉に否と首を振る。


「──ならば、コレを宿から出る際には必ず身につけて下さい。耳飾りに変化させましたので今付けて下さいますか?」


副団長さんは左右の詰め襟に付いているシルバー色のピンを外し私に突き出した。


「……ありがとうございます」


拒否権はなさそうなので大人しく受け取り、久しく何もつけていない耳に付けてみた。後で鏡をみてみよう。とりあえずは。


「お世話になりました」


二人にそれぞお礼を伝え枠の中へ足を踏み入れた。


「いくよ」

「ええ、またね」


私は、円が光りだしたので目を閉じた。


到着する場所のイーゼル国ではなく正反対に位置するゼイル国の事を考えながら。




* * *



「少し時間はかかったが、無事に転移できたか。なんて顔しているんだ? リュネール、ユリに渡したのは保有者に危機が迫った際に発動する石だろう?」


からかい半分に声をかければ、この男は、まだ不安なのか上の空である。


「お前も気づいているだろう? 彼女の腕には攻撃魔法を防ぐ腕輪、首にかかっていたただの石に見えたのは実際は、転移魔法が数回可能な希少な品だよな?」


他にも数個あるようだったが。


「ユリの周囲は心配性な奴等ばかりのようだ」

「実際、不安しかないですよ。聡明でしっかりされているようにみえますが、どうにも危なっかしい」


おや、これは。


「お前にも、とうとう春が来たか」

「春は既に終わり秋になりますが」


剣の扱いは一流だが色恋は前途多難だな。


「ああ、早く帰国しないかな」


ユリに動いてもらわないと、この堅物はずっと固まったままだ。


「今、出国したばかりです。ユリ様が離れていくのが寂しいのであれば何故止めなかったのですか?」



これは駄目だ。

たわけ者め。


「今度、私が本を貸すからかならず読め」


ユリが帰国するまでに色恋を教えておこう。ユリよ、感謝するがいい。


「殿下」

「なんだ」

「そのような腑抜けた顔をされてどうしたのですか? ああ、剣の稽古でも致しましょうか」


何でそうなる?


「嫌だ」

「次の講義までお時間があるのは把握しています。行きますよ。どれくらい成長されたか楽しみです」

「いや、別に楽しまなくてよい」

「三本とれたら陛下に殿下が街へ視察として行くべきだと加勢しましょう」

「やろう!」


まんまと乗せられ三本どころか一度も勝てず、父には嫌味を言われ散々な目に遭う事をこの時のヘイゼルは、まだ知らなかった。








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