第十四回 警部は語る・その六
「なるほど。では、香也子さん。その日、修さんが配達に行っていた間のことを聞かせてください」
先に金曜日の話から片付けようと考えて、私は香也子に尋ねた。先ほど「ずっと店で待っていた」とは聞かされていたが、その詳細だ。
「えーっと……。八時頃に店を閉めた後、家に上がって……」
「店の二階が居住スペースになっています。大事な我が家です」
「……夕食の準備したり。理っちゃんに電話したり」
「妻の言う『理っちゃん』とは、正の妻の理恵のことです。二人は仲も良く、頻繁に長電話する間柄なのですよ」
香也子の言葉を、夫である修がいちいち補足する。香也子の証言を取っているはずなのに、むしろ修の言葉の方が多いくらいだ。
だが、まあ、いい。
電話の相手が山田原正の妻であるというなら、そちらの話を聞くときに、ちょうど裏付けも取れるだろう。
とりあえず、香也子の金曜の夜に関しては、これでいいとして……。
「では、今度は二十二日について教えてください」
と問いかけて私が、修に向き直ったところで。
ピンポーン、ピンポーン……。
「あら。ちょっとすいません」
香也子が立ち上がって、店へと向かう。客が来たらしい。
なるほど。この部屋で店番というのは、こういうシステムになっているわけか。
「まあ、香也子一人で十分でしょう。手が足りないようなら、何か言ってくるでしょうし」
と言いながら、修は私の質問に答え始めた。
「木曜日の晩は、小学校の同窓会がありましてね。香也子に店を任せて、行ってきました」
この歳になると小学生時代の友人とは疎遠で、修の場合、長い間もう誰とも会っていなかったそうだ。十数年ぶりに会う者ばかりでは、同窓会など参加しても面白くないと思ったが、香也子が「せっかくだから行ってきたら?」と勧めるので、行くことにしたのだという。
「本当は、そんな場合ではないんですけどねえ」
その言葉は、思わず口からこぼれた、という感じだった。
少しだけ「そんな場合ではない、とは、どういう意味だ?」と疑問に思ったが、当然、私は顔には出さない。だが、部下は同じことを考えた上で、不思議そうな表情をしてしまった。
修がそれに気づいて、
「この商売、仕入れてきた物を売るだけですから、数を売らなきゃ話にならない。品揃えも豊富にしないと、今の時代、スーパーやコンビニには太刀打ちできやしない。でも、ちょっとでも仕入れの目算を誤ると、大量に売れ残って……。酷い場合は、賞味期限切れになってしまう」
ここで修は、いつのまにか下に向けていた顔を戻して、苦笑いしながら続けた。
「まあ、つまり。少しのミスで、赤字もかさむわけです。配達サービスだけでは、なかなか……。正直、経営資金の借り入れで困っていました。不謹慎でしょうが、叔父や父が亡くなってくれて助かった、とさえ思いました。叔父はともかく、父には、かなりの財産がありましたからね」




