馬鹿げた結末と溢れる写真
彼女が死んだと聞いた時、不思議と涙は流れなかった。
しかし、代わりに別の何か…僕が僕であるために必要なパーツが、魂からごっそりと抜け落ちたのを感じた。
「もし私が死んでも、泣いてくれる人は誰もいないんだろうね」
寂しげにそう語った彼女の言葉が、図らずも真実となってしまった。
「そんなことはないさ」と、気軽に答えてしまったあの時の自分を呪いたい。事実、彼女の葬式に来ていた人間は皆、態度に多少の嬉しさが見え隠れしていた。僕や葬儀屋の人間を除いて。
ふと、考える。彼女はどうして死んだのだろうか。
彼女の親族には自殺と聞いたが、それは確実に嘘だと言える。彼女に自殺する理由はない。
そもそも、彼女は常日頃から「生きる理由がないからいつ死んでもいいけど、特に死ぬ理由もないから生きている」と口にしていた。なら、彼女が自殺をするとは思えない。それに、彼女が死んだという時刻の一時間ほど前まで、僕は学校で彼女と一緒にいたのだ。そんないきなり自殺したと言われても、疑ってかかるに決まっている。
しかし、家に帰ってから急に彼女を自殺に追い込むほどの出来事があった可能性も否定できない。が、それも不自然だ。そもそも彼女の性格からして、自殺をするのに高所から飛び降りという確実じゃないうえ他人に迷惑の掛かる方法を選ぶ筈がないだろう。彼女なら、どこかの山小屋で練炭を使うか森の奥で首を吊るかのどちらかを選ぶ筈だ。
となると、怪しいのはやはり彼女の親族達だ。彼女が死んで喜んでいたということは、彼女に生きていられると邪魔だったということだ。
直接的でなくとも、彼女が高所から落下するように誘導したということも考えられる。もっとも、頭のいい彼女があんないかにも教養のなさそうな人達の策略に引っかかるとも思えないが。まあ、万が一ということもある。
思い返してみると、親族達は彼女に恨みを持っていそうな人ばかりだった。
彼女は聡明だったが、彼女の妹は知性が感じられなかった。
彼女は容姿端麗だったが、彼女の母親は醜かった。
彼女は理性的で落ち着いていたが、彼女の父親は短気で粗暴だった。
勿論これは僕の勝手な想像だが、考えれば考えるほどに辻褄が合っていく。
どうして彼女を殺したか。──自分たちよりずっと優れた彼女に嫉妬し、異物を排除しようとしたから。
どうやって彼女を殺したか。──三人もいるんだ、彼女の細い身体を無理やり運んで突き落とすなど簡単だろう。着衣の乱れは落下の衝撃で説明できるし、指紋は手袋でも着ければいい。
考えれば考えるほどに、親族達への疑念が湧いてくる。いや、もしかしたら僕が最初から持っていたものが表に出てきただけかもしれないが、とにかく僕は彼らを疑わずにはいられない。思い返せば、親族達は僕の顔を見て驚き、それから恐怖していたようだった。その不自然な態度は、何か後ろめたいことがあるからだろう。
気が付いたら、彼女の家の前だった。考えているうちに、自然とここへ向かっていたらしい。仕方ないのでインターホンを押すと、彼女の醜い母親が出てきた。僕を見て驚いているようだったが、まあどうでもいい。押し退けて中へと入り、そのまま彼女の部屋へと向かった。
実のところ、僕は彼女の遺書とも言うべきものを受け取っていた。彼女が死ぬ直前、学校で別れる時に渡されたものだ。遺書、というよりは手紙のようなものだったが。
家に帰ってから読んだ内容によると、自分が死んだら好きに部屋へ入っていいということ。そして、部屋の中のものは僕の自由にしていいということが書かれていた。
なぜ彼女が急にそんなものを渡したのか、なぜわざわざ僕を部屋に入れたのかはわからないが、とにかく、僕は彼女の部屋に足を踏み入れた。
質素な部屋だと、最初にそう感じた。なるほど、彼女らしいと言えば彼女らしい。必要最低限の家具と、本棚。あまり生活感は感じられなかった。彼女の母親に入ってこられても困るので、鍵を閉めておく。
本棚にあったのは、数冊の参考書と、当たり障りない文庫本。特に変わったものはなく、至って普通のものばかりだった。
彼女の手紙には、鍵が入っていた。部屋自体の鍵と、もう一つ。この部屋にある鍵のかかるものといえば机の引き出しくらいしかなかったので、その鍵だということはすぐにわかった。
かちゃり、と音を立て、引き出しは呆気なく開いた。中には文房具やメモ帳などが入っていたが、彼女が僕に見せたかったものはこれではないだろう。
と、気付く。外から見た引き出しの大きさと、底の深さが一致しない。どうやら二重底になっているらしいので、底を外しにかかる。しかし、こんな仕掛けを作ってまで彼女が隠したかったものは何だろうか。
中に入っていたものは、手紙と、破かれた紙の切れ端、一枚のハンカチ。そして、三冊のアルバムだった。手紙は、後で読むとして。紙片は、どうやら写真のようだった。テープで修繕しようとした痕がある。形の通りに並べてみると、僕と彼女が並んで写っている写真だった。確か、修学旅行の時のものだったか。
アルバムを開き、目に入ったのは僕の写真だ。明らかに盗撮だとわかるアングルの。ページを捲ると、目に入ったのは僕の写真だ。次のページも、その次のページも。一冊すべてが僕の写真で埋め尽くされていた。残り二つのアルバムも、収められていたのはすべて僕の写真だった。
ハンカチは、彼女のものだ。ただし、以前僕が腕を怪我した時の血が付いている。こちらで捨てておくからと彼女が引き取り、僕が新しいものを購入して渡した筈だ。捨ててはいなかったようだが。
彼女が僕に見せたかったものとはこれらだろうか。取り敢えず一通り回収し、自宅へ帰ることにする。
彼女の母親が何か叫んでいたが、僕には関係ないことだ。玄関の扉の前に陣取って邪魔だったので、適当な部屋の窓から外に出た。
自宅に帰って手紙を開く。「ごめんなさい」とだけ、赤い文字で記されていた。手紙の所々に、その文字を書いたものであろう赤いインクが垂れていた。そういえば、彼女の遺体の手首には死ぬ直前にできたと思われる切り傷があったらしい。
とどのつまり、彼女の死はこういうことなのだろう。何かの拍子に家族があの写真を見て、破り捨てた。それを苦にした彼女が、突発的に自殺した。結局は、家族が殺したのと何ら変わらない。実に、くだらない話だった。今となってはどうでもいいが。
さて、このハンカチや手紙はどこに保管しようか。やはり、彼女がいつも着けていたヘアゴムの隣がいいだろうか。
彼女の写真で埋め尽くされたアルバムを眺めながら、僕はそんなことを考えていた。