夕焼けはウニ色の黄昏
港町 船着場 千切れたロープ
鱗雲 ウミネコ そして海の匂い
フラリと訪れたこの場所で、肺いっぱいに空気を取り込む。
少しでも毒素が抜けるように……
錆び付いたトタンと朽ち果てた木製の壁。バスはもう来ない。
ガードレールから船着場を見下ろし、道の遥か先、遙かな想いに意識を飛ばした。
―――都内の飲食店で未明、女性の遺体が発見された事件で警視庁は同居していたとされるインド国籍の男を追うと共に、女性の身元を調査しているところです―――
高い位置に置かれた古いブラウン管テレビでは、若いアナウンサーが世情を伝えている。
ラーメンの味は殆ど覚えておらず、かき込むように食べ、無言で代金を置き、そそくさと店を後にした。
何処に居ても目立つ形をしている彼にとって、安息の地は無人の地のみだろう。いや、それでも今の彼に落ち着ける場所などありはしない……。
トンネルを抜け、一面海が見える先に一人の老人が居た。
老人は彼を見るとゆっくりと挨拶をし、彼を自宅の食事へと誘った。作り過ぎたカレーの始末は老夫婦二人だけでは心許ないとのことだった。
カレーに添えられた福神漬けとウニ。老婆がまだ若かりし頃海女をしており、ウニを捕っていた時の名残らしい。ウニの甘さとカレーの辛さが妙にマッチしており、彼は先程ラーメンを食べたにも拘わらず一心不乱にカレーを喉の奥へと流し込んだ!
そのカレーは今まで食べたカレーの中で一番普通であったが、一番特別なカレーになった。
何やら事情がありそうな彼を見た老夫婦は、彼を自宅へ泊めてあげることにした。
振り子時計の音 波の音 天上の木目
軋む床 滴る水音 僅かなカレーの匂い
眠れぬ夜を過ごした彼は、朝カレーを頂戴すると名残惜しそうに老夫婦に別れを告げる。カレーが美味しかった事。出来ればまた来たい事。しかし次に会えるのは何年先になるか分からない事。
彼の話を聞いた老夫婦は顔を見合わせ大きく笑った。
いつ会えるのか分からぬなら、今会えば良い。と言わんばかりに彼に持ちきれぬ程のカレーを持たせた。彼は深々と御礼を述べると、足早に老夫婦の家を後にした。
去り際、老夫婦の家に泊められていた高級車が彼の目を引いた……。
―――昨日未明、千葉県の港町で老夫婦の家が、空き巣被害に遭いました。盗まれたのは現金120万円と車一台との事で、警察が事件の詳細を調査しているところです。また、現在行方を眩ませているインド国籍の男が近隣で目撃されたとの情報が入っており、警察が詳しい経緯を調査しているところです―――
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『恩を仇で返す』『武士の情け』『泥棒にも三分の理』
普段テレビや新聞等で目にする加害者の情報には、事実しか書かれていません。真実は加害者と被害者の中にしか無いのです。