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新年パーティー

 僕がティノ達のお墓を建ててから一夜明け、今日はお城で新年のパーティーが開かれる予定だ。

 聞いた話では、公侯伯以上らしい貴族の方達が国王様に新年最初のご挨拶をするべく各地から集まられるのだという。招待状も既に出されていらっしゃるとのことだった。

 そのため朝からお城の、特にメイドの皆さんや料理人の方達は、大変忙しそうにされていて、お城中が騒がしかった。

 お昼前ごろから夜中にかけて行われる予定らしいので、魔法の授業も今日はお休みで、僕は図書室に籠って勉強をしていようと思ったのだけれど。


「ユースティア! ユースティア!」


「どこへ行かれたのかしら?」


「お城の塀を越えてはいないはずだけど‥‥‥」


 扉の向こうを、僕を探していらっしゃるらしいメイドさんのものと思われる慌ただしい音が過ぎ去ってゆく。

 音が聞こえなくなるのを待って、僕は本の端から少し頭をのぞかせて、小さく溜息をついた。


「で? まだナセリア様に話してないの?」


 新年早々からお城に出勤されていらっしゃるミラさんが、呆れていらっしゃるような、心配していらしゃるような、そんな顔で僕を見つめられる。


「何をでしょうか?」


「とぼけても無意味だというのは分かっているわよね?」


 話というのはもちろん、ティノ達、それからシナーリアさんやシーリーさんの事だ。

 ナセリア様も、ミラさんも、僕の事を思ってそのように言ってくださっているのは分かるのだけれど、中々タイミングが計り辛いというか、忙しく時間も取れずにいる。

 それに、ナセリア様や、このお城にいらっしゃるような方に聴かせて良い話なのかどうかも判断しかねていた。

 言い訳しているように聞こえるかもしれないけれど、決してそんなつもりは‥‥‥ない。多分。

 何もしていない僕が言っても何の説得力もないだろうけれど、王侯貴族の方々がああいった場所にお顔を見せられることはない。今後もないのかどうかは分からないので、絶対とは言い切ることが出来ないけれど、少なくとも、僕は数年以上はあの街で過ごしていて––季節の移り変わりからの大よその推測でしかないけれど––、あの路地裏で、そのような煌びやかな方々にお会いしたことは1度もない。

 お城で働かせていただいて分かってきたのだけれど、王家の、そしてお城に仕えていらっしゃる方も、何もしていないわけではない。国王様や王妃様は毎日毎日執務室に籠っていらっしゃるし、ナセリア様達、姫様、若様方も、それこそ色々な勉強をなさっている。

 あの頃は、そんなことは夢物語以前の話で、きっと天の上にいらっしゃる方のような暮らしをしているのだろうと、少し考えたこともあったけれど、いずれにせよ、僕たちにとってはいても居なくても大して変わらない存在だった。

 自分で変わろうとしない限り変わることは出来ない、とか、ひたむきに真面目に頑張っていれば最後には笑っていられる、なんていうのは、間違ってはいないのかもしれないけれど、実際にはその最後なんて迎えることが出来ずに終わってしまうことの方が多いだろう。


「僕が話してはどうしても愚痴、ではないですけれど、そういった感情を全くなく話しきることが出来るかと言われれば、あまり自信が持てませんから」


「それなら嘆願書でも出せばいいんじゃない? 気が引けるというのであれば、私の名義で出してもいいけれど?」


 お城で働いている方ならば誰でも、実際にはお城で働いていなくてもリーベルフィアに住んでいれば、国王様への直奏を許可されてはいる。

 大抵は、そういった問題は監査の段階で担当部署に回されて、国王様が直接ご覧になることは少ないらしいのだけれど。

 そうでなくとも、国王様、王家への直奏など、普通の人には考えられないことだ。考えたところで実行する勇気を持つことは出来ないだろう。貴族の方ならまだ可能性はあるのかもしれないけれど、むしろ、相談事ではないのかもしれないけれど、そういった不満を抱えていらっしゃる層には、爵位をお持ちではない方々の方が多いだろう。

 ミラさんは優し気に微笑まれると、ふんわりと組まれた手に整った顎を乗せられて、子供を見るような目で––実際、僕は彼女から見れば子供だ––僕を見つめられた。


「夫も子供もいるから身体は貸してあげられないけれど、知恵や名前や、勇気づけるくらいはしてあげられるわよ」


 冗談めかしておっしゃられたけれど、目の奥に宿る光は本当にこちらを心配しているものだった。


「お心遣い、感謝いたします。もし、何かありましたら、そのときはよろしくお願いいたします」


「分かったわ」


 えぇっと、僕としては断ったつもりだったのだけれど、意図しての事なのだろうけれど、ミラさんはどうも僕を逃がしてくださるおつもりはないらしかった。

 

「えっと、ミラさ––」


「こちらにいらっしゃったのですか、ユースティア様」


 言いかけたところで、衣装係のメイドの皆様方が図書室へ入っていらした。

 図書室の壁には「お静かに」という張り紙もしてあるのだけれど、あまり、それは上手く機能していないようだった。少なくとも今この時は。


「あの、僕は以前にいただいたものがありますから」


 自分でサイズを合わせているから新調せずともサイズ的には問題ないはずなのだけれど。


「いいえ、そうは参りません」


「せっかく今日のために新調したのです。すでに出来上がっていて、あとは裾の丈を調整するだけです」


「こうしてきていただくことが喜びなのです。私どもの楽しみを奪わないでください」


 さあ参りましょうと春の陽気のような足取りで進まれるメイドさんたちに腕をとられ、あれよあれよという間に引きずられる。

 ミラさんへ視線で助けを呼び掛けてもみたけれど、笑顔で手を振られてしまった。


「さあ、もう時間もないのですから」


「御覚悟をお決めください」


「こちらですよ」


 合わせられた衣装は、調整など不要なくらいに僕にぴったりのサイズで、衣装係のメイドの皆様はとても誇らしげにされていた。


「まあ素敵」


「ユースティア様は私共にあまり衣服を任せてはくださいませんからね」


 褒めていてくださったのかと思ったら、急に非難されていらしゃるような、じとっとした視線を向けられた。

 お姉様方の、今日の衣装係のメイドの皆様のお仕事は存じ上げているし、腕も、王宮に雇われるだけのことはある、それは素晴らしい方達なのだけれど、どうにも自分のことを他人に任せるというのに慣れない。

 当日に合わせるというのもいかがなものかと思ったけれど、僕が気にしても仕方はないし、実際にサイズもあらかじめ測っていたのではないかというくらいぴったりだった。


「では、本日はそれでお願いいたしますね」


 白いシャツと黒いズボン、そして上から黒いタキシードを着せられて、あとはよろしくお願いしますと衣装部屋から放り出されてしまった。


「あら、ユースティア」


 暇になってしまったので図書室へ戻ろうと思っていたところ、ナセリア様とフィリエ様、ミスティカ様がこちらへ歩いていらっしゃった。


「今日は一段と素敵じゃない、そう思うわよね、お姉様」


「‥‥‥ええ。‥‥‥とてもよく似合っています」


 ナセリア様は眩しそうに僕の顔を見上げられると、急にふいっとお顔を逸らされて、足早に衣装部屋へ向かわれた。

 フィリエ様が、待って、お姉様、と楽しそうに追いかけて行かれ、ミスティカ様がその後をゆっくりと走ってゆかれるのを見送った後、僕はまた図書室へ向かって歩き出した。

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