年を明けて
当然だけれど、僕たちがお城へ戻った時には新年のパーティーの準備などはすでに終了していて、僕に手伝えることは何も残っていなかった。
夜も更け、外は真っ暗だというのにもかかわらず、まだ働いていらっしゃる方はいたけれど、どこへ行って手伝おうとしても、ここは大丈夫ですからと遠慮されてしまった。
もちろん、僕も色々出来ることはあるけれど、本職の方に技術で上を行くことが出来るとは思わないので、大丈夫だと言われれば大人しく引き下がるしかない。下手に手を出して邪魔をしてはいけないだろうから。
床も、壁も、窓も、明かりも、塵1つ残さずにぴかぴかに磨かれていて、新たに埃が積もっている様子でもない。
夜中に洗濯物を干してあるはずもなく、シーツも、布団も、全てアイロンがけまで終わっている。
こんな時間に食事など必要ないし、夜警の方が見回りもされているので、僕が外に出ることもない。
仕方ないので僕は大人しく眠りにつくことにした。
部屋で勉強でもしたかったけれど、音楽祭関連のことが始まる前に、図書室から借りてきていた本は全て返却してしまっているので、鍵がかかっている図書室に入ることが出来ない以上、それらの本を読むことは出来ない。
朝になればまた忙しくなるのだし、やるべきことも、やりたいことも、色々できた。
思い立った今日から始めようかと思っていたけれど、また、ユニスやナセリア様に見とがめられて、強制的に休みをとらされるようでは意味がない。
浄化の魔法でも良かったけれど、気分を一新させるという意味でも、浴場をお借りして、さっぱりさせていただいた後、部屋に戻ってベッドに横になった。
◇ ◇ ◇
翌朝、いつも通り太陽が昇る少し前に目が覚め、鍛錬のために庭に出る。
新年のパーティーのために庭も飾り付けられていて、何となく躊躇われたけれど、どなたも来られなさそうな、裏の庭の隅でいつものように汗を流す。
学問の方は本があった方がはかどるけれど、身体を鍛えるのには自分の身1つあれば事足りる。
小鳥たちが朝の挨拶を交わすころに、僕はお城を出て、外に走りに向かった。
もちろん、お城の庭も広く、それだけでも事足りるのだけれど、やはり景色が変わった方が気持ちがいい。色々と勉強するとも決めたのだし、お城ではない、一般的なリーベルフィアの朝を見て回るのも悪くはないのかもしれない。
僕自身も鍛えているし、今は1人で別に気負う必要もないということから、特にあてどもなく音を消しながら走っていると、上空からこちらを見つけて近づいて来る気配が感じられた。
「おはようございます、ルルーウィルリ様、リンデンブルムさん」
僕の前にいらっしゃったおふたりは、形態を変化させられ、昨日と同じ、人の姿をとられた。
「なに、今年も同胞を見送りに行く途中、ちとお前を見かけたものでな、少し寄っただけじゃ。畏まる必要もない」
ルルーウィルリ様の視線が海の方へと向けられる。
ご同胞と言われ、気配を伺ってみたものの、ルルーウィルリ様と同等と思われる方の––竜の––気配は感じられなかった。
「見送ると言うても、祖霊の話じゃ。ここにはおらん。そのように警戒する必要はないぞ」
「我々には人など一部の種のように墓を作る習慣はありませんので」
お墓か。
死んでいった方を供養するためのもので、普通は作るものらしい。教会の近くにも墓地が存在している。
神の御許に召されるなどという戯言を、誰が信じていようとも、僕は信じてはいなかったし、これからも信じることなどないのだろうけれど、僕ではなく、死んでいった方に必要だというのであれば、本当は作ってあげるべきなのかもしれない。
たとえ何も残っていなくても。
「どうかしたのか?」
しばらくの間、1人で考え込んでしまっていたらしい。
急に話し相手が黙り込んでしまったルルーウィルリ様が僕の顔を覗き込んでおられた。
「いえ、なんでもありません」
「そうか。では、我等はもう行く。またな、ユースティア」
一礼されたリンデンブルムさんに習い、僕も深く頭を下げる。
後ろ姿を見送った後、僕は目的地を変更して、オランネルト鉱山の方へと向かった。
まさか、新年最初の朝早くから働いていらっしゃる方はいるはずもなく、採掘を依頼されているような冒険者の方もお見受けできなかった。
オランネルト鉱山は誰の所有というわけではないらしく、限度を考えていれば誰が採掘しても良いという、要するに国の所有のものだった。もともと自然のものを誰の所有というのもおかしな話ではあるけれど、それを言えば国家など成り立たなくなる。
鉱山夫の方のように慣れていなければ採掘は難しいし大変だという理由で、普段、普通の人が近付くようなことはないのだということだけれど、幸か不幸か、僕には多少と言えど、採掘に関する知識はある。
誰もいない静かな坑道を速足で抜けて、最初のたまり場と思われる場所まで辿り着く。
そこからも幾本かの道は掘られていたけれど、この場所でもまだ埋まっている鉱物は感じられた。
僕は土を掘り返し、地中深くに埋まっていた適当な大きさの鉱石を拝借させていただいた。
採掘の作業をしていたことはあっても、それらを売ったことのない僕にはどれ程の値打ちがあるのか分からなかった。しかし、きらきらと光っているし、何だか以前働いていた鉱山で監視をしていた彼らが喜んでいたようなものに近かったため、情報の元はひどく気に入らなかったけれど、それらを収納すると元来た道を引き返した。
「おはようございます」
帰り際、外との出入り口でこれから仕事でもなさるのだろうかという格好をされた方達とすれ違った。
何だか不思議そうな、珍妙なものでも見るようなお顔をされていたけれど、特に気にせずに一直線にお城へ向かって飛び出した。
たしかに彼らの仕事をとってしまったことは忍びないけれど、市場に出回っているものを手に入れるにはお金がかかるし、やっぱり自分で手に入れたかった。そもそも、今、市場は開いていないだろう。
すでに朝日は昇っていて、お城へ近づくと障壁が展開されているのが感じられた。おそらく、ナセリア様がお稽古をなさっているのだろう。
「ユースティア、お出かけしていたのですか?」
果たしてその通りであり、先程まで僕が訓練していたところでは、ナセリア様がヴァイオリンを携えていらした。
ナセリア様の傍に着地すると、膝をつき、挨拶をする。
「はい。少し思うところがありまして。ところで、ナセリア様。国王様に謁見するご許可は、いつ頃であればいただけますでしょうか?」
朝早くからお目通りを願うのは失礼と思ったけれど、おそらく、パーティーなどもあるのだし、お忙しい国王様にお時間がそれほどあるとも思えない。
「父との謁見でしたら、今から私が案内します」
ナセリア様はそうおっしゃられると、ついてきてくださいと、ヴァイオリンを仕舞われてしまった。
「どうしたのですか?」
「いえナセリア様のお時間をいただくわけには‥‥‥」
ナセリア様は振り向かれると、少し拗ねていらっしゃるように、みせられていた。
「私がそうしたいと思っただけです。いけませんか?」
「いえ、決して、そのようなことはございません」
僕は黙ってナセリア様の後ろについて歩いた。