第十一回 居酒屋にて・その三
「……首に残った絞殺の痕まで、そっくり同じだった」
そこまで語ると、我孫瓦警部は、いったん話を中断した。
少し喋り疲れたのだろうか。喉を潤したくなったとみえて、ごくごくとビールを飲む。
いや、喉だけではない。口寂しくなったらしく、小皿の枝豆に手を伸ばし、いくつか摘む。続いて、ホッケの皿に箸を伸ばした。
ああ、これ。もう「口寂しくなった」ではなく「小腹が空いた」だな。うん。
「どうした、響谷君。どんどん君も食べたまえ」
「はい、もちろん」
そう言って、俺も適当な小皿から料理を口に運んだが……。
いやいや。
俺が本気で食べ始めたら、警部、あんた絶対に怒るだろう?
なにしろ。
警部は俺に「しばらく口を挟まずに、黙って耳を傾けろ」と告げたのだ。そう言って、長々と語り始めたのだ。
当然その間、一方的に喋り続ける警部は、飲み食い出来ないわけで。
黙って聞くしかない俺は、『話す』ことに口を使えない以上、『食べる』ことにしか口を使えないわけで。
元の時代で大学生だった俺は、よく知っている。あまり親しくない者が多数参加しているコンパ――いわゆる合コンなどもそれだろう――で、話し相手がいない者は、食べるしかないということを。
二人で呑んでいるのに、片側にだけそのような「食べるしかない」状態が発生したら、一人で料理を食べ尽くすことになるからなあ。
さすがにそれは警部にすまないので、俺は遠慮しているわけだ。
「で、どうだ。ここまでの話を聞いて。何か考えたか?」
俺が黙り込んでいるのを、警部は勘違いしたらしい。
すまんな、警部。別に、あんたの話を頭の中で反芻してたわけじゃないんだぜ。
……などと口に出来るわけもなく。
「そうですねえ……」
適当に誤魔化しながら、慌てて考え始めたものの、どう見ても、まだ情報が足りないだろう。
事件の話は、始まったばかりだ。
中間総括のタイミングではないよな?
一応、頭の中でまとめてみた。
被害者は、年老いた兄と弟。発見場所は違えど、似たような状態の死体.。どちらも絞殺……。
と、ここで一つの疑問が浮かんだ。
「そういえば、微妙な言い方をしていましたね? 『素手で強く絞められたと思った』とか『厳密には素手ではなかった』とか。あれって、どういう意味です?」
「ああ、そこか。たいした話ではないが……」
警部は、いったん箸を止めて、
「……では、その辺りから、話を再開しようか」




