発端、もしくは押しかけ師匠 その1
二か月前に起こった地龍騒動の後処理も大部分が片をつけることが出来た。当初の予定とはだいぶ違う形になってしまったけど、それでも大元の目的は達成できた。人間関係がギクシャクしたままだけど、疎遠になった人はいない。これについては時間をかけて関係の修復をしていこうと思っている。
だから、そろそろ次のステップに行こうと思う。
その第一歩として、俺は七月のとある金曜日の放課後、後輩の女の子を呼び出していた。
仁王豊。仁王グループ現会長の一人娘。
年は俺の一つ下の一年生。身長は平均より小さめ。魔力属性は『地』。多大な才能を持ち、多分学年で二番目に強い。綺麗よりは可愛いというタイプ。
「まずは自己紹介かな。俺の名前は見城三月。二年生で部活はなんと今をときめく魔力研究会」
「仁王豊です。私に近づいたのは仁王家の権力が目的ですか?」
「それもあるよ。仁王家の財力と権力を使ってやりたいことはいっぱいある。ただ今はあんまり関係ない。この契約が終わったら最悪俺との関係を切ってくれてもいい」
現在、いや、三年前から彼女にはある悩みがある。
特別ではなく普遍的で、かと言って一般的というには切羽詰まったものがある。
――もっと強くなりたい。
俺はそこにつけ込むことにした。
「信じられません。今までそのようなことをおっしゃる方はたくさんいましたが、みなさん結局は仁王家が目当てでした」
「それはそうでしょ。仁王家の力は強大で、その一端に触れるだけで莫大な利益を得ることができる。それよりも大きな野望を持てる人なんて限られている」
「あなたがそうだとでも?」
「欲に溺れない自信はあんまりないな。多分一度手に入れたら固執する。でも何も持ってない今なら大丈夫だよ。今の目的に、仁王家の力は必要ない」
今回の目的はある女の子の魔法武闘会の優勝阻止。
うちの学院、鵬翼学院では毎年秋に魔法武闘会が開かれている。結構人気の催し物でここでいい結果を残せば進路的にかなり有利になるため張り切る人も多い。うちの学院の魔法武闘会は質も高く、秋の優勝者率いるチームが冬に行われた全国大会で準優勝を果たした。現在その人は当然のようにエリート街道まっしぐらだ。
仁王さんにはこの大会で優勝して欲しい。
「そもそもあなたは私より強いんですか? 私、これでも大抵の先輩より強いですよ。少なくとも、魔力量が七千程度の人には負けたことないです」
「優勝を目指して貰うんだから先輩後輩は関係ないでしょ。何せ百万越えの大天才を倒してもらうんだ。七千程度倒して天狗になられても困る」
「私より弱い人がどうやって私を鍛えるっていうんですか? あなたの去年の成績調べましたけど本戦に出場するのがやっとだったではないですか。あなたの本当の目的はその百万越えの大天才、音斑風花を魔術大会で優勝させることじゃないんですか? 心配しなくとも私は私のやり方で音斑風花を倒して見せます」
俺のことは流石に調べたみたいだ。魔力量七千なのも、去年本戦の一回戦目で負けたことも知られている。
そして俺が風花ちゃんと親しいのもわかっているのだろう。
普通に考えて、俺が仲のいい音斑風花と見ず知らずだった仁王豊のどっちを応援するかなんて決まっている。
それに、仁王豊より強い人ならたくさんとは言わないけど、それなりの数いる。すでに行われている下馬評でも一番人気が音斑風花なのに対して仁王豊は名前が挙がってすらいない。
仁王さんはこう考えているはずだ。
俺が音斑風花を負かす必要も、仁王豊に手を貸す理由もない。
「いくつか勘違いしてるようだから言って置く。音斑風花を優勝させたいなら何もしなくても達成できる。今この学校でそれを止められるとしたら可能性が一番高いのは君じゃなくて野坂焔だ。君はいいとこベスト十六くらいかな。この差は秋までの半年で埋まるようなものじゃない。そして何よりも、今の仁王豊は魔力量たった七千の俺に負けるよ」
「あなたの言葉を信用する気はありません。挑発だとしたらお生憎様でしたね」
「まぁそうなるよね」
なかなか表情を変えない。まだ、俺は仁王豊の心を動かせていない。
とはいえ全く信じていない訳ではないのだろう。だって、彼女は俺の怪しい誘いにわざわざのったのだから。
「俺を倒したら理事長が直々に育ててくれるって。俺が朝三十分くらい貰ってる時間をそのまま君に渡す形になるよ」
「あなたは理事長の弟子……なんですか?」
実は手紙で呼び出す際に理事長の名前を借りた。
現代の英雄小鳥遊祭。空前絶後の強さで公式戦無敗の生きる伝説。現在戦闘力という面で他の追随を許さないほど圧倒的な強さを見せている。そして仁王家とも親交があり、彼女は一般人と比べて比較的近い位置にいる。だから、手紙の封蝋とか、書いてもらったサインとかに気付いてしまう。本物だと分ってしまう。
「毎朝手合わせして貰ってる。一回師匠って呼んだら変な顔されて結局無視された。で、どうする?」
「分かりました。お手合わせ願います。先輩」
やっぱり理事長に協力してもらって良かった。話が早い。権力って素敵。素晴らしい。狐らしくどんどん虎の威を借りていこう。
「理事長とコネがあるなら確かに仁王家の力がいらないという言葉も少しは信用出来ます。あの方は現代の英雄みたいな方ですから」
「この繋がり作るのにそれなりに苦労したよ。理事長がこの学院にいてくれて助かった」
この学院にいなかったら俺は小鳥遊祭と関わることがなかったはずだ。
いくつもの幸運があった。
いくつもの幸運を呼び込んだ。
何より俺には、どうしても見たい景色があった。
「ところで先輩。こんな話を持ちかけるんですから、少なくとも理事長は私よりもあなたの方が強いと判断しているんでしょうね」
「俺もそうだと思ってるよ。それに現時点で俺を倒せるならあとは理事長に鍛えて貰えば音斑風花は倒せる」
「なら胸を貸してもらうつもりで挑ませてもらいますね、先輩」
「俺を倒してもいいんだぜ、後輩」
ボコボコにした。特に予想外のことはない。俺より圧倒的な魔力量を保有していたとしても所詮は一年生。修羅場をくぐった経験もなく、かといって日々の訓練をサボった形跡もない。優れた才能を持つ人間が常識的な努力を毎日続けていればこんなものだろう。
だからこそ、今回の計画には彼女がぴったりだ。