発端、もしくは押しかけ師匠 その2
ゴーレムが四体。このゴーレムは俺より少し大きいくらい。連携はまぁまぁ。
様子見には少し過剰な戦力。これに仁王さんからの石礫の支援もある。
ただ、こんなものは双剣で全てはじける。このくらいなら魔法を使わなくても対処できる。
「なかなか上手。学生レベルならって但し書きがいるけど」
「余裕ですね。確かにこれなら」
言い切る前に後から大きな左腕だけ召喚される。拳だけで先ほどまでのゴーレム二体分くらいの大きさがある。
その巨大な質量を動かすだけでかなりのエネルギーが必要そうだ。
その左腕が振り下ろされるのを双剣で受け止める。
あれ? 思ったよりだいぶあっさり受け止め切れちゃった。
なら、周りのゴーレム壊す必要なかったな。
四方を確認すると氷にコアを穿たれ動かなくなった土人形たち。上手くコアの場所をばらけさせていたみたいだけど隠蔽が甘い。これじゃあある程度練度を持った魔法使いには通用しない。
足元に新たに創造されかかった何かを生成前に踏みつぶす。たぶん杭? これやるなら俺の靴より頑丈に作らないといけない。
今度は左腕ゴーレムの圧力が薄れた。魔法を解除したみたい。
「なるほど」
突然、ってほど素早くもないけど俺の周囲一帯ごと地面が大きくへこんだ。俺から言わせればために時間がかかり過ぎだけど、ここからどんな魔法がくるのか確認するためにしばらく待ってみる。
足場を失った俺の頭上には一度魔法を解除したとはいえあの大質量がなくなったわけじゃない、左腕ゴーレムの残骸がある。それをさらに巨大に再生成した土塊が重力と彼女自身の魔法による推進力を持ってこっちに向かってきた。おまけにこの竪穴自体も範囲が狭まってきてる。この状況から生き埋めにならず生還できる一年生は音斑風花しかいない。上級生でも相当に限られてくる。
いいね。魔力量にものを言わせた力押し。正直羨ましい。
俺は手に持っていた双剣を鞘にしまい、魔法に集中する。イメージするのは大地を侵食する水。俺の魔法属性は『水』だ。実は『水』属性を持つ魔法使いに戦闘職はほとんどいない。仁王さんの『地』も音斑風花の『風』も、実のところ単騎での戦闘には向いていない。
いや、まだ『地』や『水』は戦えるけど、『風』使いは音斑風花を除いてほぼ全員が支援特化だ。残る少数も剣や槍での戦いがメインで、音斑風花は現在唯一の風属性の戦闘系魔法使いだ。単騎の白兵戦のほとんどは『火』属性。
理由は単純で、一番攻撃のイメージをつけやすいから。
魔法は自分の知識・思考に大きく影響される。だから、燃えるという現象が攻撃にすぐにつながる『火』属性が、液体・気体・個体を駆使して戦う『水』属性よりも、ゴーレムや杭を創造して戦う『地』属性よりも単体戦闘に優れている。歴史がそれを証明してきた。
『風』属性は攻撃しても魔力でバレるから自然現象ほど不可視ではないしそもそも攻撃になるほど風の密度を高められる魔法使いがいなかった。
それでも音斑風花が今優勝候補の筆頭にいるのは、最近彼女に注目が集まる出来事があったのが第一の理由だけど、彼女自身が百万越えという圧倒的な魔力量を保有しているからだ。魔力量の指標としては一般人が一万いかないくらい――俺も七千だからここ――で、十万を超える・超えないが一つの壁となっている。
仁王豊の魔力量は大体三十万。単純に一般的な天才の三倍くらいの才能をもっている。一般的な天才ってなんだよ。
その事実に胡坐をかいてたわけではないのは分かる。正直練度という面では仁王豊の方が音斑風花より上だ。だってこんなに丁寧に魔法を紡げるのだ。何度も練習して、繰り返して、ようやくものにしたんだろう。だけど、この魔法は少し丁寧すぎる。
≪清寂≫
指先に親指ほどの水球を生成して、巨大な土の塊を侵食させる。泥となったそれは『土』と『水』の両方の性質を持つようになる。魔法のせめぎ合いは俺の圧勝。水って便利だよね。あの質量が降ってきた衝撃も俺までは伝わらない。そう制御した。そして岩盤ともいうべき巨大な土塊を、俺は自分を覆う薄い膜程度の水量を持って潜り抜けた。
振り返ると岩盤の下から上へと昇ってきた道がぽっかり空いている。仁王さんは泥に覆われているその道を見て目を丸くしている。魔法を丁寧に編めばその魔法は乗っ取られやすい。もう少し雑に、あるいは自分だけの魔法を使わないといけない。効果が分かり切っている魔法なんていくらでも対処できる。
潜り抜けた俺には泥一つついていない。俺は人より総魔力量が圧倒的に少ない。だから、魔法の制御で負けていたら話にならない。
仁王さんにゆっくりと歩いて近づき、鞘に納めた双剣をもう一度構えなおした。
「まだ続ける?」
「当たり前です」
そこからも仁王さんはあの手この手で攻めてきたけど、結局俺に一度も有効打を中てることなく魔力切れを起こした。最後まで戦意を失わなかったのは本当にすごい。やっぱりこっちの魔力が尽きる寸前まで戦う羽目になった。三十万の魔力削るのってやっぱりすごく大変。俺の場合全力出したら五分で力尽きるのに三十分以上戦ってピンピンしてるんだもん。危うく余裕の表情が保てなくなりそうだった。
仁王さんにポーションを渡すとすぐに飲み干した。渡したのは魔力の回復を早めてくれるものなので即効性は薄い。先輩の威厳として俺はちょっと無理して自然回復のみで頑張る。魔力が常にカツカツ。それは俺が去年本戦を勝ち抜けなかった敗因でもある。
「先輩本当に魔力七千しかないんですか? ここまでボコボコにされるとは思ってもみなかったんですけど」
「後輩にでかい顔させないくらいの実力はつけてる。それに魔力操作だけなら理事長より上だと自負してるよ。そういう訳で改めてお願いだ。今から半年間、俺の元で修業しないか? 目標は音斑風花の魔法武闘会の優勝阻止」
ボコボコと言っても彼女には傷ひとつない。そんな未熟なことしなくても勝てる。俺の経験してきた修羅場に比べればむしろ楽なもんだった。理事長に先輩何人かと一緒に挑んだ時は緊張で手が震えてた。結果は惨敗だったな。今の俺と仁王さんぐらいの力の差を見せつけられた。
「……。あなたなら音斑さんを倒せるんじゃありませんか?」
「可能性がゼロとは思わないけどそれじゃあ駄目なんだ。ちょっと出会い方を間違えて、風花ちゃんは俺になら負けても仕方ないって考えてるっぽいんだよな」
実をいうと本当の目的は風花ちゃんの優勝阻止ではない。負けて悔しいと思えないならその相手に負ける必要はない。そこから成長できない。あと風花ちゃんに勝てるかと聞かれれば「たぶん勝てる」だけど風花ちゃんと当たるまで俺が勝ち抜けるかって言われると「たぶん無理」なんだよな。俺はちょっと目立ち過ぎた。
「……あなたの本当の目的は、格下に彼女を倒させることなんですね」
「流石お嬢様だけあって察しはいいよね。そういう相手の裏の目的推し量る訓練とかするの?」
「彼女が強いのは圧倒的な魔力量と抜群のバトルセンスです。純魔としての完成形に近い。彼女の属性が『風』でさえ無ければ、ですが。ただ、幼い頃から強かったせいで彼女は同格以上との戦闘経験がほとんどありません。そこは私も付け入る隙だと考えていました。彼女に敗北が少ないのなら、勝利への執着も薄いでしょう。でも、自分より格下だと思っている相手に負けたのなら彼女に足りなかった向上心が生まれます。結局あなたは音斑風花を強くする為によりによってこの私を、仁王豊を利用しようとしてるだけなんですね」
純魔という戦闘スタイルがある。身体強化などは特に行わずに自らの属性の魔法のみを扱うスタイルだ。完成系という言い方は俺はしないけど、現状純魔として最も強いのは確かにひょっとしたら音斑風花なのかもしれない。
仁王さんの見立ては正しい。
勘は鋭く周りもよく見えている。攻撃の組み立ても上手い。でも、俺としては何度か風花ちゃんの魔法を見たけど、粗い、の一言に尽きる。自身の魔力量まかせなのは今まで風花ちゃんより魔力量が多い人がいない以上問題ない。鳳翼学院に所属の生徒で歴代二位にダブルスコア勝ちしているのが風花ちゃんの魔力量だ。そして子供の頃から負けなしというのも正しい。
勝利への執着どころか敗北を望んでいる節すらある。
「半年鍛えたら彼女に勝てるって言える一年生が君だけだったからね」
「……。私は彼女の踏み台ですか?」
「少なくとも今のままじゃ、踏み台にすらなれるかどうか怪しいよ」
「……」
「もちろん君の状況は調べてある」
事前に相手を調べたのは仁王さんだけではない。
むしろ俺の方がより調べた自信がある。有名だから調べやすかった。
他にもめぼしい後輩がいないか一応探してみたけどダメだった。仁王さんより才能を持っている人も、仁王さんより努力家な人もいなかった。
「仁王家の一人娘で小さい頃から神童ともてはやされて来た。それに見合うだけの才能があったし、君がそれに驕らずに努力家であったことも知ってる。未来の仁王家を背負うに相応しい実績を周囲に示し続けてきた。
三年前、この学院の付属学校に入学して規格外の同級生と出会うまではね。
仁王豊は音斑風花に完敗した。俺の学年でも結構話題になってたよ。あの仁王家の天才が単なる普通の風使いに負けたってね。君が例えば魔力量七千程度の凡才だったり、仁王家の娘じゃなかったら話は変わったんだろうけど、君は仁王家の娘だし、魔法に関しても抜きん出た才能があったのが災いした。本来たたえられるべき三十万という魔力量も、近くに百万越えがいるなら価値は反転する。だから、君の価値は彼女に勝てるまでは上がることはない」
仁王さんの物語は単純だ。周囲が期待するのも、落胆するのも勝手だけれども、彼女は周囲の期待にもう一度応えるために頑張ることを決意した。だから名声が地に落ちたあとも努力を怠らない。
そんな後輩に、ちょっぴり声をかけたくなった。
「その私に、よりによって彼女に勝たせてやるという先輩が現れた。それも嘘やハッタリではなく本当に勝てるだけの技を教えることができる人が。私は縋り付いてどんな手を使ってでもあなたを抱き込むべきなのに、あなたの方から私に近づいて来た。でも理由は音斑風花をより強くするため。それなのに私に断る選択肢はありません。酷い話ですね」
俺も彼女に無責任な期待をしている。
踏み台で終わるならそれまでだけど、ひょっとしたらこの娘は風花ちゃんの親友にだってなれるんじゃないかと。
俺は音斑風花の味方だ。
彼女が自身の実力の所為で回りに敬遠されてきたことを知っている。同学年の友達がいないことに寂しさを感じていることを知っている。最低限、風花ちゃんと渡り合える実力を持った、彼女と対等な関係を持てる人が彼女の前に表れることを望んでいる。
「俺は見ず知らずの人間に優しくするほどお人好しじゃない。俺が君に声をかけたのは君に魔法の素質があって、音斑風花に並ぶ可能性があるからだ。もしたった一回負けて落ちぶれるような性格の子だったら声はかけてなかったよ」
「一つだけ聞かせてください。魔法武闘会が終わったら、私は用済みですか」
「とりあえず区切りはつくよ。師弟関係はそっちが望まない限り無理に続けろとは言わない」
正直俺も仁王との関係は喉から手が出るほど欲しい。
一番の理由じゃないだけで二番め以降の理由がどうでもいいわけじゃない。
それでも、最大の理由のために必要なら、仁王家との関係目当てと思われて不信感からこの話を断られるくらいならそんな理由はなくていい。
「あぁ、それが目的なんですね。最初のお試し期間があって、それがないとダメになってから打ち切る。私はきっと強くなった音斑風花に勝てないでしょう。続きをあなたにお願いするしかない。そういえばはじめに仁王家の力を使ってやりたいことがあると言っていましたね。その要求が何か知りませんがきっと通りますよ。あなた詐欺師の才能ありますね」
あ、そっちか。
そこ俺に求められてもどうしようもないんだよな。だからこそ俺の勝手な期待になってしまうんだけど。
「自虐気味なとこ悪いけど俺も負けて強くなった音斑風花には多分勝てないよ。それに君には俺なんて必要ないってくらい成長してもらわないと困る」
「信じますよ。それしか道はないですから。私を強くしてください」
んー。まぁいっか。結果オーライ。
「契約の前に、だ。俺の要求は魔力武闘会で君に音斑風花を倒してもらうこと。そのために君の時間を半年ほどもらう。なら、君の要求は?」
「え?」
「当て馬になってもらうんだ。それなりの要求は受け入れるよ」
「……そうですね。なら、私と結婚してください」