12 .城での最後の夜は
「今日は失態だったなぁ」
やっぱり、分かっていても家族に会えないという現実は辛かった。しかも副団長さんまで巻き込んでしまった。
「カッコよく締める予定が見事に砕けたわ」
でも、何処かで人生こんなもんよと話しかけてくる自分がいる。
「それにしても何度眺めても綺麗よねぇ」
バルコニーから見上げる夜空は星が降ってくるような圧倒的な存在感。
今夜でここからの眺めも見納めだ。
明日に備えて早く寝なければいけないけど、ちょっとだけ。
「あの、冷えるので」
聞き慣れた声と同時に肩に掛けられたのは軍服の上着。
「ありがとう。クラリス君も気配がないわねぇ」
「あ、驚かせてしまい申し訳ございません。多分無意識で」
振り返れば、ソワソワと動く姿につい笑みが出てしまう。その目が何か言いたそうでどうしたのかしら。やっと口を開いてくれたけど。
「聞いてはいましたが、もったいないです」
「そうかな。髪を洗うの面倒そうでね。それでもボブにしようとしたんだけどもっと切っちゃった」
どうやら私の髪型が気になっていたらしい。胸辺りまであった真っ黒な髪は今やショートヘアである。
だってね、丸顔の私にはボブだと余計顔の形が強調されそうでサイドだけ気持ち耳にかけるよう長く後ろはバッサリ。
「首が寒いけど自分では気に入っているのだけど。やっぱり変かしら?」
この国の女の子を観察すればやはりショートヘアはあまりいなかったのよね。
「いえっ、お似合いです!」
ブンブンと吹き出しをつけたくなるように首を振るクラリス君の様子にやはり切りすぎたらしい。まぁ、ビオラさん達にも散々止めてくださいと涙目で止められたけど。
「寒い場所には長いほうがよいのだろうけど、洗う事を考えるとね。まぁ、また伸びるし」
気持ちも軽くなったから、これでいい。
「あの、周囲から見えなく、また防音と障壁を張ってもよいでしょうか?」
「えっ?構わないけど」
とても真剣な感じが伝わってきて早口で言われてよく分からなかったけれど了承すれぱ、シャボン玉のような大きな透明な膜に包まれ暖かくなった。
「クラリス君って凄いわね」
魔法まで優しいというか柔らかい感じが性格を表しているようだわと笑いかければ、益々落ち着きがない。褒められるというのが慣れていないかしら?
「今なら話す言葉や姿は外部から見えません」
「そうなの? パッと浮かばないけれど色々な事に活用できそうね」
「はい!ではなくて」
「ん?」
真剣な様子これはちゃんと聞かないといけないかなと、寄りかかっていた手すりから離れて数歩彼に近づけば、両手が震えている?
「おばさんなだけあって、ある程度生きているから大丈夫よ」
両手をそれぞれそっと握ってみれば、クラリス君の手は手袋をしていても冷たそう。
「あの、ユリ様は、最初から俺になんの躊躇もなく触れて気持ち悪くないのですか?」
「ハッ! おばさん痴女な行動していたの?!」
そういえば、怪我を治そうと必死だったとはいえ、いきなり抱きついた。それだけではない。腕やお腹を触ろうと、いえ実際ちょっと触った。
「ごめんなさいね。気になると口より手がでていたわ」
副団長さんもぷりぷりしていたし。反省だわ。
「いえっ! 違うんです! 触れられるのは嫌ではないです!」
「嫌ではない?」
「はい!」
と言う事は。
「クラリス君は、触られるのが好き? ハッ、まぁお互いが合意なら問題ないわよね」
色んな人がいて当たり前である。ようは迷惑をかけなければ問題ないわよね。
「だからっ!違います! こんな父や母さえ避ける醜い者に嫌悪を感じないのですか?」
嫌悪って嫌な気持ちって事?
「私がクラリス君に?」
「今、ユリ様の眼の前に俺しかいません」
これは、やっぱり根が深いわね。
「嫌悪なんてないですよ」
「でも、コレを見たら貴方だって!」
彼は私の手を払い除け、ブルブルと体まで震わせながら仮面に手をかけた。
カラン
落ちた際に乾いた音がした。けれど、私は今にも泣きそうな表情をした顔に釘付けだった。
「少し屈んでくれる?」
抵抗すること無く頭を下げてきた彼の両頬にそっと触れた。
「やっぱり私の娘の彼氏になって欲しい。いや椿にはもったいないくらいカッコイイわ」
スッとした鼻に女の子みたいな綺麗で滑らかな肌。なによりキリッとした眉とは対象的に目尻が少し下がった優しい目元。
「金色の瞳なのね。睫毛も同じ色だわ。ねぇ、私の世界と美の感覚が違うって言ったでしょう?」
まだ黙ったままの彼にさらに言葉を紡いでいく。
「この世界ではない場所で生まれ育った私が嘘を言ってもなんの意味もないもの」
爪を食い込ませて握る拳を掴み強く握った。
「貴方は、強くて優しい。魔法だって才能もあるのかもしれないけれど、剣の稽古のように努力してきたのでしょう?私は、そんな君が好きですよ」
私は、学生の時にたった二人のクラスメイトに救われた。それはゆっくりと学年が上がる頃にはクラスの半数が私に味方してくれた。
だれか一人でもいい。
見てくれている人、認めてくれる人がいれば強くなれる。
「お母様やお父様の代わりにはならないかもしれないけれど、私は、クラリス君の幸せを願っているわ」
きっと嫌な思いを沢山してきたのだろう。我慢もしてきたのかもしれない。私はクラリス君ではないから、その辛さを全て理解する事は難しい。
「クラリス君、貴方が怪我をしませんように。病気をしませんように。幸せに心穏やかに過ごせますように」
ポタン ポタン
それぞれの手を握っていた甲に雫が落ちてきた瞬間、私から彼に大量の光る粉が舞った。
「私は、この国に必ず戻るから。その時は警護をお願いしていいかしら? あ、お触りはしないように気をつけます」
あら?真面目な話なんだけど。
「ぶっ、お触りって…くくっ」
何かスイッチが入ったのか笑っている。数秒前まで泣いていたのに。
「まぁ、いっか。よい表情みれたから許す」
やっぱり仮面がないほうが感情をみることができてうれしいわ。
この後、いつまで経っても笑っているクラリス君にしびれを切らし両頬を引っ張れば、お肌に張りがあるわと嫉妬し更に乱暴になるユリであった。