表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【声劇台本】カットスロート・マスカレイド

作者: 久遠

商用・無償を問わずご自由にお使いください。

報告義務はありませんが、使用の旨ご連絡いただけましたら、喜び勇んで可能な限り拝聴させていただきます。

ご使用の際は次の項目にご留意ください。


【必須事項】

・作品名、作者名、URLの明記


【禁止事項】

・セリフの大幅改変

・過度なアドリブ

・自作発言、転載

・性転換(外部配信しない場合(いわゆる「裏劇」)はこの限りではありません)


【補足】

 セリフは、間の取り方・息遣いなどある程度自由に演技ができるよう、可能な限り「!!」などの感情表現を省いてあります。句読点も文章の意味が伝わる最低限にしております。冒頭にある、役柄の性格説明をまずご参照いただき、そこからは自由に演じていただければと思います。

 ただし、セリフの内容や大筋は台本に沿っていただくようお願いいたします。

声劇台本【カットスロート・マスカレイド】

作:久遠





【想定所要時間】約110分





【登場人物】




望月(もちづき) (かおる) ♀ 20代

本作の主人公で、システムエンジニア。喜怒哀楽がはっきりしていて愛嬌があるが、負けず嫌いで頑固者。

暁と真一のことは、特別な友人として認識している。


・怪盗ロゼッタ ♀

薫の怪盗姿。

現場に残る薔薇の香りとその美貌から、怪盗としての通り名は「闇夜に咲く花」


相馬(そうま) (あきら) ♂ 20代

喫茶店「カルネイロ」の従業員。言動は基本的にクールでスタイリッシュ。

素直に言うことはあまり無いが、薫と真一のことをとても信用している。


・怪盗ファントム ♂

暁の怪盗姿。

変装や攪乱に長けていることから、怪盗としての通り名は「夢幻(むげん)の仮面」


三枝(さえぐさ) 真一(しんいち) ♂ 20代

探偵。常に明るいムードメーカー。根は真面目で言葉はストレート。

薫のことが好き。暁のことは親友だと思っている。


椿(つばき) ♀ 40代

クラブ「Masquerade(マスカレイド)」、喫茶店「カルネイロ」のオーナー。

落ち着いた言動で、雰囲気はどことなく上品だが、仕事に対しては厳しい。


小笠原(おがさわら) (ひろし) ♂ 60代

怪盗たちのターゲットの一人。感情が声や言葉に出やすい。


佐伯(さえき) (ゆかり) ♀ 40代

怪盗たちのターゲットの一人。欲求に対して忠実だが、詰めが甘い。


国定(くにさだ) 正義(まさよし) ♂ 50代

怪盗たちのターゲットの一人。人当たりは良いが、実際は周り全ての人間を蔑んでいる。


・使用人 ♂

佐伯邸/国定の船にて登場。どちらも、ファントムの変装した姿。


・警官A/警官B ♂

小笠原邸/佐伯邸/国定の船にて登場。真一に協力する警官チームの一員。




【比率】

♂:♀:不問=4:2:0


望月 薫(=怪盗ロゼッタ) ♀ …

相馬 暁(=怪盗ファントム、使用人) ♂ …

三枝 真一 ♂ …

椿/佐伯 紫 ♀ …

小笠原 博/警官B ♂ …

国定 正義/警官A ♂ …




*********************









【夜、某官僚の邸宅】









ロゼッタ: 今宵、幻の絵画、


ファントム: 『宵と明星』を、




(ロゼッタ・ファントム 同時に)


ロゼッタ: 頂戴します。


ファントム: 頂戴する。




真一: 来たな怪盗! 勝負だ!


ロゼッタ: あんたまた邪魔する気? 私の獲物よ!


ファントム: こっちの台詞だ。俺の獲物に手を出すな。


真一: どっちでも構うか! まとめて引っ立てるッ!


ファントム: いい機会だ、敗北の味の虜にしてやろう。


ロゼッタ: その言葉そっくりお返しするわ!


真一: 俺を見ろ俺に注目しろ! とりあえずそこ動くな!!


ファントム: チッ、探偵め、キャンキャンと喧しい…


ロゼッタ: ひとまず逃げるわよ、ファントム。


ファントム: ああ。勝負はお預けだな、ロゼッタ。


真一: 動くなって言ってんだろー!!




椿M: 「闇夜に咲く花」怪盗ロゼッタ、「夢幻の仮面」怪盗ファントム。

 有名人の所有する美術品を狙う二人の怪盗が、世間を騒がせていた。









【喫茶店「カルネイロ」】









暁: いらっしゃいませ。…あ。


真一: よ、暁。おつかれ!


薫: わざわざ真一と一緒に賑やかしに来てあげたのよ、喜びなさい。


暁: 冷やかしなら結構ですお帰りください。


真一: 薫、いきなり喧嘩売んな。暁も買うな。コーヒー頂きに来たんだ。席空いてる?


暁: はい、カウンターで良ければ。


真一: いいよ! 暁がコーヒー淹れるところ見られるんだろ?


薫: 余計なもの仕込まれてないか監視するにもいい席ね。


暁: お望みなら何か仕込んで差し上げましょうか。


薫: 監視するって言ってるでしょ。妙な事したら吊るし上げてやるから。


暁: ご安心ください。実行するとなればそんな残念な失敗は致しませんので。


薫: どうだか。


真一: なんでそうお前らはいっつもツンツンしてんだよ…


暁: ご注文はいかがいたしますか?


真一: そうだな、俺はコロンビア、砂糖多めで。


暁: かしこまりました。コロンビアと水道水をお持ちしますね。


薫: (遮るように)水道水は結構よ。マンデリン、ブラックで。


暁: (ため息)かしこまりました。少々お待ちください。




  (暁、厨房へ)




薫: 店員としての態度は最悪ね。


真一: お前に対してだけだと思うけど。


薫: 接客に明らかな差をつけている時点でアウトでしょ。


真一: 他のお客さんには普通に接してるぜ?

 喫茶店「カルネイロ」の男性店員は、クールだけど丁寧で紳士的だって、周りの声を聞いたこともある。


薫: 紳士的な対応こそされてみたいものだけどね。そんな暁、見たこと無い。


真一: 俺たちの前だから多少気を抜いてるんだろ。気を抜いて話せる間柄ってことで、な?

 お前も仕事大変だろうし、俺と暁に対してはもっと気を抜いていいぜ。


薫: ありがと。暁の接客はちょっと腹立つけど、ちゃんとわかってるし、リラックスしてるつもりよ。


真一: 今回のシステム構築も、結構ハードなんだろ?


薫: うーん、今回はお客様に恵まれてるかな。ご要望が明確だし、無茶振りは少ないし。

 強いて言えば、納期が短めなのが、一番ハードな点かしら(苦笑)


真一: それだけ期待されてるんだろ。腕利きのシステムエンジニア、望月 薫さん?


薫: やめて、あんたにフルネームで呼ばれるのはなんか嫌。


真一: はいはい、わかりましたよ、お姫様。


薫: それも嫌。


真一: (笑う)

 ああ、それよりもさ、薫。来たんだよ、また。


薫: 来た?


真一: 怪盗ロゼッタの予告状さ。




  (暁、コーヒーを持って戻ってくる)




暁: コロンビア、マンデリン、お待たせいたしました。


真一: お、サンキュ!


暁: で? 今日も行くのか、真一。


真一: 当たり前だろ。予告状ってのは、挑戦状だ。怪盗ロゼッタが俺を挑発してるんだ、乗らないわけがないだろ? 探偵としてはさ。

 ……って、いいのか普通に話してて。店は?


暁: 休憩をもらった。…昔から変わらないな、興味のあるものには脇目も振らず一直線。

 正直に言えよ、追いかけてるのは「怪盗」ではなく「女」じゃないのか?


真一: そりゃカッコつけたいのは否定しねぇよ。でも怪盗を捕まえたいのだって本音だからな。


暁: より強い望みはどちらなんだか。(薫をちらりと見て)……まあ、頑張るんだな。


薫: …何よ。コーヒーの味の話なら、…とっても癪だけど、美味しい。


暁: その返答は天然か? 微妙に素直なのも気にかかるが。


真一: ま、前途多難って感じだけどな。知ってのとおり。


薫: 怪盗を追うのは大変よねー。ま、無理せず頑張って。


真一: ちょーっと話が違うんだけどな。ま、頑張るわ。




  (真一の携帯が着信する)




真一: おっと。悪い、電話だ。ちょっと出てくる。




  (真一、店の外へ)




暁: ……ごまかすの下手すぎか。


薫: うるさい。あんたこそ話逸らすの雑すぎなのよ。


暁: 結果として成功したんだから文句を言うな。……前途多難、だとさ。


薫: 間違ってないわよ。直球すぎて恥ずかしくなるのよあの人。


暁: まんざらでもないんじゃないか? 羞恥心を感じるのはあいつを男として意識してるからだろうよ。

 あいつの策が功を奏しているのか、もしくはお前がちょろいだけか。


薫: ちょろくない。断じてちょろくない。


暁: まあ残念ながら今夜も、二人きりのランデブーとはいかないんだがな。


薫: そうね。いつでも三つ巴の舞台だもの。


暁: さしずめ…カットスロート、といったところか。


薫: ふふ、カットスロートか。言い得て妙ね。


暁: 三人とも独立したプレイヤーだからな。

 …ああ、真一の電話、終わったみたいだぞ。




  (真一が戻ってくる)




真一: 薫、俺そろそろ行くわ。今晩の準備しなきゃ。


薫: うん。頑張ってね。


真一: 任せろ。…約束は忘れてないよな?


薫: 忘れてない。「怪盗を片方でも捕まえたら、なんでも一つ言うことを聞く」


真一: オーケイ。やる気出た。薫、今度こそ覚悟しとけよ。


薫: 応援してる。期待はしてないけど。


真一: 最後が余計なんだよ(笑) ああそうだ、薫、今晩空いてる?


薫: 今晩? ごめん、先約。どうしたの?


真一: なんだよ、釣れないな。怪盗とドンパチやり合った後、お前と会いたかったのに。


薫: ごめんね。日中ならこうやって会えるし、その時はいくらでも話聞くから。

 頑張って、探偵さん。


真一: 頑張る。(念を押すように)覚悟しとけ。


薫: (笑いながら)はいはい。




  (真一、去る)




暁: どんなことをさせる気なんだか。


薫: さあね。生憎とそう上手くはいかないけど。


暁: ファントムが捕まっても、条件は達成だろう?


薫: ……捕まるの?


暁: まさか。


薫: (笑う)


暁: 万が一の仮定として。どちらかが本当に捕まったら、あいつの条件、本当に何でも飲むつもりか?


薫: 正直、わからないわ。想像できないもの、そんな未来。

 だいいち、ファントムならまだしもロゼッタが捕まった場合、約束がどうとか言ってられる状況じゃないし。


暁: (笑って)違いないな。


薫: じゃあ、暁、私もそろそろ行くわ。あんたも休憩終わりでしょ?


暁: ん、そうだな。時間だ。


薫: コーヒー、ご馳走様。


暁: ありがとうございました。




薫M: 二人とも大事な友達。だから、いつだって手加減しない。

 太陽がなりを潜めたら、「カットスロート」の幕が上がる……!









【夜、ターゲット・小笠原邸】









小笠原: 君が、今夜私の宝物を守ってくれる探偵君か。随分と若いようだが、信用していいのかい?


真一: 初めまして、三枝 真一です。俺はずっと怪盗を追い続けています。奴らの癖も把握してますので、ご安心ください。

 今晩は、俺の信頼する警官たちと一緒に張り込みをさせていただきたいと考えています。宜しいでしょうか。


小笠原: そうか。わかった。そこまで言うなら信用してみよう。


真一: ぜひお願いします。


警官A: 三枝さん、全員配置につきました。いつでもご命令を!


真一: オッケー。頼りにしてるぜ!

 ところで小笠原さん。怪盗ロゼッタの予告状はご覧になりましたか?




ロゼッタM: 「一般社団法人 美術工芸保全協会 代表 小笠原 博 殿。

 今宵、貴殿が所有者の家族を人質に脅し取った秘宝・水晶彫刻『深層の女教皇(おんなきょうこう)』をいただきに参ります。

 ――怪盗ロゼッタ」




真一: 警備警戒を行う前に、真偽を確かめさせてください。あの予告状の内容は、


小笠原: (遮るように)出鱈目に決まっているだろう! 名誉棄損も甚だしい全くのでっち上げだ!!


真一: わかりました。気を悪くしないでください、あくまで形式的な確認ですから。

 小笠原さんの正当性がはっきりすれば俺も安心して仕事ができますので。

 協力した相手がもし不正を働いていれば、それがはっきりした時点で俺は手を引くということを、契約上、事前にお伝えしておかなければいけないんです。ご理解ください。


小笠原: ……。


真一: ただ、ロゼッタの予告状の内容は、今までの例でいけばかなり信憑性が高いんですがね。


小笠原: なっ……!




  (突如、フロアの照明が落ちる)




警官A: 照明が落ちた!?


小笠原: おい、早く復旧しろ!!


真一: おいでなすったか…!


ロゼッタ: 《ごきげんよう、皆様。素敵な夜ね。》


小笠原: 出たな、卑怯なコソ泥め! 私の宝に手出しはさせんぞ、姿を見せろ!


ロゼッタ: 《慌てないで、いくら財産がおありでも、せっかちな殿方は嫌われるわよ?》


真一: 落ち着いてください、小笠原さん。奴はいま館内放送で話しています、この屋敷内で放送設備がある場所は?


小笠原: …コントロールルームと、私の自室だ。


真一: 二か所ですか…!


小笠原: 私が自室に向かう。君はコントロールルームへ。二手に分かれよう。


真一: ええ、そうしましょう。


警官A: 私が護衛につきましょうか?


小笠原: いや、結構だ。私一人で向かう。


真一: …わかりました。急ぎましょう!






  (小笠原の自室。ロゼッタが作業を終えた)




ロゼッタ: よし、データゲット。まったくあっけないわね、この程度の修羅場なんていくらでも経験済みでしょうに。

 …それにしても豪華なお部屋だこと。




  (小笠原が到着する)




小笠原: そこまでだ。そのメモリを置いて行ってもらおうか。


ロゼッタ: あら、こんばんは。お初にお目にかかります。


小笠原: できるならお会いしたくはなかったよ、こんな形ではね。美人は夜の闇よりも太陽の光が似合う。


ロゼッタ: こんな暗闇でも美人と言ってくださるなんて、ふふ、お目は確かね。


小笠原: しかし残念だよ、そんな美人をこの手で消さなければいけないなんて。




  (小笠原、銃を取り出しロゼッタに向ける)




ロゼッタ: あら、物騒ね。銃なんて、ジェントルマンには似合わないわよ。


小笠原: 君は余計なことを知ってしまったんだよ。わかっているだろう?


ロゼッタ: ええ、大いに。水晶彫刻『深層の女教皇』の鑑定書に資料はわかるとして、一緒に保管されていた謎の誓約書。

 「本品の授受に関し、以後一切の異議申し立てを行わない」なんて雑然とした、けれど拘束力の強い内容。

 そして前の所有者家族の詳細なデータ…ご本人の職場の情報のみならずご子息の学校名や内申書、奥様の職務経歴に加えて過去の男性遍歴なんて、契約にはそこまでの情報が必要だったのかしら?

 そして、それらのデータを幾重にもロックをかけて一括管理しているのにはもちろん理由がおありよね?


小笠原: そうだな、簡潔に言ってしまえば予告状の通りさ。この答えは冥途の土産にはなるかな?


ロゼッタ: ええ、普通に手土産として持ち帰らせていただくわ。素敵なお答えをありがとう。


小笠原: お話しできて光栄だったよ、「闇夜に咲く花」怪盗ロゼッタ。その名の通り闇夜に散るがいい!


真一: させるか! 突入だ!!


警官A: 了解!!




  (真一の号令とともに警官が突入する)




小笠原: 何っ!?


ロゼッタ: 隙あり!




  (ロゼッタの鞭が、小笠原の銃を弾き飛ばす)




小笠原: つっ…!! 鞭だと!?


ロゼッタ: 薔薇には棘があるのよ、オジサマ。


真一: 今だ、押さえろ!


警官A: 了解!


小笠原: やめろ、私に触るな!!




  (警官が小笠原を取り押さえる)




警官A: 暴れるなッ! 大人しくしろ!


小笠原: ぐ、うぅ……!


真一: 俺は警官じゃないので直接できることは何もありませんが、仲間の徒労が無駄にならなくて本当に良かったです。

 公務執行妨害に詐欺と隠蔽・銃刀法違反、とどめは殺人未遂ってところでしょうかね。


小笠原: しょ、証拠不十分だ! PCのデータだけで証明などできるはずがない!


真一: そこはあなたが補完してくれたじゃないですか、小笠原さん。録音、聴きます?


小笠原(録音): 「そうだな、簡潔に言ってしまえば予告状の通りさ。この答えは冥途の土産にはなるかな?」


真一: 得体の知れない敵を相手にしているのに、護衛もつけず一人きりで自室へ向かうあなたを、怪しむなというほうが無理でしょう。

 まさか銃を所持しているとは思いませんでしたが、最初からマークしていて正解でした。

 最初にお話しした通り、俺は手を引きますので悪しからず。

 (仲間の警官に)連れてっていいよ。俺の仕事は済んだ。


警官A: 了解しました、三枝さん。今夜もご協力、感謝いたします。


真一: (笑って)お互い様だろ。


警官A: さあ、立て。行くぞ。


小笠原: 畜生…!!




  (警官、小笠原を連れて退出)

  (静かに後ずさるロゼッタ)




真一: おっと! ロゼッタ、お前は逃がさないぜ。


ロゼッタ: あら? 手を引くんじゃなかったの?


真一: それとこれとは話が別だ。小笠原の依頼は破棄だけど、お前を捕まえるのは変わらない。

 そのまま下がれば窓から落ちるぜ。今日こそ俺の勝ちだ!


ファントム: 相変わらず詰めが甘いな、探偵。




  (窓から現れたファントムが、真一の足元にナイフを投げる)




真一: うおっ危ねぇ! 人に向けてナイフ投げんな刺す気か!!


ファントム: 手こずってたみたいじゃないか、ロゼッタ?


ロゼッタ: 緊急事態だったのよ。なあに、窓から迎えに来てくれたの?


ファントム: お前ではなく、そのデータに用があったんだがな。


ロゼッタ: お生憎様。私もあんたじゃなくその腕の中のお宝に会いたかった。今回はこのどちらも揃っていないと意味がないもの。


ファントム: そうだな。


真一: 俺を無視して話進めんな! だいいち、ファントムお前どうやってそれを手に入れたんだ!?

 お宝の近くには俺の仲間が張り付いてたはずだ! ……あ? このタイミングで電話かよ!

 (携帯を取って)はい三枝…は? 一人居ないだって!? いや居ただろ俺点呼したぞ!?

 (ファントムを見て)…………お前、まさかっ!


ファントム: (笑う)


真一: …くそ、やってくれるじゃねーか…さすがは「夢幻の仮面」…! 俺の仲間に変装してやがったな…!!


ファントム: 本人を知っている連中が、揃いも揃って騙されるとはな。いっそう自信が持てたよ。

 念のため伝えておくと、その本人は今頃布団でぐっすり眠っているころだ、安心するといい。


真一: ……もーーーお前ほんと絶対許さねえ絶対捕まえる!! 覚悟!!!


ファントム: もう一度言う、詰めが、甘い。(投げ縄を投げる)


真一: うぐっ…!! 投げ縄、だとっ…!?


ファントム: 男を縛るのは趣味じゃないんだが…仕方ない。手早く料理してやるから大人しくしてろ。




  (ファントム、真一を縄で縛りあげる)




真一: て、てめえこのやろ…! ほどけよコラ!!


ロゼッタ: 秘宝・水晶彫刻『深層の女教皇』と付随するデータ一式、確かに頂戴いたしました。

 (真一の耳元で)今夜も楽しかったわ、探偵さん。


真一M: あ、またいつものローズの香り…!


ロゼッタ: またお会いできる日を、楽しみにしてる。


ファントム: 急げ、ロゼッタ。


ロゼッタ: ええ、行けるわ。


ファントム: 今夜も俺たちの勝ちだ。またな、探偵。


真一: ちくしょう……!! 今度こそ絶対に捕まえてやる、覚悟してろ!!









【クラブ「Masquerade(マスカレイド)」】









椿: なるほど。なかなかハードな状況だったみたいね。


薫: まさか銃を向けられることになるとは正直思ってなかった。結構苦労したのよ、動揺を隠すの。


椿: 苦労したということは、成功したんでしょう。だいぶ肝が据わったわね、昔に比べたら。


薫: 椿ママのスパルタのおかげよ。


椿: 悪党を相手取るなら必須のスキルですもの。動揺は、判断力も鈍るし視野も狭まって良いことなんて一つもない。

 だから、それを悟られない演技が必要なの。


暁: そもそも動揺するような事態になっていたことそのものが、問題だろう。

 真一の突入があと一歩遅れてたら、危なかったところだ。お宝と一緒にお前の亡骸を運び出させる気か。


薫: ま、まあ……そうね。真一が現場に来るのは考えてたけど、その前の出来事は想定外だった。

 ……でも、平静を装って会話して時間を稼いで、結果的に銃を手放させたのは私よ。


椿: 確かにね。そういう意味では、あなたは間違いなく成長しているわ。


薫: うふふ、さすがは椿ママ、わかってくれて嬉しいわ!


暁: おい、マスター。こいつに甘すぎやしないか。


椿: 暁。あなたの武器はその度胸と変装技術。薫の武器は何だと思う?


暁: …………愛嬌。


椿: そう。薫はその美貌と愛嬌で、相手の心に近づく。

 たとえば、動揺しているのをあえて見せて相手の気を引いたり同情を誘う、そういう手も薫には向いているのよ。

 相手によって手を変えて、時には色を加えて攻め落とす、その訓練をしているの。


暁: ああ、言われてみれば思い当たる節はあるな。現在進行形で毒されている男を一人知ってる。


椿: ただね、薫。


薫: なあに、椿ママ?


椿: 一人で全部やり遂げるためのプランをもっと意識しなさい。

 もちろん今回みたく結果的に協力するのも悪くはない。けど、たとえば薫は今回、探偵君の援護がなかったらどうやってその場を切り抜けていたの? 

 あらゆるトラブルを想定したプランを用意しておくことで、仮に次は暁がピンチだったとしても、薫が助けに行けるかもしれないんだから。


薫: ……はい。ごめんなさい。…………暁も、ごめん。


暁: …………わかれば、いい。


椿: さて、この話はおしまい。次に行きましょう。


薫: 次がもうあるの?


椿: この手の話は腐るほど転がり込んでくる。それだけ悩める子羊が多いということね。


暁: 考え物だな。このクラブの噂が広まり始めている点も含めて。


椿: 噂は広まっても水面下だけよ。【クラブ「Masquerade」に相談すれば、怪盗が盗み出してくれる】

 少しでもガセがあれば悪評とともに炎上するんでしょうけど、もれなくすべてが叶っている以上、悩める子羊にとってここは失ってはいけない駆け込み寺ですからね。

 依頼者たち自らがこの店とあなたたちを守ってくれているということよ。


暁: 俺はいつもヒヤヒヤしているがな。なにせ真一は、喫茶店の常連客だ。


椿: 常に情報を得られる最高の環境だと考えるのね。それに警戒は怠ってないわよ。あたしを誰だと思っているの?


暁: 喫茶店「カルネイロ」とクラブ「Masquerade」の、信頼できるオーナー。…解ってるさ。


椿: よろしい。いい、二人とも? 今回も、くれぐれも、油断しないように。


暁: 了解、マスター。


薫: わかったわ、椿ママ。




真一M: 数日後、ロゼッタの予告状が再び世間を騒がせることになる。

 律儀に届く予告状。気が付いたらこの大捕物は日常になっていた。









【喫茶店「カルネイロ」】









真一: え、今日も暁は仕事休みなのか?


薫: そうみたいね。私も詳しく聞いてるわけじゃないけど。


真一: ……なあ、薫。前々から気になってたこと聞いていい?


薫: なに?


真一: 暁とさ、……付き合ってんの?


薫: はあ? いつもここで小競り合いしてるの見ててどうしてそういう発想になるの。


真一: じゃあ、質問変えるわ。お前、暁のこと気になってたりする? 男として。


薫: もう一度聞くけど、いつもここで小競り合いしてるの見ててどうしてそういう発想になるのよ。


真一: 小競り合い、ね。俺にはそれ、気があることを隠してるように見えたんだよな。

 片方だけか両方なのかはわからないけど、少なくともあれは仲が悪い奴同士の口喧嘩じゃないぜ。


薫: 暁の気持ちはわからないけど…

……真一、今日なんか変よ。疲れてない?


真一: そんなことねぇよ。ただ気になったんだ。

 この前の誘いだって、お前は「先約がある」っつって断ってきたけど、その相手って暁じゃないのかとか、考えちまってさ。


薫: それは、…まあ、そうだけど。


真一: やっぱり暁だったのか。二人で?


薫: いいえ、ほかにもたくさん人がいたわ。二人きりで会ったりなんてしてない。


真一: …そっか。それは、俺の考えすぎか。

 まああれだ、もしお前が暁を好きなら協力するって言いたかったんだよ。


薫: だったらあらためて言っておくけど、そういう協力はいらない。

 気になる人には、私自身で考えて向かい合いたいから。


真一: 了解。付き合ってる奴はいないけど、気になる奴はいるんだな。


薫: な、…あー、もう! しまった! …バカ!


真一: (笑いながら)まったく、いいリアクションしてくれるぜ。その姿に免じてこれ以上はいじめないでやるよ。

 …それはそうと、暁、本当にどうしたんだろう。




  (椿がカウンターから声をかける)




椿: コロンビア、マンデリン、お待たせいたしました。


薫: 椿ママ! ありがとう、いただきます。


真一: (笑いながら)さすが常連。オーナーさんのことそんなふうに呼べる奴、そうはいないな。

 ……あの、オーナーさん。暁はどうかしたんですか? 暫くお休みしてると思うんですが…病気か何か…


椿: ああ、いえいえ。相馬 暁はキャリアアップ研修に出席中なんです。泊りがけなので、しばらく店頭業務はお休みさせていただいております。

 ご心配ありがとうございます、本人はいたって健康ですのでご安心くださいませ。


真一: 研修ですか、それは大変ですね。それもなかなかの長期間だ。

 復帰はいつごろの予定なんですか?


椿: 明日からはこの店に復帰する予定でおります。


真一: 明日、ですか。


椿: はい。宜しければその時にまた、相馬の顔を見にいらしていただけると、喜ぶと思います。


薫: (苦笑しながら)そんな素直に喜ぶかしら、暁。


真一: どうだろうな。お前が居たら喜ぶかもよ?


薫: またそういうことを言う。…本当に疲れてない? 大丈夫?


真一: 平気だって。正直もっと頻繁に来いよって思ってる。


薫: 怪盗のこと?


真一: ああ。失敗ばっかでも凹んでる時間が惜しい。ロゼッタの予告状もまた出たし、たぶんまたファントムも現れるだろうし、

 (真面目なトーンで)……ロゼッタとファントム、どっちでもいいから早く捕まえたい。


薫: (笑って)そんなに、私に言うことを聞かせたいの?


真一: ……(明るく)あー、そういうことにしといて! あながち間違ってもいないしな!

 とりあえず、勝負は今夜だ。今度こそ!


椿: お客様、コーヒーのお代わりはいかがいたしますか?


薫: あ、私は結構です。ご馳走様でした。真一、私そろそろ行かないと。


真一: うん、足元気をつけろよ?


薫: わかってる、……きゃあ!(ヒールでよろめく)


真一: (支える)おっと! まったく、そんなヒール履いてるから。


薫: あ、ありがと真一。今どけるから……あっ、




  (真一、唐突に薫を抱きしめる)




真一: 今だけでいい、動かないで。俺の腕の中にいてくれ。


薫: ちょっと、真一…


真一: (深く呼吸をした後)……薫。怪盗ロゼッタの予告状が来たこの前の夜、お前どこにいた?


薫: えっ、


真一: 俺な、お前と同じ香水の香りを知ってるんだ。前々からずっと気になってた。

 このローズの香り…怪盗ロゼッタと、まったく一緒なんだよ。


薫: し…真一、


真一: 俺だってこんなこと聞きたくねえよ。けど、気になったら解決したくなる。これでも探偵だからな。

 答えによっては…俺はお前だけじゃなく暁も疑わなきゃいけなくなる。その日の夜、お前たちは一緒にいたんだもんな?


薫: 真一…


真一: もう、なりふり構ってられねぇんだ。誰も彼も疑ってかからなきゃ、怪盗なんて、捕まえられない…!


薫: 真一。落ち着いて。らしくないこと言わないで。

(ため息)……その日暁は、「カルネイロ」のオーナーの紹介で、オーナーの知り合いの家にいたわ。私もそれに同行したの。

 それと、私が使ってる香水は通販で誰でも買える、人気の品物よ。私も昔から愛用してる。

 そんな情報だけで私を疑うのは、早計だわ。いつもの真一ならそんな短絡的な結論で満足しない。何かあったの?

 …何を焦ってるの?




  (真一、薫から腕を放す)




真一: …………悪かった。確かにお前の言う通り焦ってたかもしれない。

 俺が言ったことは、忘れて。悪いけど俺先に帰るわ。お前も気をつけてな。


薫: あ、真一…!




  (真一、足早に店を出る)




椿: 薫。


薫: はい、椿ママ。


椿: 勘違いかしら。あなた、足をくじいたんじゃない?


薫: うっ…さすが。真一にもバレちゃったかな?


椿: あの様子を見るにそれは無いと思うけれど…

 あらためて。くれぐれも、油断しないように。


薫: ……はい、椿ママ。









【夜、ターゲット・佐伯邸】









使用人: お待たせいたしました、ご主人様。


佐伯: ええ。…ふふ、お前の淹れる珈琲は本当に美味しい。


使用人: 恐れ入ります。


佐伯: ここ最近は物騒が過ぎて心が休まる暇もないわ。

 …昨晩、(くだん)の怪盗とやらがついに私のところへも予告状をよこしてきた。

 こんな犯罪者がなぜ未だに野放しなのか…警察の無能さにもほとほと呆れるわね。


使用人: ご心中、お察しします。


佐伯: お前は数いる使用人の中でも、私の右腕にしたいくらいに優秀よ。特別に見せてあげる。

 見るたびに気分の悪くなる内容だから、読み上げたりはしないように。


使用人: 承知いたしました。




ロゼッタM: 「パシフィックスター・ホールディングス 代表取締役社長 佐伯 紫 殿。

 今宵、貴殿が密約を結ぶ違法風俗店から賄賂として受け取った秘宝・絵画『ヘドニスト』をいただきに参ります。

 ――怪盗ロゼッタ」




佐伯: 予告状は不躾なことに屋敷の門に貼られていたの。衆目に晒されるように大々的にね。腹立たしいことこの上ないわ。

 ああ、二人きりの時は私の許可はいらない、好きに発言して結構よ。


使用人: では、僭越ながら一つ質問をお許しください。…その絵画とやらは本当に屋敷内にあるのですか? 


佐伯: なるほど。お前は本当に聡明ね。


使用人: 何かご無礼があれば、お叱りを謹んでお受けいたします。


佐伯: とんでもない。感動しているのよ。

 問いの答えだけれど、たしかに絵はこの屋敷内にあるわ。ただしそう簡単に見つかる場所になど置いてはいないけれどね。


使用人: では、予告状の内容は?


佐伯: 多少悪意ある表現がなされているけれど、概ね真実(ほんとう)

 国内には外国人の娘を売りにした風俗店がいくつも存在する。その()たちはどうやって手に入れているかというと、もちろん国内に住む()もいるけれど、食い扶持に困った他国の貧困層を輸入しているケースもあるの。


使用人: 貧困層を、輸入、ですか。


佐伯: それが一番確実かつ、売り手と買い手の双方が利益を得られる手段でしょう。

 ただこの輸入は当然、方法としては黒。それをどうやって掻い潜るかというところで、私のツテが必要になる。


使用人: そこで、例の絵の話ですか。


佐伯: そう。絵はいわゆる担保。裏切れば絵の公開とともに密約も公表するつもりよ、もちろんその時はあくまで「先方に脅されて押し切られた密約である」というふうにね。


使用人: なるほど。怜悧かつ冷酷なご主人様らしい判断です。


佐伯: ふふ、誉め言葉ね。


使用人: …ご主人様。今宵は一段と、疲れたお顔をしていらっしゃいますね。


佐伯: お前は本当に人をよく見ているのね。……ええ、疲れたわ。


使用人: 私で良ければ、癒して差し上げます。




  (使用人、佐伯に近づく)




佐伯: あらあら、お前はそんな自信家だったの? 私を満足させられると?


使用人: ご主人様を近くで拝見してきた私だからこそ、お望みを満たせるかと。……心身ともに。


佐伯: まるでずっと前からこの機会を狙っていたみたいね。


使用人: 仰る通りです。お美しいご主人様に、身分も忘れて惹かれておりました。


佐伯: けれど、忘れたの? お前はまだ職務中の時間よ。これから来客もあるというのに、


使用人: この屋敷の時計は一時間ほど遅らせてあります。

 私以外の使用人たちは定刻まできっちり働いてすでに退勤しました。ですからこの後ご主人様がどんなにお乱れになっても、それを聴く者はありません。

 (耳元で囁く)……その来客も、ご主人様の艶美な姿に心奪われることでしょう。


佐伯: (嬉しそうに)お前という男は、聡明であるだけでなく、こんなにも狡猾で、情熱的だったのね。


使用人: 誉め言葉と捉えます。ほら、捕まえた……




  (突如照明が落ち、窓ガラスが割れ、ロゼッタが部屋に侵入する)




佐伯: 何!? は、早くライトをつけなさい!!


使用人: 窓も割られた!? 不躾な!


ロゼッタ: 秘密のお遊戯は、闇の中のほうが燃えるものよ。でしょ?


佐伯: …お前が、噂の怪盗ね…!


ロゼッタ: 怪盗ロゼッタ。以後お見知りおきを。


使用人: ご主人様、危険です、お下がりください!


ロゼッタ: ごめんなさいね、今宵はサーヴァントに御用は無いの。




  (ロゼッタ、持参した香水を使用人に向けて吹き付ける)




使用人: うっ…!! ご、ご主人、さま……!




  (使用人、倒れる)




ロゼッタ: 眠りのアロマ、自作でもなんとかなるものね。少しの間眠ってて?

 さて、やっと二人でお話ができるわね。


佐伯: …そうね。生憎この部屋にお目当ての品物は無いわよ。


ロゼッタ: ええ。存じ上げてるわ。


佐伯: ならばどうしてこの部屋に? わざわざ私に会いに来たの?


ロゼッタ: そうね、礼儀としてまずご挨拶を差し上げたくて。

 けれど、まさかあんな扇情的な光景を見ることになるとは思ってなかった。


佐伯: 見られるのも嫌いではないけれど…ふふ、突然すぎて驚いたわ。で? 私たちの姿を見て興奮でもした?


ロゼッタ: うふふ、映画を見ているみたいだったわ。特に、私が部屋に入る直前。

 サーヴァントの彼が貴女を抱き寄せた時なんてもう、ドキドキしちゃった。


佐伯: お前が乱入しなければ、もっと扇情的な光景をお見せできたのにね。残念。


ロゼッタ: 悪くはない提案だけど、私は今夜、貴女の秘宝を奪いに来たの。官能映画を観に来たわけじゃないわ。

 そして、目的はすでに達成したも同然。


佐伯: 何ですって…!?


ロゼッタ: 警戒心の強いお方ほど、大切なものは肌身離さず持っているもの。貴女も例外ではなかったわよね?


佐伯: はっ、(胸元を探り)……ないっ!?


ロゼッタ: 秘宝の眠る先へつながる鍵は、貴女が胸元に着けていたブローチ。気づいていたみたいね、貴女のサーヴァントも。


佐伯: なんですって!? お前、




  (佐伯、使用人が倒れていた場所を振り返る。が、使用人はいない)




佐伯: なっ…居ない!? いつのまに!


ロゼッタ: 不本意だけれど、私は貴女の足止め役。さっき彼に使った「眠りのアロマ」もイミテーション。

 貴女のサーヴァントは今頃ブローチを手に秘宝へまっしぐらよ。


佐伯: あの男…! 許さない!!




  (佐伯、一目散に走り去る)






  (佐伯、屋敷内某所に到着)




佐伯: (息を切らしながら)よし、…奴らはまだたどり着いていない…!


真一: こんばんは、佐伯さん。探してました、ちゃんとご挨拶をしたくて。


佐伯: ! 何者!?


真一: はじめまして。三枝 真一、探偵です。怪盗の予告状の件で、警備警戒のため仲間の警察とともにお邪魔しています。


佐伯: …私はお前を屋敷に招いた覚えはない…! 探偵ともあろうものが、よりによって警察を従えて不法侵入を行うとはね!


真一: え? 俺はちゃんと使用人の方に入れてもらいましたよ?


警官A: はい、確かに。若い男性でした。


警官B: 怪盗の件もご存じで、私たちがこちらにお邪魔することも把握していたようですが。


佐伯: 若い男性の使用人…!! そうよ、その使用人を探しているの! その男は、私の庭を荒らしに来たスパイよ!!


警官A: 三枝さん、もしかすると…!


真一: …ああ。十中八九、そいつが怪盗ファントムだ!

 そいつを探すのを手伝います。行きましょう!

 (警官隊に)お前たちはこの場所を警備してくれ。頼むぜ!


警官A・B: ハッ!(敬礼)




  (真一・佐伯、走り去る)




警官A: で? ここに秘宝があるっていうのか?


警官B: 単なる壁にしか見えないが、なにか妙なギミックでもあるのかもな。


警官A: 三枝さんならここを見てその仕掛けを解き明かせるのか?


警官B: 探偵だからな…何かに気づくことはできるのかもしれない。ああ見えて切れ者だし。


警官A: 俺たちも負けてられないな、ここにも怪盗が現れるかもしれないんだから。


警官B: ああ。気を引き締めるぞ。




  (そこに真一が走ってくる)




警官A: あれ、三枝さん? 怪盗は無事に捕まえたんですか?


真一: は? 何の話?


警官B: いや、今さっき、この屋敷の主を連れて走っていきましたよね?


真一: それ偽物だ! そいつが怪盗ファントムだ!!


警官A: えっ!?


真一: 揃いも揃って全員騙されてんじゃねぇよ!! 早くそっちを追え!!


警官B: 三枝さんはどうなさるんですか!?


真一: こうなれば、ここには間違いなく怪盗ロゼッタが現れる。今度こそ俺がこの手で捕まえてやる! 早く行け!!


警官A・B: はっ、はい!!




  (警官、走り去る)




真一: ……さて。もうそのあたりにいるんだろ? 出て来いよ、ロゼッタ。


ロゼッタ: ……さすがね。近くにいることまでお見通しだなんて、恐れ入るわ。


真一: 当然だ。誰よりもお前の癖を知っているからな、……誰よりも。


ロゼッタ: ………………まさか、ファントム?




  (真一、その名を呼ばれてふっと笑う)




ファントム: 気づくのが遅い。なかなかの精度だったろう?


ロゼッタ: あんた、使用人に変装してたんじゃなかった!?


ファントム: していたさ。使用人として佐伯から情報を聞き出し、ブローチを奪い、正面玄関から真一たちを招き入れ、そして真一に変装して警察をかく乱した。俺の通り名を忘れたか?


ロゼッタ: (ため息)今夜は完敗だわ。「夢幻の仮面」


ファントム: さて、秘宝にご対面と行こうか。


ロゼッタ: この窪みにブローチをはめ込むのね。シンプルだけど、まさかこんな漫画みたいなギミックが実在するなんて…




  (ファントム、ロックを外す。ギミックが解除され、絵画が姿を現す)




ファントム: さあ……開いたぞ。


ロゼッタ: これが、秘宝……なんて、…なまめかしい…!


ファントム: 官能的だな。そして享楽的だ。さすがは『ヘドニスト』、色欲にかまけたこの屋敷の主にふさわしい。


ロゼッタ: あのまま手を出す気かと思ったわ、あんた。演技にしては色気もあって、本気なのかと思っちゃった。


ファントム: なかなか苦痛だったぞ。生憎俺の好みとはかけ離れていてな。その気にさせることはできても、正直、俺が乗らん。

 …まあ、俗にいう色仕掛けだ、お前にはできない芸当だろうな。


ロゼッタ: 失礼ね。試してあげましょうか。


ファントム: 面白い。何をしてくれるのやら。


ロゼッタ: んー…とりあえずは…




  (ロゼッタ、ファントムの至近距離に近づく)




ファントム: ……間近に迫る、か。次は?


ロゼッタ: え、…次って。


ファントム: 俺の行動と同じではあるが、それだけを真似たのでは効果は薄い。演技には心が伴わなければな。

 色香で落とそうと思うなら、その時は目の前の相手を本気で愛してみることだ。…では、実践といこうか。




  (ファントム、ロゼッタに迫る)




ロゼッタ: ちょ、ちょっと…ファントム……!


ファントム: 効くだろう? 俺の本気は。(耳元に唇を寄せて、ささやく)……捕まえた、薫。


ロゼッタ: ……あ……あき、ら…




  (真一、走って戻ってくる)




真一: (息を切らして)廊下で堂々といちゃついてんじゃねぇよ、怪盗だろお前ら…!


ロゼッタ: た、探偵さん…


ファントム: ああ、おかえり探偵。佐伯はどうした?


真一: 勝手な真似ができないように見張り付けて監視中だ。心配ありがとよ。

 ファントム! 今すぐロゼッタから手を放せ…!!


ファントム: 命令される謂われはない、俺の勝手だ。一応理由は聞いておいてやろう、何故だ?


真一: 好きな女と同じ香りの奴が、俺じゃない男に迫られてるのを見たくないんだ!


ファントム: !


真一: 薫が、…俺の好きな女が、ほかの男に迫られてるみたいで腹が立つんだ! 悪いか!!


ファントム: ……いや、理解した。悪かったな、ロゼッタ。


ロゼッタ: ファントム…


真一: ちょうどいい、廊下なら窓もない、今日こそまとめてお縄につけッ!!


ファントム: 御免被る。ロゼッタ、下がっていろ。


ロゼッタ: あんたに守られるつもりはない、……うっ!(足首の痛みに呻く)


ファントム: ロゼッタ? 足をくじいているのか?


真一: 足を? それはかわいそうに、けど俺ももうなりふり構ってられねぇんだ。

 悪いがロゼッタ、お前からだ!


ロゼッタ: ……させない!!




  (ロゼッタ、眠りのアロマを真一めがけて吹き付ける)

  (真一、ロゼッタの肩をつかみ、そのまま崩れ落ちる)




真一: あ、……香水…?


ロゼッタ: 今度は…イミテーションじゃない。本物の「眠りのアロマ」よ。


真一: ……ロ、ゼ…………


ファントム: ……プレゼントだ。このメモリには佐伯の発言が録音されている。有効に使えよ。(メモリを真一に渡す)

 行くぞ、ロゼッタ。


ロゼッタ: ええ。……ごきげんよう、探偵さん。




  (ロゼッタ・ファントム、真一を残して去る)




真一: …………薫…









【クラブ「Masquerade」】









椿: 薫、暁。次のターゲットが決まったわ。


薫: 椿ママ…? 顔色がすごく悪いわ、なにか病気でも見つかったの…?


暁: あるいは、マスターの顔色に変化が出るほどの大きな案件か、もしくは大きな隠し事か。


薫: 暁!


暁: 話を聞いてから判断する。続けてくれ、マスター。


椿: ええ。…ターゲットの話をする前に、大事なことを伝えるわね。

 あたしはクラブ「Masquerade」と喫茶店「カルネイロ」のオーナーを辞める。だから、あたしたち三人での仕事はこれが最後よ。


薫: 最後…!? 椿ママ!?


暁: どうして…


椿: あたしはふたつのお店を畳もうと思っていた。

 けれど悩める子羊は後を絶たず、駆け込み寺はどうあっても必要で、それはこれからもずっと変わらない。

 だから、暁、あなたがあたしの後を継ぎなさい。


暁: !!


薫: 椿ママ!?


椿: この世の中は悩める子羊ばかり。そんな現状に皮肉を込めてあたしが喫茶店につけた名前が「カルネイロ」。

 子羊たちは救いを求め情報を得て、決して素顔を明かさない怪盗たちに望みを託すために、クラブ「Masquerade」へ足を向ける。

 この流れは途絶えさせてはいけないのよ。


暁: 言っていることは分かる、が……なぜ俺に…?


椿: 暁のほうがより冷静に多角的に物事を判断していけると思ったからよ。薫よりも経営向きだと判断したわ。

 …それと、薫は女の子だから、この先確実に、大事な選択を迫られることになる。

 そこでお店に縛られていたら、クリアな頭で選べなくなるから。これが一番の理由よ。


薫: 大事な選択…


椿: たとえば、あくまでも例え話だけれど、二人のうちどちらかの男性を選ばなければいけなくなる…とかね。


薫: …!!


椿: 例え話よ。あまり気にしないで。

 大事なのは「薫は自由であってほしい」ということと、「暁には店を継いでほしい」ということ、この二点よ。


薫: 理解した。理解したわ、椿ママの言ってることは! けどあまりにも急すぎない?

 私たち二人のうちどっちかがお店を継ぐっていうなら、私も暁のほうがいいと思う。

 私を自由にしてくれようとするママの気持ちもありがたいと思ってる。

 でもそれ以前の話がまだだわ。どうしてママがオーナーを辞めることにしたのか、それを聞かなきゃ納得できない!


暁: 今回は俺も薫と同意見だ。…聞かせてもらおうか。


椿: そうね。ここからが、最後の大仕事の話よ。


暁: (強めに)マスター、誤魔化すな。


椿: 黙って資料に目を通しなさい。……あなたたちならそれで充分察せると思うわ。




  (薫・暁、与えられた資料に目を通し、息をのむ)




薫: ……待って。待ってよママ、これじゃ…


暁: 落ち着け、薫。けど、……あまりに、酷だろう…


椿: 十分に承知しているわ。でもあなたたちにしかお願いできない。


薫: 椿ママ……!


椿: 最後の仕事の依頼者は、あたしよ。









【喫茶店「カルネイロ」】









真一: よう、薫。こっち!


薫: 真一、ごめん、お待たせ。


真一: 大丈夫、まだ役者は揃ってねぇから。


薫: 役者?


暁: コロンビア、マンデリン、お待たせいたしました。


真一: お、サンキュ。暁、今からちょっとだけ時間取れないか?


薫: 真一?


暁: 申し訳ありませんが、仕事中ですので。


椿: ブルーマウンテン、お待たせいたしました。


暁: えっ?


椿: お客様からのご注文で、あなたの分だそうよ、相馬君。


真一: そういうこと。オーナーさん、少し暁をお借りしても?


椿: かしこまりました。相馬君、今から休憩ということで。


暁: は、はい…ありがとうございます。


椿: では、失礼いたします。ごゆっくりどうぞ。


真一: ありがとうございます。二人とも、今日は俺が奢るからな。


薫: 待って真一、ちゃんと払う。


真一: (真面目な声色で)駄目。今日は俺の言う通りにして。


薫: し…真一。


暁: ……わかった、ありがたくいただく。


真一: で、だ。今日は大事な報告がある。実は俺、…留学することになりましたー!!!


暁: わかった。とりあえず病院に行ってこい。


真一: 待てコラ! 俺なんにもおかしいこと言ってねぇのになんで病院だよ!

 ほんとに真面目にアメリカ行くことになったんだ。世話になった先輩の事務所に声かけてもらえてさ。ちょっと修行しに来ないかって。


薫: 修行って、探偵業の?


真一: ああ、もちろんそれもあるし、単純に知見や知識を広げに来いって意味もあると思う。

 ……怪盗を追うのは、多分次が最後になるだろうな。


暁: 待て、真一。今まで全力で追ってきた相手だろう?

 どうして最後になると思うんだ。留学はそんなに長い期間なのか?


真一: ……んー。


暁: はっきり答えろ。


真一: (苦笑)


暁: 真一。


真一: …薫。俺とした約束覚えてる? 怪盗を捕まえたら、ってやつ。


薫: もちろん覚えてるわ。「怪盗を片方でも捕まえたら、なんでも一つ言うことを聞く」


真一: オーケイ、完璧だ。その約束さ、いわゆる俺なりのご褒美で、やる気スイッチだったんだよ。

 でも今に至るまで捕まえられなかった。警察と連携して悪人を吊るし上げることはできたけど、どれもこれも全部怪盗に助けられての結果だ。

 このままじゃ俺、探偵失格じゃん。それがずっと歯痒くて悔しくて、先輩に相談したら、修行に来いって話になったってわけ。

 暁。さっきの質問の答えだけど、期間は無期限だ。俺が自分自身の実力に納得できるまでは戻らない。

 戻ってきたときにまだロゼッタもファントムも現役かどうかわかんねぇだろ? だから、怪盗を追うのは次が最後だって思ってんだ。


暁: ……そうか。


真一: だから、薫、今回は約束の内容、ちょっと変えさせてくれ。


薫: 変えるって…どんなふうに?




  (真一、コーヒーを一口飲み、深呼吸)




真一: 「怪盗を片方でも捕まえたら、俺と一緒にアメリカへ来てくれ」


薫: !!


真一: バレバレだと思うけどケジメだから言うぞ。俺は薫が好きだ。ほかの男と仲良く話しているのを見るたび気が気じゃなかった。

 俺は暁のこと親友だと思ってるけど、そういう意味ではライバルだと思ってた。どうだ?


暁: ……今、ここに俺も呼んだのは、それを確認するためか。


真一: 否定しないんだな。留学のことをちゃんと説明したかったのも事実だぜ。親友だと思ってるって言ったろ?


薫: 待って真一。私が二人のどちらも選ばない可能性は考えてないの? 男はあんたたち以外にも山といるのよ?


真一: でも、薫は俺たちのどちらかを選ぶ。


薫: どうして…


真一: 俺たち三人は、特別だから。


暁: (笑いながら)…相変わらずクサいことを平気で言う奴だな。


薫: (笑いながら)直球よね。ほんと、真一らしい。


真一: で、薫。答えは?


薫: 本当に捕まえられたら考えるわ。それまでは、…少し、頭を整理したい。


真一: 了解。でも悪いけど、結論は急いでくれよ? 怪盗ロゼッタの予告状は、もう出てるからな。


薫: ……ええ。


真一: じゃ、俺は先に行くから。万全の準備で迎え撃ってやらないとな! おつかれ!


薫: うん、頑張ってね。


真一: ありがとよ。(薫の片方の頬にキス)


薫: !


真一: じゃあな!




  (真一、伝票を持って立ち去る)




暁: (ため息)頬にキス…か。大胆なことで。


薫: (わざと明るく)ほ、ほんとに伝票持って行っちゃった…もう。


暁: 薫。


薫: え?


暁: (薫のもう片方の頬にキス)


薫: !!


暁: あれだけ煽られて何のリアクションもしないんじゃ、男が廃るからな。

 頬の片方ずつに別の男の唇を受けた気分は、どうだ?


薫: ……バカ!


暁: さて、マスターの言葉が現実になったな。

真一と一緒にアメリカへ行くか、俺と一緒に店を継ぐか、ふたつにひとつだ。


薫: さっきも言ったけど、私がどちらも選ばない可能性はないの? まさかあんたまで「特別だから」なんて言わないでしょ?


暁: 精神論なら、真一の答えはベストだ。それに加えて俺はもう一つ仮説を立てている。


薫: 聞かせて。


暁: 気になる相手と一緒にいると自然と体温が上がる。体温が上がると、香水の香りの立ち方が変わる。

 俺たちと一緒にいる時のお前は、ローズの香りが特に強い。

 だから、お前は俺たちのいずれか、もしくは両方を特別に意識しているのだろう、とな。


薫: な…なんかそう言われると異様に恥ずかしい……


暁: (少し笑って)……今度の仕事、来いよ。


薫: ……暁。


暁: 俺はもう決めた。必ずやり遂げてみせる。それがマスターの望みだからな。

 どのみち、予告状が出ている以上、俺たちに拒否する選択肢は無い。


薫: …わかってる。予告状はロゼッタ名義だもの、私だって逃げないわ。


暁: なら、今回は最初から協力していくぞ。ターゲットが、大物だからな。


薫: ええ、わかったわ。


暁: ……終わったら、ちゃんと、答えを聞かせろよ。


薫: ……うん。


暁: そろそろ、俺は戻らないと。


薫: わかった、またね。


暁: ああ。…では、失礼いたします。ごゆっくりどうぞ。




ロゼッタM: 「国民平和党 外務大臣 国定 正義 殿。

 今宵、貴殿が闇オークションにて売り捌かんとする世界各国の盗品を積載した客船『トレゾール・バトー』をいただきに参ります。

 ――怪盗ロゼッタ」









【客船「トレゾール・バトー」乗船ターミナル】









ファントム: 来たな。…覚悟は決めたか?


ロゼッタ: ……ええ。大丈夫。絶対に成功させる。


ファントム: あまり気負うなよ、視界が狭くなる。


ロゼッタ: うるさいわね、わかってるわ。


ファントム: ……ふふ。


ロゼッタ: 今度は何よ。


ファントム: いや、ドレス姿のお前なんて初めて見たから。真一が見たら卒倒しそうだな。


ロゼッタ: 似合わないのなんて百も承知よ。


ファントム: 逆だ。誰の目にも触れさせたくないくらい、美しい。


ロゼッタ: ! ……バカ。あんたこそ、そんならしくない言動に燕尾服だなんて、私の知ってる人とは別人みたいだわ。


ファントム: 今日くらい素直になったらどうだ。見惚(みと)れたって言ってみろ。


ロゼッタ: (照れつつ)もう。ほんとうに別人だわ。


ファントム: そう、別人だ。もう俺たちは舞台の上にいる。おそらく真一も来ているだろう。

 これから俺たちはあの船の中で、大勢の観客を一人残らず騙し切る必要があるんだ。切り替えろ。


ロゼッタ: ……了解。


ファントム: では…行こうか。


ロゼッタ: ええ。






  (ロゼッタ・ファントム、客船へ乗船する)




ファントム: あれが主催者か。なるほど、若くして外務大臣になっただけはあるな、堂々としている。

 さて、俺たちもお目通りといくぞ。




  (ロゼッタ・ファントム、主催者へ近づく)




国定: ああ、家内が招待したご友人は君たちか。


ファントム: はじめまして、奥様には大変お世話になっております。


ロゼッタ: 本日はお招きいただき、ありがとうございます。


国定: ようこそ、私の船へ。至らない点もあるかと思うが、楽しんでいってくれ。……椿、ご友人がいらしたぞ。


椿: いらっしゃい、ふたりとも。あまり緊張せず、くつろいでくださいね。


ロゼッタ: ……綺麗…


椿: ふふ、ありがとう。


ファントム: こんな豪華な船を拝見できる機会は滅多にありませんし、しばらく散策させていただきます。

 あらためて国定様。今夜は、お世話になります。


ロゼッタ: よろしくお願いいたします。


国定: まだ若いというのに礼儀正しいじゃないか、部下に欲しいくらいだ。なあ、椿?


椿: お目に適って良かったです。


国定: この船の名前「トレゾール・バトー」は、宝船という意味だ。文字通り、私の宝だ。

 隅々までこだわり抜いた設備を用意しているから、堪能していってくれ。…では、私は失礼するよ。


椿: では、後ほど。


国定: (小声で)……怪盗め、この船を狙うとは…ましてあの内容の予告状……!

 椿、わかっているとは思うがお前は私の妻だ。有事の際はお前に矢面に立ってもらうぞ。妻として夫を立てて守ってみせろ。


椿: …………ええ、あなた。






  (ロゼッタ・ファントム、船内を散策している)




ロゼッタ: もう、歩きにくいわ。まだ腕を組んでいなきゃダメなの?


ファントム: こういった格式高いパーティーとやらは、男が女をエスコートしているものだ。

 実際の関係がどうであれ腕を組んでいること自体は自然だ、諦めろ。


ロゼッタ: わかってるわ。けど…


ファントム: 俺を意識して動揺しているなら、なおのこと、そのままでいさせるぞ。


ロゼッタ: バカ。


ファントム: (笑う)


ロゼッタ: それにしても、本当に豪華な船ね。どこもかしこも黄金色、…なんて悪趣味。


ファントム: 同感だな。くつろげと言われてもこんなにギラギラした空間では無理というものだ。


椿: 《ロゼッタ、ファントム。聞こえる?》


ロゼッタ: 椿ママから通信よ…!


ファントム: ああ、マスター。良好だ。


椿: 《盗品はすべてデッキ3にあるわ。エレベーターでデッキ3に向かうには、管理者のIDカードを手に入れるしかないけれど、ゲストが行動できるデッキは監視カメラだらけよ。》


ファントム: なるほど。第1案、IDカードを奪ったうえで管理者に変装して侵入する。第2案、IDカードを偽造する。第3案、コントロールルームに侵入してエレベーターを稼働させる。

 ロゼッタ、お前ならどうする?


ロゼッタ: 一番成功率が高いのは3番目の案だと思う。けど、二手に分かれる必要があるわね。


椿: 《…事前に情報をつかめなくてごめんなさい。主人は基本的に、パーティーやイベントのことはあたしにも話さないの。

 数日前から準備できれば第2案で行ったところだったわね…》


ファントム: 問題ない。俺たちも場数を踏んできた。単独で動いても、やれる。だろう?


ロゼッタ: ええ、やれるわ。……私はママが心配よ。


椿: 《ありがとう。大丈夫。デッキプランは頭に入ってる?》


ファントム: ああ。事前情報が役に立った。


ロゼッタ: ねえママ、真一もここに来てるの?


椿: 《ええ。一般客を装って、探偵として乗船しているわ。》


ロゼッタ: 了解。


ファントム: そろそろ行ってくる。ご武運を、マスター。


椿: 《あなたたちもね。グッドラック。通信終わり》


ファントム: さて。聞くまでもないと思うが、どっちを取る?


ロゼッタ: コントロールルームへ向かう。私の能力を今活かさないでいつ活かすっていうのよ。


ファントム: 想定通りの答えだな。了解した。…行くぞ。


ロゼッタ: ええ。気を付けて。


ファントム: フッ…お前もな。




  (遠くから真一がやってくる。電話しながら歩いている)




真一: 以上だ。今までで一番難易度高いけど、段取りOK?


警官B: 《お任せください! 待機しておりますので、いつでもご命令を》


真一: タイミングが難しいんだよな。もしかしたらかなり待たせるかもしれない。


警官B: 《お気になさらず。今回はじっくり耐えてこそ光る任務ですから》


真一: (笑いながら)違いねぇな。じゃあ、後で。


警官B: 《はい、お気をつけて!》


真一: (電話を切って)……さてと。


ロゼッタ: (真一とぶつかる)あっ…!


真一: あ! すみません、怪我は?


ロゼッタ: ……ええ、平気です。ありがとう。


真一: 本当にすみません……怪我させなくて良かったです。

 (小声で)…今日はだれにも頼れないんだ、しっかりしろよ俺…!


ロゼッタ: ……だれにも、頼れない?


真一: ああ、実は今日は仕事で来てるんです。いつもと事情が違って…

 まあ、それでも今日だけは絶対に成功させなきゃいけないんで、頑張りますけどね。


ロゼッタ: そう、ですか…ご苦労様です。お仕事の成功をお祈りしております。


真一: ええ、ありがとうございます。じゃあ、良い夜を!




  (真一が去る)






  (ロゼッタ、コントロールルームへ到着)




ロゼッタ: 暗号アルゴリズム解析完了……1stセキュリティ、解除。監視カメラダウン、2ndセキュリティ…解除。

 システム任せにすることの脆弱性に気づかないまま新しいものにすぐ食いついて、巨額のお金をかけてこうして反映していくあたり、政治家先生らしいと言っていいのかしら…


ファントム: 《こちらファントム、目的のエレベーター前にて待機中、到着し次第乗り込む。ロック解除は間に合いそうか?》


ロゼッタ: 任せて。…管理者権限、コネクト…デッキ3エレベーター、開放。行けるわ。


ファントム: 《上出来だ。…エレベーターが到着した。現場に向かう》


ロゼッタ: 了解。通信終わり。




  (エレベーターのドアが開く。中には真一が立っている)




真一: どうも。…乗って。


ファントム: ……!!


真一: どうしたんだ、遠慮するなよ。向かう先は一緒だろ? ……怪盗ファントム。


ファントム: ……人違いだ。


真一: シラを切っても無駄だ。まあ、乗ってから話そうぜ、ふたりきりでさ。


ファントム: …………。


真一: さあ、ドアは閉まった。これで密室だ。

 …行先はデッキ3。このデッキに、ロゼッタの予告状に書いてあった盗品が保管されている。

 ロゼッタはエレベーターのロック解除に向かい、お前は一人でデッキ3で証拠固めをするつもりでいた。

 大体こんな感じだろ?


ファントム: 何のことだか。


真一: 国定氏の奥方、フルネームは「国定(くにさだ) 椿(つばき)

…喫茶店「カルネイロ」とクラブ「Masquerade」のオーナーなんだってな。


ファントム: !


真一: 国定氏のことを調べたら、まずは奥方の名前と、それから彼女がクラブ「Masquerade」のオーナーだってことがわかったんだ。

 椿って名前に聞き覚えがあってね。俺が仲良くしてる女の子が喫茶店「カルネイロ」のオーナーさんのことを「椿ママ」って呼んでたのを思い出して調べたら、ヒットした。


ファントム: ……。


真一: そこでさらにいろいろ記憶をたどって、辻褄合わせをやってみたんだ。

 水晶彫刻を所有していた小笠原邸に向かう前、俺はさっき話した女の子に「その日の夜に会いたい」って言ったけど、断られた。

 後からよくよく話を聞いたら、彼女は、仲良くしてる喫茶店の男性店員と一緒に、オーナーさんの知り合いの家にいたことが分かった。

 二人きりでなくまわりにたくさん人がいた、って彼女は言ったけど、それ、ターゲットの小笠原本人や俺、あと警官たちって考えるとしっくり来る。

 喫茶店「カルネイロ」とクラブ「Masquerade」のオーナーが同一人物なら、小笠原レベルのグレードが知り合いにいてもおかしくない。


ファントム: ……。


真一: それと、絵画を所有していた佐伯邸では、ロゼッタは足をくじいていたよな。

 あの日の昼間、実は俺、「カルネイロ」で例の女の子と会っててさ。ヒール履いてよろめいたのを俺が支えてやったんだ。

 その時に足をくじいたと考えると、その子がロゼッタだと仮定すれば、夜の彼女の足についても合点がいく。

 そしてその日、「カルネイロ」のオーナーさん曰く、例の男性店員は「研修のため長期で店を休んでいた」。復帰の日取りは、佐伯邸ドンパチの翌日。

 男性店員がファントムだと仮定すれば、そいつは喫茶店を休んで、研修ではなく佐伯邸に潜入していたと考えることができる。

 となると、さっきの件と合わせて、オーナーさんは怪盗たちとグルで、店員の不在について口裏を合わせていたと見れば、自然だ。


ファントム: ……。


真一: 念には念を入れて、その二人の今日明日の予定を探ってみた。

 喫茶店「カルネイロ」は今日と明日は臨時休業、だから店員は自由行動。当然だよな、オーナーである国定椿氏がここにいるんだから。

 女の子のほうもご両親に、泊りで遊びに行ってくるって伝えてる。

 ついでに言うと、俺は嗅覚に自信があってさ。女性の香水も区別できるんだ、相手がどれだけ変装しててもな。

 さっきぶつかったお前の連れから香った、香水の匂いには覚えがあった。もう何度も意識した香りだ、絶対に間違えない。

 怪盗ロゼッタは俺の惚れてる女、望月 薫。それと怪盗ファントム、お前の正体は――


ファントム: (最後の台詞に続くように)みなまで言うな。……真一。


真一: お前ならそう言うと思ってたよ、暁。

 薫がロゼッタなら、小笠原邸で単独行動してデータを奪い、今も別行動してるのだって納得だ。

 なんたって腕利きのシステムエンジニアだからな。


ファントム: (ため息)…完敗だ。で? このまま俺を捕らえるか? 薫との約束はそれでも果たされるな?


真一: いや、このまま一緒にデッキ3へ行く。盗品を保管している証拠を突き付けて国定を警察に突き出してやる。


ファントム: 予告状の内容を信じ切ってるんだな。


真一: 今までの的中率が100%だからな。だから俺はあえて、ずっとお前たちを追ってきたんだ。


ファントム: 何……?


真一: お前らの行動は法的には窃盗だけど、お宝を所有するターゲットが常に黒なら、お前らは見方を変えれば庶民のための正義だ。

 …もし警察に捕まれば、窃盗である以上逮捕は免れない。けど捕まえたのが俺なら、警察の人間じゃないから、怪盗行為を辞めさせて、お前らを警察の目から逃がせる。

 甘いかもしれないけど、これが俺なりの正義。たとえ怪盗の正体がお前らじゃなくても、俺の行動は変わらない。


ファントム: お前に協力してきた警官たちへの裏切りともとれる発言だな。


真一: あのなあ、俺を甘く見すぎ。協力してくれた奴らは俺の考えをちゃんと理解したうえで、一緒に戦ってくれてたんだ。

 それにロゼッタの予告状の内容が真実なら、あいつらだって極悪人を逮捕できるんだから、結局利害も一致してたんだよ。


ファントム: ……初めてお前を探偵として認識できた気がする。


真一: 遅ぇんだよ。……行くか、デッキ3へ。


ファントム: ああ。


ロゼッタ: 《こちらロゼッタ。エレベーターに動きがないけど、トラブル?》


ファントム: ああ。探偵に捕まった。それと俺たちの正体もバレていた。


ロゼッタ: 《はあ!?》


ファントム: 言っておくが俺だけのせいじゃないからな。船を降りたら反省会だ、覚えておけ。


真一: 貸して。(ファントムの通信機を借りて)よう、ロゼッタ。いや…薫。


ロゼッタ: 《! …し……真一…》


真一: 詳しい話は全部後だ。俺はお前の予告状と、お前たちを信用してる。これからファントムと一緒にデッキ3へ向かう。


ロゼッタ: 《…………了解。ふたりとも、くれぐれも気を付けて。通信終わり》






  (ファントム・真一、デッキ3へ到着)




真一: 着いたぜ。……これは…………あらためて、すげぇな。


ファントム: 壮観だな。デッキに部屋を設けず大フロアに仕立てた理由がわかる。一面、盗品だらけだ…


ロゼッタ: 《…っ、こちら、ロゼッタ……応答して》


ファントム: こちらファントム、…どうした…?


国定: 《やあ、怪盗ファントム君》


ファントム: ――国定!?


真一: なんだと!?


国定: 《いやなに、胸騒ぎがしたのでね。コントロールルームに足を運んでみたら、紛れ込んでいたネズミと偶然遭遇したのさ》


ファントム: ロゼッタに危害を加えてはいないだろうな…!?


国定: 《危害? 加えるわけがないだろう。こんな絶世の美女、むしろこのまま籠にでも閉じ込めて愛でたいくらいさ。

 なんならもう片方のネズミの前で遊んでやるのも悪くはないかもな》


ファントム: 外道が…!!


国定: 《コソ泥風情に言われる筋合いはない》


ファントム: 盗品を集めて売り払う貴様にこそ、暴言を吐かれる謂われはない! …ロゼッタを放せ!!


国定: 《力のない正義を振りかざすネズミが。もう少し従順な態度でも取っていればまだ良かったものを。

 この美しい怪盗は、余興としてありがたく「使わせて」いただこう。お客様にもきっと楽しんでいただけるだろうさ》


ファントム: 待て! 待て、国定!! ……くそっ!!


真一: ファントム、落ち着け!


ファントム: こんなことなら、一緒に行動するべきだった…! どうして一人で行かせた…!!


真一: 暁!!


ファントム: ッ!


真一: 落ち着け。絶対に打開できる。


ファントム: 真一…?


真一: 協力しろよ、怪盗ファントム。やられっぱなしじゃ終わらねえぞ!


ファントム: ……ああ…!




ファントムM: ――闇夜のマスカレード、奪うのは秘宝だけじゃない。あいつの心ごと、頂戴する!




椿: 《ご乗船のお客様、お待たせいたしました。

 お手持ちの乗船パスをご持参のうえ、デッキ7・レストラン「約束の地」へおいでくださいませ》









【客船「トレゾール・バトー」デッキ7・レストラン「約束の地」】









椿: 本日は、大変お忙しい中、本オークションへご参加いただきましたこと、心より御礼申し上げます。

 競売品はこの大モニターにて随時発表いたします。落札された現品は、本日のオークション終了後にお渡しする予定でございます。あらかじめご承知おきくださいませ。

 では、オークション開催にあたり、まずは主人より皆様へご挨拶をさせていただきたく存じます。




  (国定、舞台へ上がる)




国定: 本日は私の船にご乗船いただき、ありがとうございます。船旅は楽しんでいただいているでしょうか。

 本日も、私のコレクションから自慢の一品を揃えました……が、そのおかげか今夜は招かれざる客も乗船していたようでね。

 警察すらずっと手を焼いていたそのネズミを、私は捕らえた。今日の記念に、お集まりの皆様にもご覧いただきましょう……連れて来い。


使用人: かしこまりました。……さあ、来るんだ。


椿: !!




  (使用人が、ロゼッタを舞台へ連れてくる)




ロゼッタ: 嫌、離しなさい…触らないで!


使用人: 大人しくしろ。


国定: これが噂の怪盗ロゼッタです! なんて惨めな姿だ! しかし噂通りの美女であることに変わりはない。

 今夜はオークションの余興に、この美人怪盗のストリップショーでも楽しんでいただこうかと思いましてね。お好きでしょう、皆様?

 ……さあロゼッタ、脱ぐんだ。


ロゼッタ: お生憎様。私は「闇夜に咲く花」、光に咲くのは慣れていないの。


国定: はは、そういう趣向か? 宜しい。(使用人に)では、お前の手で()いてやれ。


使用人: ……(強く)お断りします。




  (フロアの照明が落ち、モニターに予告状が大写しになる)




国定: な、何が起きた!? 早く照明をつけろ!


椿: モニターに…ロゼッタの予告状…!


使用人: そう、怪盗は予告状を出していた。曰く、競売品は世界各国の盗品の寄せ集めであると。

 ラインナップはすでに警察に送り付けてある。もう言い逃れはさせない。


国定: ……そこの使用人…貴様、怪盗ファントムかッ!!


ファントム: ご名答。怪盗ファントム、以後お見知りおきを。


ロゼッタ: ファントム…!


ファントム: 待たせて悪かった。無事だな?


ロゼッタ: ええ、ありがとう…!


国定: 私の使用人に化けるとは、随分と好き勝手してくれるじゃないか…!


ファントム: 俺の通り名を知らないのか? 今宵、大人しく警察のお縄につくがいい。


国定: 何を言う、コソ泥が! 捕まるのは貴様らだろう!


真一: ところが怪盗たちは今日、何も盗んでいない。ここへも正規の手続きのもとで乗船している。


ロゼッタ: 探偵さん…!


国定: 探偵! 貴様、怪盗を捕まえるためだというから乗船を許可したのに裏切る気か!


真一: 同時に伝えましたよね、協力した相手がもし不正を働いていれば、それがはっきりした時点で手を引くと。

 俺たちの言葉を否定しない時点であなたは自白したも同然だ。――この生中継見てるよな、チームのみんな! 逮捕状の準備はできてるか!?


警官B: 《準備万端です。待ちくたびれましたよ、三枝さん!》


国定: な、生中継だとッ!?


警官B: 《私たちだけではなくいくつかの拠点で、ライブ放送中です。ターミナルに戻ってからの引き渡し準備も整ってます。

 いつでもご命令を!》


国定: お、お前たち、忘れていないか? 私は国会議員だ!


ファントム: 今は国会も閉会中だ。そしてここに警察が乗り込んでくれば現行犯。国会議員の不逮捕特権は及ばない。


国定: 貴様ら、名誉棄損で訴えるぞ! 盗品であることなど私は知らなかった!!


真一: まだシラを切るつもりか!


国定: シラなど切っていない! 椿、お前からも何か言え!!


椿: ……。


国定: 椿!!




  (フロアの照明が回復する)




真一: さあ出番ですよ奥方様。照明も回復したし、みんなの顔もよく見えるでしょう。……言ってください。


椿: …………仰る通り、今宵のオークションにおけるお品物はすべて盗品です。


国定: 椿!! 貴様、妻でありながら私を裏切る気か!!


椿: 妻だからこそ…夫がこれ以上罪を重ねていくのをわたくしは見ていられません。…あなた。


国定: ……椿…!


椿: 度重なる盗品オークションに、わたくしは今まで何も口出しをすることができませんでした。

 それは妻だからこそ夫を立て、夫を守るべきだろうと思ってきたからです。

 しかしそれは間違いでした、妻だからこそ夫の悪行を諫め、正しき道を共に歩むべきでした。

 夫の罪を公表するにあたり、ただ単純に公表するだけでは夫の持つ権力でもみ消される恐れがありました。

 ですからわたくしは、世間を騒がせる怪盗に依頼したのです、盗品を盗み出すようにと。

 怪盗に依頼すればそれを追う探偵や警察が動き、夫の人脈を介さず世間に正しい情報を流すことができるだろうと…!

 わたくしは、夫の罪を知りながら今に至るまで口出しせずオークションの運営も手助けしてきた罪に問われるでしょう。

 それでもわたくしは罪の公表を選びました。それはひとえに、……正義さん、あなたを愛しているから……!


国定: 戯言を! 椿、その口を閉じろ!!


ロゼッタ: 拳銃!? 危ない、奥様っ!!


真一: 伏せろッ!!




  (国定、隠し持っていた銃を椿に向ける)

  (国定が発砲する直前に真一がナイフを国定の足元に投げつける)




国定: くっ! 足元に…!


椿: 探偵さん! あなたが、ナイフ投げですって!?


ロゼッタ: 奥様、こっちへ!


国定: 探偵、貴様ァ…!!


ロゼッタ: あんた達、変装し合ってたのね…!


真一: そういうこと。俺は使用人に、そして怪盗ファントムに変装してロゼッタのそばにいた。


ファントム: そして俺は探偵に変装して、ステージ脇から国定を煽っていた。


真一: これで俺も怪盗デビューってか? 新鮮な体験だったぜ。さすがは「夢幻の仮面」、面目躍如だな。


ファントム: まあ、まだまだだが筋は悪くない。組むなら鍛えてやってもいいぞ。


真一: ご冗談。俺は探偵だぜ? さあ、会場のお客様をあまり放置しちゃかわいそうだし、そろそろ視点を戻すか。


国定: ああ、では手始めに可憐な花に散ってもらうとしよう!


真一: あの野郎、また撃つ気かっ!


ファントム: ロゼッタ! 危ない!!




  (国定、ロゼッタに向けて発砲。ファントムが前に出て銃弾を腹に受ける)




警官B: 《銃声だと!?》


ロゼッタ: きゃああああ!! ファントム!!


ファントム: う、ぐっ…!


警官B: 《何があったんですか! 応答願います!》


真一: ファントム!! てめえ、国定ァ!!!


国定: 仲間を庇うとは美しいじゃないか。まあ私としてはどちらを撃っても良かったのだがね。

 しかし残念だ、心臓を外してしまった。


椿: あなた! この期に及んでまだ罪を重ねるおつもりですか!


国定: 黙れ、椿。私を裏切ったお前など、もはやそこの賊と同類だ。やかましい探偵小僧も含めてな。

 こうなってしまっては、どのみち私にもう後は無い。このフロアの乗客全員が人質だ。


ロゼッタ: ファントム! ああ、出血がひどい…!!


ファントム: 大丈夫だ…、この程度……くっ…


真一: くそ、この状況じゃ突入指示も出せない…! 頼むファントム、耐えてくれよ!


警官B: 《三枝さん!!》


真一: 待機だ!! こっちは緊急事態だ!


ファントム: ハ…、あの男は、…いつ暴走してもおかしくない…いざとなったら、真一、…ロゼッタを…


ロゼッタ: 嫌よ! ここまで来て! お宝と一緒にあんたの亡骸を運び出させる気なの!?


ファントム: ……ふふ、どこかで聞いたセリフだな…。だが、ここで三人共倒れする気か…?


真一: 冗談じゃねえよ。共倒れなんて御免だ。だから全員無事に帰る。だいいち結論がまだ出てねぇだろうが。忘れたか?


ファントム: …結論…?


真一: 俺は、怪盗を捕まえたぞ。なあ、ロゼッタ。


ロゼッタ: !

 ……そうよ。だから全員無事じゃなきゃ意味がないの。私に、約束を果たさせて。


ファントム: ああ……、それを言われたら俺だって…逃げるわけには、いかないな…


国定: 何をごちゃごちゃと。別に私はこの船の人間を皆殺しにしたって構いはしないんだ、別れの時間をくれてやっているだけ感謝したまえ。


椿: まだそんなことを仰るのですか! 人質ならわたくしが、


国定: 誰が人質でも変わりはしない。


椿: ……あなた、まさか、最後には自害なさるおつもり…!?


国定: だったら何だ、後が無いならどう果てようが私の勝手だろう。


真一: ふざけんな! 生きて罪を償え!!


ロゼッタ: 待って。


真一: ロゼッタ!?




  (ロゼッタ、ゆっくり立ち上がり、国定に向き直る。喋りながら近づいていく)




ロゼッタ: ねえ、私は美しい?


国定: この局面で私に近づいてくるのか。何のつもりだ。


ロゼッタ: どうせ最後だというのなら、もう一度聞かせてくださらない? 絶世の美女だと仰ってくださったのは嘘だったの?


国定: …まさか。あれは本音さ。お前はとても美しい。


ロゼッタ: あんな状況だったけれど、あの言葉は嬉しかったわ。籠に閉じ込めて愛でたい、だなんて。


国定: あれも本音だよ。従順にしているなら、この宴が終わったら飼ってやるつもりでいた。


ロゼッタ: あの時みたいに、耳元で囁いてほしいの。もう一度、貴方の声で。


国定: 皆の見ている前でか? なかなかの好き者だな。


ロゼッタ: だって、最後なのでしょう? 光に咲くのは慣れていないけど、最後に貴方の手でなら良いかもって…思ったのよ。


国定: ……良いだろう。お客様方とお前の仲間に見せつけてやるとしようか。




  (ロゼッタ、国定の首に腕を回し、耳元に唇を寄せる)




ロゼッタ: ねえ、抱きしめて…


国定: (息をのんで)……ああ…


ロゼッタ: もっと強く――




  (ロゼッタ、国定の顔めがけて「眠りのアロマ」を吹き付ける)




国定: っ!! な、…んだ、……これは……




  (国定、倒れこむ。ロゼッタは国定が眠ったのを確認して、仲間に向き直る)




ファントム: 眠りのアロマ…あの至近距離なら、避けようもない…!


真一: さすがは…「闇夜に咲く花」怪盗ロゼッタ…!


ロゼッタ: 花は花らしく、咲いて相手を魅了する。美貌と愛嬌、そして色香のすべてでね。

 ただし艶姿を見られるのは、やっぱり闇夜の中だけよ。


ファントム: …見事、だな。以前の演技とは…見違える、ようだ。


ロゼッタ: ありがとう、ファントム。


椿: ……ロゼッタ、ありがとう。この人を傷つけずに大人しくさせてくれて。


ロゼッタ: いいえ…奥様の前で大変に無礼な行為だったと思います。


椿: いいのよ。いいの。これでやっと、…………終われるわ。


警官B: 《三枝さん! 応答してください、状況を…!》


真一: ああ、待たせて悪かった、一件落着だ。国定の身柄は確保してある。それとは別に怪我人一名発生、そいつの搬送を最優先で。

 ……絶対に死なすなよ!









【暁の病室】









  (ノックの音)




薫: 暁、入っていい? 真一も一緒よ。


暁: ああ。




  (薫・真一、暁の病室へ入る)




真一: よう、暁。調子は?


暁: 良好だ。銃弾も無事に取れたし、あとは回復とリハビリだな。


真一: 薫がさ、ずっと心配しててさ。早く会いに行きたいってうるせーのよ(笑)


薫: 仕方ないでしょ! 私を庇って怪我したわけだし…あの後すぐに緊急搬送されちゃってまともに話もできなかったんだから。


真一: それも仕方ないだろ? あの事件唯一の負傷者なんだから。


薫: それは、そうだけど。


暁: 薫。マスターはどうなった?


薫: ……あの後そのまま、行っちゃったわ。


暁: だよな。国定の妻だからな…窃盗罪と詐欺罪の幇助に問われるのは間違いないだろう。


真一: でも主犯じゃないから、国定本人よりははるかに早く出てこられるはずだぜ。また会えるさ。


薫: …うん、そうね。


真一: でもあらためて驚いたぜ、国定夫人がお前らのボスだったとはな。


暁: マスターが国定の妻だというのは、俺たちも依頼を受けて初めて知った。


薫: うん。だから正直、依頼を受けるのを躊躇ったわ。椿ママを警察に売るようなものだもの。

 …けど、それがママの望みだったから。


真一: あらためて、…二人ともすげぇと思うぜ。お疲れ様。


暁: ところで薫。俺たちの正体がバレた経緯は真一から聞いたか?


薫: う、…………聞いた。


暁: 俺にも甘さがあったことは認める。認めるが、


薫: 言わないで。…私が悪い。


暁: だな。大いに反省しろ。


薫: ……はい。


真一: まあまあ、それこそ過ぎたことだ。ていうか俺の推理力の勝利だろ!


薫: それを認めたくないから反省するのよ! そんな探偵らしい理由で見抜かれるなんて!


真一: おい待て。俺は探偵だ、推理で見抜いて何が悪い!


暁: 二人とも。病院では静かに。


真一: この強情っ張り。……まあ、薫らしくて好きだけどな。


暁: (小さく笑う)


薫: ……!


真一: さて。約束通り怪盗は捕まえた…答えは決まってるか、薫。


暁: 真一と一緒にアメリカへ行くか、俺と一緒に店を継ぐか。


薫: ええ…決めたわ。私は――――






真一M: 豪華客船の事件から少し後、俺は予定通りアメリカへ渡った。

 お世話になってる先輩の事務所はマジで粒ぞろいって感じのハイレベル集団で、俺はなんとか食らいつこうとして毎日必死に過ごしてる。

 改めて、探偵ってのは頭だけじゃなくて体力も必要だなってほんと痛感。それでも俺は新入りにしてはレベル高いって褒めてもらえたんだぜ?

 多分、日本にいる間、幾度となくあの二人を追っかけてたからだろうな。…懐かしいぜ。


暁M: 傷の完治には日数を要したが、日常生活に支障無い程度まで回復したあたりで、俺は正式に喫茶店「カルネイロ」のオーナーになった。

 名義は事前に変更済みではあったが…あらためて、ただの従業員では見えなかった経営者の苦労が分かった気がする。

 今の俺ではとても、クラブ「Masquerade」まで回すことはできないのでそちらはまだ閉店中だが……

 …怪盗の復活を望む声も、少なからず聞こえてくる。三人で夜の街を駆け回った記憶はこの先も忘れることはないだろう。


薫M: 椿ママは数年後には戻ってこられそうだということで、その一報を聞いたら安心して力が抜けてしまった。

 怪盗をやめてから運動量が激減してるのは間違いないから、とりあえず積極的に運動だけはしていこうと思って、仕事の合間を見て定期的にスポーツジムに行くようにしてる。ママが帰ってきたら三人で出迎えて、そのままパーティーするって決めてるんだから。

 その時にボディラインが崩れてたら絶対ママに怒られるもの。これからは闇夜ではなくて、日向に咲く花になるのよ。




  (※ 薫の次の台詞は、A・Bのいずれか片方をご使用ください)




薫M: 今の私は、

A)腕利きと名高い探偵、真一の相棒なんだから。

B)古き良き喫茶店の若店主、暁のパートナーなんだから。


ご使用いただきありがとうございました!


【連絡先】※@は半角にしてください。

Twitter: @k_brave0935

MAIL: tsubasa2138@yahoo.co.jp

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ