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発端、もしくは押しかけ師匠 その4

後方支援の風使いは俺の雪華(せっか)で作ったゴーレムの対処で精一杯。

土使いのタンクは氷檻(こおり)で隔離した。

炎使いの純魔は悪霧(あくむ)を破れない。

もう一人の純魔はマナ対消滅と呼ばれている現象でゴーレムを数十体壊したからしばらくは魔力切れで動けない。


残るは目の前にいる炎を扱う魔法剣士の女性のみ。

彼女と剣を交えているがそろそろ終わりそうだ。


技術にそこまで差はないと思う。少しだけ俺の方が下かな。

反応は俺の方が早い。武器の質はあちらに分がある。

ここまでの戦いで俺に対して魔法が決定打にならないことは分かっている。

俺の方は魔法をほとんど使っていない。そのリソースで他の面子の対処をしていた。

ここまでなら総合力は同程度。むしろ俺の方が少し不利のはず。

だから、今俺が圧倒的に優位に立てているのはもっと単純なこと。


「なんなんだ、その力は!?」


膂力。より正確に言えば一太刀の重さ。やっぱり力で圧倒するのは気分がいい。


「単なる身体強化だよ。練習すれば誰だってできる」


身体強化は魔力を使わなくてもできる魔法だ。正確には自身の内側で完結するため理論上消費魔力をゼロにできると言われている魔法。俺の身体強化は流石にゼロというわけではないが、自然回復量の方が大きいためほぼ最高効率で発動し続けられる。俺より効果の高い身体強化使いは何人かいるけど、俺より効率よく運用できる人は聞いたこともない。

相手の身体強化も悪くはないけど、そんな最高峰の人達と渡り合える俺とではレベルが違う。


音斑風花は純魔であるが故に近接戦闘は苦手としている。

あの子の距離を置く技術も相当だが、離れれば勝ち筋はなくなる。なのでこの技術は仁王豊に磨いてもらうことも必須事項だ。


俺の蹴りが相手の防御ごと吹き飛ばす。壁にぶつかってようやく止まる。

勝負あった。


「この……化け物め」


だから、この駄目押しは本来必要無かった。

俺の手から離れた剣が相手の顔の真横に突き刺さる。壁に刺さらなければ確実に肩から先を切り落すような感じで回転をかけた。


多分相当な恐怖を感じさせたと思う。

少しだけ申し訳なく思う。ここで追撃する意味はなく、単なる俺の八つ当たりに近い何かだ。


「はい、これで……」




ふと、頭上に気配を感じた。

それからの数秒はスローモーションで周りが見えてたんだけど、もうどうすることもできなかった。




仁王豊が降ってくるのが見えた。


戦闘開始前に言われた彼女達という言葉が頭をよぎる。


少しだけ地面に魔力を通して状態を探る。


彼女の策を分かった上で乗るしかない状況。


詰みに追い込まれた。



おそらく魔法は使わずにどこかのビルに上ったのだろう。この辺仁王関係のビル多いの忘れていた。

殺気を全く感じない彼女を受け止め、いなしながら地面を転がる。案の定魔法が発動した気配はない。俺が受け止めなければ怪我をしたのは彼女の方だ。


「捕まえました。私の勝ちですね」


「よく出逢って間もない相手にこんなことできるね」


「後輩には優しいと伺ったので」


俺はこの時初めてこの娘の笑顔を視た。

周囲から期待され、落胆され、そんな状況を利用され、それでもなお前を向ける心の強さに感動する。

嘘。単にこの娘の笑顔が可愛すぎて頭をやられただけだ。

今更ながらこの娘を利用していることに罪悪感を感じる。そしてつい数時間前に交わした条件を思い出す。



--私が先輩から一本でも取れるようになったら、私自身の事、もっとよく見てください。



たぶん一ヶ月か二ヶ月は先だと思っていた。こんなに早く達成されるとは思ってもみなかった。


「先輩、もちろん約束は守ってもらえますよね」


「あぁ。もう俺は仁王豊を音斑風花越しには見ない。少なくとも最大限そう努力する」


「やっぱり優しいですね」


「そうだよ。だから安心して俺に騙されてくれ」


「いいですよ。私はあなたに騙されることにしました」


「なりません、お嬢様」


さっきのリーダー格の人が立ち上がる。話が一息つくまで待ってくれていたみたいだが、とうとう口を出してきた。


「その男は危険です。どんな手を使っているかは分かりませんが、お嬢様はもっと聡い方のはずです。一時の感情に流されるような方ではありません。自分の行動・感情を思い返してみてください。必ず違和感があるはずです。このままでは、本当に仁王家を乗っ取られてしまうかもしれませんよ!」


「私も意外だとは思ってますよ。私はダメ男にひっかかるタイプの人間だったんですね」


「お嬢様!」


「それに貴方だって分かっているでしょう。このままではこの人は仁王に届かない。私が落ちこぼれでいる限りね。この人の強さは示したよ。貴方達が得意分野で正面から力負けする。この人の目的、少なくとも第一段階は私に音斑風花を倒させることよ」


「それは……」


「不可能? この人はそう言わなかったよ」


決着がついたみたい。仁王豊はようやく俺の上から立ち上がり、俺に手を差し出す。素直にその手を取って俺も仁王豊の隣に立つ。


「仁王さん、話は終わった?」


「まだです」


答えたのは先ほどのリーダーさん。仁王さんの方は何やら複雑な顔で考え込んでいる。


「貴方の目的はなんですか?」


「えーっと、そう、世界征服だよ。世界中の女子高生の制服を可愛いのに変えること」


「ふざけないでください」


「そっちこそ、その程度の強さで戦闘指南役とかふざけてるの?」


「くっ……」


「自覚はあるんだね。貴方達は仁王豊より弱い」


仁王さんは事実として、強い。

世間の評判は低いけど、俺に言わせれば経験が足りないけど、それでもそこらの魔剣士と一対一で戦うなら負けはしない。魔力量三十万は伊達じゃない

一つ一つの技術としてはこの人達の方が上だけど総合力はそこまで高くない。五対一で戦うなら仁王さんには勝ち目はなさそうだけど一対一なら仁王さんの方が確実に強い。両方と戦って確信した。


「先輩その辺で。私はこの人達好きなんです。先輩の強さは多分切り捨てる強さとは別物ですよね。わざわざ無意味にこの人達を傷つけないで」


「……。ごめん。ちょっと熱くなった」


仁王さんの一喝で押し黙る。

亭主関白貫くつもりだったけど尻に敷かれるのもありかもしれない。


仁王さんは俺に一喝した後リーダーさんに向き直る。その横顔は、決意を感じさせるものだった。


「ねぇ。私は音斑風花さんに勝ちたい。そのためには手段を選んでられないのは私も貴方も分かっているよね。そもそもできると本気で勝てると信じてすらいなかった。でも、たとえ選べたとしても私は見城先輩を選ぶよ」


「どうして……でしょうか」


「先輩は今、私を二回救ってくれたよ」


「……」


「一回目は先輩からマウントをとった時。あれ、先輩が受け止めてくれなかったら私は地面に激突して怪我してた」


「『土』使いのお嬢様が、ですか?」


「うん。先輩は私が魔法を発動させる気がないことに気付いたから、私に負けると分かっていても受け止めるしかなかった」


「……もう一つの方は何でしょうか?」


「さっき先輩のことを化け物って呼んだでしょ。先輩が挑発的な態度だったのはそのせいだよ。さっきはああ言って止めたけど、全然無意味なんかじゃなくて、先輩には越えちゃいけない一線だった。だって、自分より圧倒的な強者を化け物と呼ぶなら貴方にとって私も化け物になってしまう。それは、寂しいよ」


「……」


「もちろんただの勘違いかもしれない。それでも私は先輩に利用されることにしたよ」


「分かり……ました」



無事決着はついた。襲撃者達には帰ってもらってしばらく二人で夜道を歩く。

さっきの言葉を聞いてちょっと照れている顔を覚ますのにこの夜風はちょうどいい。


仁王さんがすこし得意げな顔で近づいてくる。ちょっと感情を表に出すようになってきた。


「もう少し照れるとかそういう反応はないんですか? それとも、さっき私が言ったことは見当外れな私に都合のいい解釈でしかないのでしょうか?」


「一定以上練度の高い『水』使いは血流操作くらい当たり前にできる。覚えておいて損はないよ」


「先輩って意外と分かりやすい性格してますよね」



二ヶ月前を思い出す。

あの地龍騒ぎの時も暗躍しようとしたら一瞬でバレた。バレなかったのは疑うことを知らないバカ一人だけだった。

もうちょっと上手くやりたかった。自分の都合のみで動き過ぎて、それは今でも、これからも続けていくけど、それでも周りの人の都合も考えれるようになりたかった。

今、俺はそれができているだろうか。


「でも私はあの解釈、都合よくねじ曲げました。化け物と呼ばせたくないのは音斑風花さんですよね」


「あぁ、現状音斑風花が自身を化け物と思ってないのは俺の方が強いと思わせているからだ」


「その役目、私が代わります。音斑風花を天才からただの優等生に引き落としてやります!」


「ありがとう」


俺は約束したから、もうこの娘に音斑風花を倒す理由を強要できない。そんな目で見てはいけない。抜け道があるとしたら、この娘が自発的に俺と同じことを思ってくれることくらいだ。その意を汲んでくれた仁王さんに感謝の言葉を述べる。好意に甘える。


「実は私、音斑風花さんを化け物と思っていました。いえ、口にしたこともあります。彼女が化け物と呼ばれるたび、彼女が化け物に近づいていくとも知らずに。そうなっていないのは、先輩のおかげ、という訳ですね?」


「俺より風花ちゃんの兄の影響が強いかもね。あいつは風花ちゃんをちょっと魔法が得意くらいにしか思ってない」


「お兄さんも大概ですよね。今となっては」


「あいつは無能力者時代から風花ちゃんを可愛い妹としか思ってなかったよ。ただ、自分が魔法使えないことを引け目には感じていたみたいだった」


「でも先輩の影響も強いはずですよ。風花さんを倒したんですよね」


「倒したっていうか、まぁ倒したよ」


「先輩?」


仁王さんが目を見つめてくる。可愛い。頰や耳に集まろうとする血を魔法で無理矢理抑える。


「よくよく考えてみたら先輩は女の子相手に本気で倒しに行く性格してません。私の時もそうでした。先程も結局誰一人怪我させずに戦闘を終わらせていました。考えられるのは手加減して負けるか卑怯に勝ったと言い張るかです。言い淀むなら確実に勝ったと言える状況ではないということですよね。一体何をしたんですか?」


「女好きみたいにいうのやめない? 俺はただ風花ちゃんとの戦闘中に頭撫でて伸び代教えてあげただけだよ」


「婉曲に言って伝わらないようですね。世間ではそれセクハラに分類される行為です」


「そこから風を防げずに吹っ飛ばされた。あの風の発動速度早すぎて笑ったわ」


「ちょっと検証してみましょう。私の頭を撫でてみてください」


「……」


「……」


えっ。


「待って。早くない? もう俺のこと好きなの? チョロ過ぎない?」


「世間知らずのお嬢様誑かしておいてチョロいって酷くないですか?」


「世間知らずのお嬢様って自覚あるならもうちょっとこう……。ほら、さっきの人も言ってたじゃん」


「私としては貴方を好きになるのが一番幸せになる方法だと思っていますよ。少なくとも、もう昨日まで悲観していた未来はなさそうです。それだけのものを、すでに貴方は私にくれたんですよ。ちょっと浮気の心配が残っていますが、音斑風花さん相手に手加減できるような人なら父も結婚相手として認めてくれるでしょう。反応を見る限り、先輩もまんざらでもないですよね」


「男って手を繋いだだけで惚れるような生態してるんだから至近距離で見つめ合うとかやっちゃ駄目な行為だと思います」


「女子も似たようなものですよ。自分が持っていないものを持っている年上に憧れるのを恋と呼ぶんです」


聞きたくない。女の子には幻想を抱いていたい。

でもこの娘の闇とかもっと聞きたくない。いや、ちょっと聞いてみたいけど引き返せなくなりそうだしやっぱり聞きたくない。



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