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お念話ありがとうございます

作者: よには

「お念話ありがとうございます、天界5番地区転生部37番がお受けします」


 念話が届いたので応答する私は、今日も今日とて天界で働くしがない神です。

 私たちの主な仕事は善良な魂を持つものの死後、魂を呼び寄せ、それぞれの希望に添った姿、能力、地位、世界を与え転生させることです。

 もちろんすべての要望を叶えられるわけではありません。

 ですので、転生者の中には与えられた環境に不満を持つものもいるのです。

 その事後対応も私たちの仕事である、ただそれだけです。


「えっこれどういう仕組みで繋がってるの?」


 あなたが神に訴えたいと強く思ったから繋がっているのです。

 面倒なので説明はしませんけど。


「エイジ・オカジマ様ですね。どのようなご用件でしょうか?」

「っとそうだ、どのようなもなにもこの状況はなんだ!!」


 どうやらなにかお困りのようです。

 エイジ様は私が先ほど転生させた男性です。

 あ、今は女性でしたね。

 なにが問題かわかりませんが状況に不満があるとのことですし、先ほどまでの仕事を思い出しましょう。



* * * * *



 「白は浄化の色だから転生を行う地は真っ白にしよう!」


 そんな小さな理由で辺り一面に白が広がる空間に、掃除の大変な神殿が作られたのは過去のこと。

 縦に溝が彫られた堂々たる白い柱たちはその身に傷一つなく厳かな建物を支え、開け放たれた天窓からは暖かな陽が注ぎ込み、磨き上げられた滑らかな床は光を反射し微かに周囲を映し出す。

 重々しい中に暖かさのある神殿、死者の魂が巡ってくる職場で私は転生業務を行っています。


「また不老不死ですか……壁掛け時計にしておきましょうか。死にたくないということは生を否定するようなものですし、無機物でも問題はないでしょう」


 人間の方は時間が足りないのか生き急いだのか、不老不死を願う方が多いです。

 それ以上に王や富豪になりたいだの、勇者になって担がれたいだの、奴隷をたくさん雇って××したいだの、欲望に忠実な方が多いわけですが、それは人間に限りませんから気になりません。

 私を犯したいなど妄言を吐いてくる方もいましたが、本当に善良な魂ですか、あれ。


「次の方どうぞ」


 声をかけると人間の青年が入ってきます。

 黒髪黒目で短髪の青年は前髪を几帳面に分けています。

 肉付きはあまり良くなく、背は私よりも頭一つ分高いです。

 エイジ・オカジマ様。享年21歳。趣味は料理で居酒屋で働いていた学生。

 仕事ですのでここにくる方の情報くらい予習しています。


「ここは……?」

「天界の神殿です。あなたは死んでしまいました。死因は階段を踏み外して転がり落ち、当たり所が悪かったとだけ言っておきます」

「だけってそれで全部じゃない!?」


 死んだことに対する驚きよりもツッコミを優先するとは面白い人です。

 大体の人は混乱するか、異世界がどうとか転生がどうとかぶつぶつ言い始めるかのどちらかなのですが。


「死んだって……マジで? いやでも階段から足を踏み外した記憶はあるぞ……」

「マジです。20××年7月15日。エイジ様は月刊姫百合を買いに行くために家を出ました。エレベーターを待つのが面倒だったエイジ様は階段を駆け下りようとしました。降りる直前、付近の道路に手をつないで歩く二人の少女が目に入り、それに見とれて足元が疎かになり階段を踏み外しました。午前10時12分の出来事でした」

「思った以上に細部まで知られてるうううううう」


 疑っているようですので事実を話しましたが、エイジ様は頭を抱えて丸くなってしまいました。


 …………。

 丸まったまま数分が経過しましたが、自分が死んだことより姫百合を読めなかった後悔と、手をつないでいた少女達の関係を知りたがっているようです。

 見ていて飽きない方ですが、このままだと仕事が進みません。


「天に召されたことは理解出来たでしょうか?」

「お、おう。大丈夫だ、取り乱してすまない」

「気にしていませんよ。ここに来た人の半分以上は混乱していますから。柱に頭を打ちつけたりして神殿を汚さなければ問題ないです」

「そんな人が居たのか……。なるほど、女神様は慣れているんだな」

「そうですね、平の神ですけど何年も働いていますから」


 別に上位神になりたくもないですけど。

 現状維持万々歳。

 転生部には新入神も少ないですし平でいいじゃないですか。


「さて、本題に入りましょう。エイジ様、あなたには異世界に転生する権利があります。二度目の生を望みますか? 多少なら融通しますよ」

「転生は義務じゃないんだな」


 これまでのやりとりでわかっていましたがエイジ様は落ち着いていますね。


「私たちから見るとあなたたち地上界の住人は言わば労働者なのです。無理やり雇ったところで生産性は上がりませんし、自殺なんてされたら転生分の費用が無駄になります。


『適切な人材()に適切な職場(世界)を与え、自由に働いて(生きて)もらう。』


 それが創造主の望みであり、人材の配置が私の職務です。なにが世界の生産性につながるかはお話出来ませんが、エイジ様には働く権利があります。断っていただいても構いません。所詮、権利ですからね」

「話の規模が手に負えない! 断っても死ぬだけだろ? 俺も生きるよ」

「ありがとうございます。エイジ様は愉快な魂をしておりますので楽しみです。ご要望がありましたら極力叶えますので挙げていただいてもいいですか?」

「愉快な魂って褒めてるのか? まあいいや、少し考えさせてくれ」


 もちろん褒めていますよ?

 天界の娯楽は少ないですから、なにかやらかしてくれそうな魂は貴重です。


 それからしばらくエイジ様はあーでもないこーでもないと唸っていました。

 一人会議が終わると何かを決意したのか、柔らかな表情で口を開きました。


「俺は……可愛い女の子になって、百合を近くで眺めたい! 近くで眺めるなら女の子だよな!ついでに可愛くしてもらいたい!」

「性別の変更をお望みとは奇特な方ですね。あなたの年代の男性ですと下半身に忠実な方ばかりですので驚きです」

「言い方」


 疲れたのかツッコミが投げ槍ですね。

 性転換を望む男は潜在的に嗜虐嗜好のある方が大半とのことですが、エイジ様はどうなのでしょうか?

 おそらく、自分に関しては後回しにしていて深く考えていないだけでしょうけど。


「他になにかございますか?」

「できるだけ安全なところに生まれたいかな? 衣食住揃ってないと安心できない。あとは異世界だし意志の疎通に不便したくないな」

「かしこまりました。可愛い女の子になり、安全なところに生まれ、意志の疎通が出来る状態になりたい、ですね。転生特典としてそのくらいはご用意いたします」

「全部もらえるのか! 俺の魂も捨てたもんじゃないな!」

「捨てる神もいましたけど、私のように拾う神もいるってことですよ」

「ええ……女神様ちょこちょこ辛辣だけど、もしかして俺のこと嫌い?」


 いえいえ大好きですよ、道化師と同じくらい。


 休憩の時間が近づいているのでささっと転生させましょう。

 可愛い姿をご所望ですし、完璧な体を作りますよ!


「気合いの入っている女神様とかいやな予感しかしないぞ……」


 失礼な呟きが聞こえた気がしますが無視です。

 でも、そうですね……集中したいのでエイジ様に騒がれては困りますので、地球の解説本でも渡しますか。


「体を創りますのでこれでも読みながら静かにしていただいてもよろしいでしょうか?」

「おう、可愛い体を頼む! ん? これ地球のパンフレットか……感覚的にはアトラクションだな?」


 いい感じに食いついたので成功です。


 私は体の元になる光の粒を集め、捏ねるように形を整えていきます。

 材料は企業秘密ですが性能は高いので、今回の依頼に合う出来になるのは間違いないでしょう。


 20分ほどかけて細部まで拘った可愛い体が出来上がりました。

 あとは転生地の座標固定と、特典スキルの付与をして終わりです。 


「エイジ様、準備が整いました」

「ん、終わったか。もう出発なのか?」

「はい、私も休憩時間が押していますので早めに送り出したいです」

「うーん、最後までマイペース!」


 休憩は体のためにも大事ですから。

 休憩の無い仕事なんて辞めるべきだと思うのです。


 私が腕を挙げるとエイジ様の体が光に包まれました。


「短い間だったけど楽しかったぜ! ありがとうな、女神様!」

「こちらこそ。久しぶりに転生業務が楽しかったですよ」


 笑顔で伝えるとエイジ様は少し赤くなった顔を逸らしてしまいます。

 女神の微笑みですから照れますよね、わかります。


「それでは、後悔のないセカンドライフをお送りください」


 腕を降ろすと、目の前の人影は消えていきました。

 これからも楽しませてくれることを期待していますよ?



* * * * *



 そうして休憩室でゆっくり休み、戻ってきたらエイジ様から念話が届いたのです。

 なにか問題が合ったでしょうか?

 あ、性別の確認の仕方がわからないとかですか?


「心配しなくても大丈夫です! ちゃんと付いてないですよ?」

「おっ本当だ……って今はそこじゃねええええええ!」


 どうやら的外れの指摘だったようです。

 外れたのは的ではなくて玉だって?

 金的とも言いますし的外れでもだいたい合っています。

 どうでもいいことを考えている私に、エイジ様は続けます。


「さっき水面に映る自分の姿を見た。確かに、確かに可愛かったが……なんで猫なんだああああああああああ!」

「可愛いじゃないですか、猫」


 ああ、種族の問題でしたか。

 私の中では可愛い=猫なのでまったく気にしていませんでした。

 エイジ様の転生先の様子を見ると、湖のほとりに子猫が座っていました。

 明るい灰色に所々黒が混じる短く整った毛並みに、くりっとした大きな青い目。

 特徴的な耳は少しお辞儀してあざとい角度を保っている。

 そんな子猫が真っ直ぐこちらを見ています。

 ああ、可愛すぎて直視出来ません。


「私的にはスコティッシュフォールドが至高なのですが、お気に召しませんでしたか?」

「せめて人型にしてほしかった!」

「あなたの目的を考えても人型の肉体にこだわる必要はないと考えましたが……?」

「人型より生きるのに必死になりそうなのは狙ってやってるよな!?」


 バレましたか……。

 適度に働いてもらえる環境を配置するのが神の仕事なのです。

 しかし、転生者の希望を最大限叶えることもまた仕事です。


「私の創造力を総動員させて創り上げた体が気に入らないのですか、そうですか。魂の定着が浅いので返品は間に合います。別の体に変えますか? 私がすぐにご用意できる美少女だとオークしかありませんが」

「返品って……まともな人型はないのか?」

「まともがなにを指すのか存じませんが、私は人間に転生させる神ではございません」

「先に言ってくれええええええええ!」

「そうですね……問題がないと思い、人外専門と言わなかった私も悪かったです、申し訳ございません」


 しかし、人間に転生したいと言われなければわかりませんよ?


 ……このままの価値観では今後不味いことになるかもしれません。

 あまり柄ではないですが、珍しく会話につき合ってくれた稀有な方です。

 余計なお世話かもしれませんが、神らしく忠告しておきましょう。


「エイジ様。あなたの常識が他の方の常識とは思わないでください。少ない言葉で理解されると思わないでください。人と人が分かり合うには言葉が必要ですよね? 異なる種族、異なる世界出身の方を相手にしているのです。人の常識どころか世界の常識だって違います。些細な行き違いで戦争になることも珍しくないです。現に今も肉体に対する価値観の不一致が起こり、エイジ様は叫んでいるのですよね?

 世界は広いです。様々な生物がそれぞれの価値観で生活しています。すべてを理解してほしいなどとは決して言いません。ですが、少しでも寄り添えるような豊かな心を持って異文化交流してください」


 少し説教臭くなってしまって恥ずかしいです。

 にこっと笑って伝えましたが「お前がそれを言うか」とでも言いたそうに細めた目を向けられてしまいます。


「そうだよな、神様にだって文化はあるか……。すまん、俺も自分のことしか考えていなかった」


 そうやって思考して省みることが出来るのは人の美点だと思いますよ?


「ええと、女神様が本気で手を抜いたらオークになるところだったんだよな」

「私が仕事で手を抜くことはありませんからその仮定は考えないでいいです」


 猫を増やしたかったわけではないです。

 人外転生って人気がなくて知性の高い猫はなかなか増えないんですよね。

 残念ですが、本人が困るなら神として手をさしのべなければなりません。


「お望みでしたら人間に転生させる神を紹介いたしますがいかがですか?」

「うーん……やめておくさ。女神様は俺のことを考えた上でこの体にしてくれたんだろ? 俺は今の俺に出来ることをしてみるよ。せっかく創ってもらった体だしな」

「本当ですか!」

「食いつきすぎて怖くなるな!」

「創った甲斐があります。ご利用ありがとうございました。後悔のないセカンドライフをお送りください」

「有無を言わさない締めの言葉!?」


 いやー、いい仕事をしました。

 今日は気持ちよく寝られそうです。


「最後になりますが、その世界にはスキルや進化がありますので、人型になることも夢じゃないですよ?」

「マジで?」

「マジです。それと、女の子になったのですから言葉遣いや仕草に気をつけた方がいいですよ」

「おう、次から気をつける! なにかあったらまた念話する、ありがとう。またよろしく!」


 人化が可能と知って興奮したのか、エイジ様は礼を言うと返答も聞かず念話を切るのでした。



* * * * *



 翌日、再びエイジ様から念話が届きました。


「人間どころか動物の1匹も見あたらないんだけど、ここはどこなんだ?」


 もちろん安全なところですよ。

 ふむ、具体的な地名を挙げても規約違反にはならないでしょうし、少し説明しておきましょう。


「魔族領南西の『眠りの森』深部です。夜にかかる霧があらゆる生命を永眠させることで有名です。睡眠耐性のスキルを最高値で付けておきましたのでエイジ様にとってはただの散歩道ですね。なるべく安全なところが良いとのことですので、私が知る中で最も危険が近寄らない場所にしておきました」

「極端すぎる…………って魔族領?」


 うーん、エイジ様の一人会議が始まってしまいました。

 なんとか話題をそらしましょう。


「エイジ様、あそこに紅色の花が咲いているのが見えますか?」

「ん? ああ、見えるけどどうかしたか?」

「エイジ様の大好きな姫百合ですよ」

「言葉少なく話した俺が悪かったああああああああああ」


 猫の体を上手に使って丸まってしまいました。

 大分新しい体に馴染んでいるように見えます。


「エイジ様の指す百合がどう意味かくらいわかっています。その趣味に関しては自分の力で達成してください。目標のない人生……失礼、猫生は面白くないと思いますよ?」

「女神様の評価基準が面白さに偏ってるうううううううう」


 娯楽の少ない天界の住人ですから。

 効率基準か面白さ基準で動いている神がほとんどです。


「待てよ? 魔族領にも人型の女の子はいるよな……? もしかして人外っ子の百合を見るチャンスなのでは……?」


 そして、私は念話が通じたまま自分の世界に入ってしまった、性癖を拗らせている灰色の小動物を眺めて楽しむのでした。




* * * * *




 美しい6枚弁の赤い花が天に向けて咲く深い森。


「んにゃああああああああああああ!」

(意志の疎通を望んだけど植物の愛情表現まで理解できるようになるとか聞いてねええええええ!)


 今日も一匹の猫の可愛らしい鳴き声が森中にこだまするのであった。

 最後まで読んでいただきありがとうございました。

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[良い点] 姫百合の雑誌のくだりで、ぐっと感情移入しました。死んだあとでも、知られたくないことってありますよね……。 転生後が、とっても可愛かったです! [一言] 冬の童話祭から、こちらにお邪魔しまし…
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