プロローグ、はじまりの想い 仁王豊
「先輩。昨日の先輩、ちょっと怖かったです」
男子寮の入り口では俺を待ち構えていた仁王さんの姿があった。
出てきた言葉には少しだけ拒絶の色が混じっている。無理もない。そもそも昨日ーーもう日を跨いでいるから一昨日かーー初めて会話した人があんな凶行に走ったらそう感じるのは普通だ。紀伊原さんに大分ネタバレされたみたいけど、俺がしようとすること、こと暴力に関しては彼女に止める力はない。
「違います。そうじゃありません」
仁王さんに考えていることを先回りされるのはもう何度目だろうか。
この娘の読心能力なんなの。俺そんなに分かりやすいかね。せめて技術じゃなくて魔法だったらまだ防げるんだけど残念ながら彼女は魔法以外の方法でこちらの思考を読んでくる。
「じゃあ俺の強さについて? 確かに俺と仁王さんが師弟関係になったばかり。そんな時に俺が二人がかりとはいえ同級生に負けているようじゃ仁王さんを強くできなんじゃないかと将来に不安を感じているとか?」
「それこそ違います。そもそも先輩が負けたって思っているの先輩だけですよ。」
三日前に声をかけたのは俺が彼女に戦い方を教えるため。
そして昨日俺が何をしたのかを簡単に言えば他校の女子に喧嘩ふっかけて返り討ちにあった、となる。コンディション最悪だったとかこっちの準備全くできてなくて向こうが準備万端だったとか言い訳はいっぱいできるし俺は目的は果たしたし相手は目的を果たせなかったんだから大局的に見たら負けてないと言っても過言ではない。
だけど戦術的な意味でも負ける気はさらさら気だったんだよな。
「じゃあひょっとして俺の事心配とかしてくれた? 戦闘で負けて意識失うまでいったの久々だったし死んじゃってないか不安になったとか」
「……」
どうやらはずれのようだ。
仁王さんは黙り込んで言葉を選んでいるように見える。ここ二、三日の出来事で彼女は俺にどんな印象を抱いたのだろうか。怖い、と表現されたのだから最終的にはあまりいい印象を残せなかったみたいではある。こちらから構いにいってこちらの都合で仁王さんを優先できなかったのだからそれは仕方のないことではあるけど、怖い、と言われたのが少し不可解だ。
「……先輩」
「なに?」
次を促す。何を言われようが揺るがない。
今回の選択は間違っていなかった。結果として仁王さんを少し怖がらせることになってしまったようだけど、俺はその程度で止まるような性格じゃない。
――そう、思っていた。
「先輩は誰ですか?」
その質問は俺にとっていろんな意味を持っていた。世界で俺の同類がいるかもしれないと考えたことはあった。でも、同類は結局見つからず、いないものと思ってた。
いや、落ち着け。今回もきっと、歯車が噛み合っていないだけで、仁王豊が訊きたいことは俺の期待とはまた別なことのはずだ。
「俺は見城三月だよ。これでも学外だけど一部界隈ではけっこう有名だったりする」
「今そんな話をしていません。話を逸らしたいならそう言ってください、もうこの話はしません。でも、先輩は……いえ、貴方は。私を、音斑風花さんを、紀伊原先輩を見るとき、たぶん画面一枚向こう側を見ていますよね。言葉にするのが難しいのですが、先輩の後ろに誰かがいて、その人が先輩を動かしている、みたいな感じでしょうか? だから、あんなに簡単に自分を犠牲にできるし、自分へ向かう感情にも鈍感なんです」
期待していた方向じゃなかったけど、ある意味それ以上かもしれない。
でも、そんなことを思う余裕はなかった。
前世の記憶を持って生まれた俺には、その言葉は重すぎた。