お墓を建てる 2
リーベルフィアの南端では、雪などすっかり融けていて、春の到来を予感させる緑の小さな芽があちらこちらに顔を見せていた。もう少しすれば、たくさんの緑と、色とりどりの花々が、この地を鮮やかに彩るのだろう。この地にお眠りなっていらっしゃる方々に安らかな眠りをという気持ちが込められているのかもしれない。
星の形の国土の丁度へこみの部分を境にしていくつも並べられた石碑の前には、花束が添えてあり、風に吹かれて花びらが綺麗に舞っていた。
石碑は奥の方から並べられているので、必然的に僕が新しく建てる物は最も手前に置かれることになる。
出来るだけ綺麗なものをと思って、透き通った、きらきらしているものを持ってきたのだけれど、周りにあるものはそうではなく、灰色の石を加工してあったり、白や黒に塗るか染めるかしてあったり、僕がいただいてきた鉱石とは大分毛色の違うものだった。
「大丈夫大丈夫。形や色じゃなくて気持ちが重要なんだ、きっと」
そう自分に言い聞かせながら、地面に生えている草を丁寧に抜き取り、一番手前の真ん中に7つの石を並べて綺麗に整える。まだ名前を入れていないので仮置きだけれど、他のものと比べてみすぼらしいとは思わなかった。
他の方のものを見れば、数字が彫られていて、おそらくは生まれた日と亡くなった日の事なのだろうけれど、それらを知らない僕には彫ることは出来ない。
場所を決めると、1つを残して他のものをとりあえず収納し、最初の石の加工に入る。
もちろん彫るための言葉はリーベルフィアのものではない、最初にいたところのものと、次にいたところのものだ。
最初の街に関しては、色々と働かせていただいている間に、文字の読み書きくらいは覚えさせられたし、そうでなければ使ってくれるところは少なかった。
次の、シナーリアさんと一緒にいたハストゥルムのシーリーさんの分に関しては、奴隷という仕事場に連れて行かれる際に、たくさんの本を読ませていただけたので、翻訳の魔法もあって、違う言葉を覚えるのに苦労したりはしなかった。
ただ、それらの言葉は、リーベルフィアに来てから調べたり、学んだりしたこの世界の言語にはないものなので、他の方にどう思われるのかは分からない。
人の目なんて気にしないと、僕自身は思うけれど、ティノ達のお墓を貶められたリされるような真似をされるわけにはいかない。
まあでも、他の人のお墓なんて見たりはしないだろうから、多分大丈夫だろう。異端のものが迫害されるのは常だけれど、この場所でそのような行為に出るような方はいないだろう。
骨も、遺品も、何もない、本当に形だけのものだけれど、込めた思いは変わらない。
いや、遺品と言えるのかどうか微妙だけれど––何せ本人に渡っていない––物ならばある。
最後に服の切れ端を取り出す。急に現れた––引き寄せられた––ものなので、急に消えたりしていないか心配だったけれど、それはたしかに存在していた。
死んだらそれで終わり。後には何もない。骨が残るくらいだけれど、皆の骨はここにはない。
宗教なんて信じてはいないけれど、皆が安らげるのであれば、優しい世界に行けるというのであれば、僕の心構えなどいくらだって捻じ曲げる。
––ユースティア。
それは僕が作り出した幻覚だったのかもしれないけれど、幻視でも、幻聴でも、何でもいいと思った。
––私の言葉に縛られなくていいって言ったのに。
ふわふわゆらゆらとしたティノは僕の前でそう言ってため息をついてみせた後、優し気に目を細めて笑顔を浮かべた。
––あんなに勝手なお別れだったから、悪いとは思っていたけれど、それでもやっぱり気にし過ぎよ。あ、もちろん、死んで欲しいなんて、まったく思ってないからね。
ティノは色々言ってくれるけれど、それは、何というか、僕の耳に届いているのではなく、念話を使っているような感覚だった。ティノ達は魔法を使えなかったから、そんなことはあり得るはずがないのだけれど。
––とにかく‥‥‥まあ、そんなことはどうでもいいから、私たちの事を思い出して泣くのはこれで最後よ、ユースティア。
あなたはもっと先へ進みなさいと、ティノの指さす方を、後ろを振り向くと、誰かが隠れているような、隠蔽の系統の魔法を使っていらっしゃるのが分かった。
悟られるようでは隠蔽の魔法として成り立たないのではと思ったけれど、それは多分ティノが教えてくれたから、そこにいることが分かってしまえば、隠蔽や迷彩などの魔法は効力が落ちる。
前を向くとティノの影はもういなくなっていて、綺麗な青空と、その下では海がきらきらと輝いていた。この場所にお墓が建てられるのは、せめて亡くなられた方にもこの綺麗な景色を見せて差し上げたいという思いが込められているのかもしれない。ティノの影が現れたように、他の方も似たようなことがあるのかもしれないし。
「隠れていらっしゃらずとも、気にしたりはしませんよ」
お声をかけると、申し訳なさそうなお顔をされたナセリア様がゆっくりと姿を現された。
黒いドレスに黒い手袋をされていて、お尋ねしたところ、亡くなった方のお参りにはこのお召し物を切られるのだという事だった。
「この方達は‥‥‥」
ナセリア様はお墓の石の前にしゃがみこまれると、おそらく翻訳の魔法をお使いになられた。この世界の言葉であれば、数十と話されるナセリア様だけれど、流石にこの世界に存在していない言語を読み取られることは出来ないだろう。初見では。
「わ、僕の‥‥‥そう、家族、です‥‥‥」
家族『だった』と口にするのには抵抗があり、そう答えた。
ナセリア様は「そうですか」とだけおっしゃられ、しばらくそのままの姿勢でいらした。
しばらくすると、立ち上がって振り向かれ、
「ユースティアは、もう良いのですか?」
「はい。また来ようと思います」
ナセリア様は、何か僕に聴きたいことでもあるかのように、口を開きかえられ、また閉じられ、こちらに手を伸ばされようとして、躊躇されているご様子だった。
「ナセリア様もまたいらしてくださいますか。その方がティノ達も喜ぶと思いますので」
ゆらゆらとしたティノの影が脳裏に浮かんだ。
「はい‥‥‥。あの、その」
「よろしければ聞いてくださいますか。ティノ達、僕の家族の話を」
他人に話すようなことではないと思っていたし、話すつもりもなかったけれど、寂しそうな、ぎゅっと何かに耐えていらっしゃるようなナセリア様のお顔をみていたら、自然と言葉が口を出ていた。
「ユースティア、私––」
「お気になさらないでください。僕がそうしたいと思っただけですから。もちろん、ナセリア様が––」
「––話してくださいますか?」
聞きたいと思われないのでしたらお話し致しませんが、と続けようとしたところで、ナセリア様が言葉を挟まれた。
「私も、ユースティアの話を聞きたいです」
「ありがとうございます」
それから僕たちは一緒にお城へ戻るために飛び出そうとしたのだけれど、
「ナセリア様。もしかして、お1人でこちらまでいらしたのですか?」
僕の声が少し尖っているのを感じられたのか、ナセリア様は少し肩を揺らされた。
「まさか、どなたにもお話になっていらっしゃらないということは‥‥‥」
ナセリア様は僕の問いかけにお答えにならず、それ以上の追及を避けられるように、空へ飛び立たれた。