誘拐、やっぱりただの夜遊び その1
「止まって」
「はい? どうしたんですか?」
仁王さんに停止を呼びかける。
自分の声がちょっと緊張しているのが分かる。
これはやばい。下手したら仁王さんを守り切れないかもしれない。
「こんばんは」
「こんばんは。いい夜ね」
こちらから先んじて声をかける。
現れたのは闇色の少女。同い年ぐらいかな。背丈も仁王さんと同じく平均よりすこし小柄。左側に黒いブレスレットをしていて、その腕輪を通して魔法を複数使用している。この魔法の効果で注視してても油断すると見失いそうになる。警戒してなかったら絶対気付かなかった。先程の襲撃者だった仁王さんの指南役の人とは格が違う。というかこの魔法、何だ? 昔似たようなの見たことある気がする。
仁王の分家の隠し天才児か? いや、このレベルの人材を隠す意味がない。そもそも俺の知る限り仁王家現当主、仁王さんのお父さんはこれほど早く行動を起こすような人物ではない。先ほどことを構えることになったのは十中八九あの人達の暴走。残る一か二は仁王豊の指示。
仁王の線はない。だとしたら誰だ。この時点で俺に、もしくは仁王豊に接触する必要があるのは誰だ?
「一応聞くけど仁王の手の者じゃないよね」
「仁王家とことを構えるつもりはないからそちらのお嬢さんはお引き取り願えるかしら」
となると目的は俺だ。
でも、俺はこの娘を知らない。誰だ。
仁王さん、昔の女とかではないからそんな目で見ないで。
正直今そういう冗談言ってる場合じゃないから。
「何の用? これから送り狼で忙しいから出来れば手短に済ませてくれるとありがたいんだけど」
「ごめんなさい。二人の恋路を邪魔するつもりはないのだけれど私達には時間がないの。とある人物に私達の研究の協力をして貰おうと思ってね。見城三月、貴方には音斑佑に対する人質となって貰う」
「このタイミングでかぁ。よりによって初日にこれかぁ」
ようやく心当たりに思い至った。
仁王さんには非常に悪いんだけど、優先度としては仁王豊より上だ。
俺の親友、音斑佑。つい二ヶ月前まで、その名は悪名だった。
『魔法の使えない魔法使い』
ここ鳳翼学院は魔法を学ぶためにある学院だ。もちろん魔法を使われた時の対処や理論のみの研究室など、本人が魔法を使う必要のないものはいくつか存在する。でも、魔法が使えない人が何故ここにいるんだ、という空気は常にあった。音斑風花の兄、というちょっと目立ってしまう立場にあったことも災いした。
しかし二ヶ月前からその名は英雄の名前になった。
地龍騒動の中心人物。突如現れた地龍をたった二発の魔法で、対外的にはたった一発の魔法で撃退してしまった英雄の名前だ。
本来龍種を相手に人はなす術はない。そりゃあ理事長含め何人かの例外はいるけど、その理事長が到着するまで人類には恐怖に悲鳴を上げてその暴虐に絶望することしか許されない。
事実、その地龍の魔力は日本全土を震撼させ、町一つが滅ぶのを黙って見届けるしかないという選択を余儀なくさせた。鳳翼学院理事長、小鳥遊祭との闘いが起こり、関西圏一帯が余波で復興が必要になるかと思われていた。
その未来を変えた人物が音斑佑だ。佑の活躍で被害はなんとゼロ。特に被害が出ることなく討たれた地龍は、今後数十年、もしくは百年以上現れることはないだろう。
佑の研究と聞いて思い当たる候補は一つしかない。まだ名前しか世に出てなかったから気付かなかった。
そうか、この娘がそうか。よく見ると確かにお姉さんに似ている。この娘達の名前が世間に出始めた直後から目をつけていた。なんとしても味方につけたい。
「嫌だと言っても力づくで……」
「いいよ」
「そう。なかなか利口ね」
「先輩!?」
「いや、俺この人に勝てないし」
「……え!? ……あぁ、勝てそうにないですね」
ジト目の見本みたいな目でこちらを見ている。可愛い。仁王さんが今何を考えているか伝わってくる。
でも待ってほしい。この娘絶対仁王さんより強い。もし本気で不意打ちされていたなら、または俺が警戒モードでなかったら多分なす術なく負けていた可能性が高い。
「えっと、じゃあ伝言頼むよ。理事長に子供の喧嘩に割って入るような大人気ないことするな、って言っておいて」
「どういうつもり?」
顔をしかめたのは襲撃者の女の子。
やっぱりこの娘たちも小鳥遊祭を無視することはできないようだ。
「どうもこうもないよ。俺は今回、小鳥遊祭に介入して欲しくない。君達の目的も音斑佑を傷つけることじゃないだろ」
「あなた、この学院の理事長に伝手でもあるの」
「仁王家と理事長の関係は有名でしょ。仁王さんなら確実に伝えてくれるし、三日間くらいなら介入防げるよね」
「たぶんできますけど、本当にいいんですか?」
仁王さんは言葉を濁したことを悟って俺と理事長の関係を隠すための芝居をしてくれる。効果があるかは微妙なところだけど。
仁王さんに頷いて少女に向き直る。
「だとしても、そんなことをしてあなたに利点があるのかしら」
「ある。実は君たちを探していたんだよ。ちょっとこっちからもお願いがあってさ」
「はぁ、調子狂うわね。まぁいいわ。最大の懸念事項は解決されるみたいだし」
言葉だけで納得してくれた。
やっぱり彼女の妹だ。間違いない。
「待ってください先輩、女の子に頼まれてホイホイ着いて行くような人はダメ男っていうんですよ」
「はは、その通りかもね。そんなダメ男師匠から君に試練だ」
俺はポケットから一つビー玉くらいの大きさの魔道具を取り出す。
後ろで闇色の少女に緊張が走るのが分かる。俺相手に一切油断する気は無いらしい。たかだか魔力量七千のやつにそんな警戒しなくてもいいじゃないか。
脱走くらいできると思っていたが無理かな。
「これは音斑佑の物語だ。この物語、傍観者でいるのはもったいない。どんな形でもいい、この騒動に関われ。手始めに彼女の強さを体感してみよう」
断言する。
これは音斑佑の物語だ。そして音斑佑の物語はハッピーエンドが約束されている。
「それは今ここで彼女に挑め、って言ってるんですか?」
「そうそう。流石に後遺症残る系の怪我はやめてほしいけど」
振り返りながら言う。ちゃんと手加減するように圧をかける。
溜息が聞こえてきたのはきっと気の所為じゃない。
そちらの要求はすべて飲む。目的を達成しやすいように手伝いもする。
だから、こちらの要求も通させてもらう。
「初見では絶対に勝てない。だから、彼女の力がなんなのか、次会う時までの宿題ね」
手にした魔道具を仁王豊に放る。
仁王豊は俺の放った魔道具を受け取ったのを合図に闇色の少女に挑み、予定調和のように返り討ちにあった。
そうして俺は誘拐されることになった。