第三十四回 再び、居酒屋にて・その三
前回の居酒屋での話し合いを俺が回想する間も、我孫瓦警部は語り続けていた。
「響谷君。鑑識の努力と、君の推理のおかげで、山田原修のアリバイは崩れ去った。しかし、まだ『理論上は犯行が可能だ』というだけで、そのようなトリックを修が実際に使ったという証拠はなかった」
警部は、焼き鳥の串を一本、口に運んでから、
「私の捜査チームは、同窓会に出席していた者たちを、次々と修に対面させてみた。今度は、写真ではなく、修本人と、だ」
すると写真の場合とは違って、実際に山田原修を見た場合は「同窓会の時と少し雰囲気が違う」と言い出す者が現れたという。
「だが、あくまでも『雰囲気が違う』という程度であって、誰も『別人だ』と言い切れる者はいなかった」
同窓会における会話内容も聞き出し、それとなく修からも話を聞いたが、矛盾する証言はなかったという。
「もちろん、秋座吾郎から詳しく聞いていたのだろうな。そりゃあ完全に覚えていたわけではないし、些細な部分は怪しい点もあった。しかし『矛盾』というほどじゃない。『酒も入っていたので、うろ覚えで』と言われたら、それ以上は追求できないレベルだった」
そんなわけで、疑わしいが確証はないという状況が続いたらしい。
「それでも、なんとか捜査令状をとる段階までこぎつけたので、山田原修の自動車を詳しく調べることが出来た。秋座吾郎の死体運搬に使ったはずだと思ったからね。案の定、大量の血を洗い流した形跡が、車内から検出された。これが重要な証拠となったな」
ついに山田原修も観念して自白したのだという。
「そして秋座吾郎の遺体も、供述通り、奥多摩の山中に埋められているのが見つかったわけだ」
なるほど。
ここまで聞けば、もう十分だろう。だいたい理解できた。
俺は、わざとらしく腕時計に目をやり、
「すいません、警部。次の用事の時間なので、そろそろ行かないと……」
「なんだ、もう行ってしまうのか?」
「はい。まだ料理も残っていますし、どうぞ警部は一人で……」
「おいおい。この私に、一人寂しく酒を飲めと? うん、だが、こんなに食べ残すのも店に失礼だろうしなあ。よし、わかった。残飯処理は私に任せたまえ」
「では、お先に失礼します」
そして、警部を一人残して、俺は居酒屋を出る。
次の用事、というのは他でもない。
居酒屋を出た俺は、姉――響谷愛――の家へと向かった。




