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音楽祭 5

 音楽祭が無事に終了し、未だ余韻の残る音楽ホールを後にした僕たちは、お城へと向かう馬車に揺られていた。

 陽はとっくに落ちていて、辺りは暗く、1年も残すところ数時間となっているけれど、日が明ければお城で新年を祝うパーティーが開催されるのだという。もちろん、その翌日のミスティカ様のお誕生日とは別にだ。

 ナセリア様の演奏が終わった後、帰り際にアルトルゼン様とクローディア様は、ルルーウィルリ様、リンデンブルムさんと再びお顔を合わせられた。

 いくらお城の所有されている馬車と言えども、全員が乗るには人数が多すぎたため、国王様と王妃様、ルルーウィルリ様とリンデンブルムさんが同じ馬車に乗られて、僕は護衛も兼ねて姫様方と同じ馬車に乗せていただいた。

 レガール様は眠たそうに目を擦っていらしたので、王妃様が抱いてゆかれたため、僕たちの馬車には僕を含めて5人が乗車していたけれど、子供だけだということもあってか、それとも馬車が大きかったのか、狭さを感じたりはしなかった。


「それでは、夜中の間も走られるというのですか?」


 馬車が走り出してすぐ、フィリエ様が教えてくださった。

 明日の朝に間に合わせるためには仕方がないのだろうけれど、国王様と王妃様もいらっしゃるというのに、それはどうなのだろう。

 たしかに馬車は平時、学院へ行くときに使用したものよりも少し大きく感じられる。

 しかし、それだけ重量も増すという事であり、間に合わせるためには余計に急がなくてはならなくなる。


「それが私たちの務めですから」


 ナセリア様は少し眠たげに瞼をかかれながら、こくりこくりと首を上下させていらっしゃる。

 朝早くから、これほど夜中まで、演奏までこなされながら、翌朝からはまたパーティーの準備。国王様と王妃様に至っては、戻られてからも、音楽祭やその他の催しごとの事後報告書へ目を通され、新年の書類にまで手を付けられるのだという。

 眠気を忘れて活動できるようにする魔法を使い、無理やり起きていた僕が言うことではないのかもしれないけれど、そのような無茶ばかりなさっていてはお身体に障るのではないだろうか。


「大丈夫よ。新年のパーティーの衣装合わせはもう済んでいるけれど、一応それの確認もしなくちゃならないし、仕立ての人達だって、会場の準備をしている人達だって、私たちが帰るのを起きて待っているのよ。上に立つべき私たちが寝ていてなんていられないわ」


 だから余計に皆眠れなくて困っちゃうのよね、とフィリエ様は事も無げに言ってのけられた。

 いや、毎年の事なのだろうけれど、本当に大変そうだ。

 

「だから––」


 なおも続けられようとされたフィリエ様のお口から、小さな可愛らしい欠伸が漏れていた。


「フィリエ様、しばしの間お休みください」


 ナセリア様は、演奏の疲れもあったのだろう、僕がフィリエ様のお話を聞いている間に、すでに眠りにつかれていた。揺れる馬車の中だというのに、しっかりと背筋も伸ばされていて、扉の窓から入って来る星明りに照らされた銀糸のような御髪がさらさらと流れていた。

 僕は隣に座っていらっしゃるナセリア様のお顔にかかった御髪を、失礼致しますと柔らかく払う。

 触れたら壊れてしまいそうな芸術品のような銀の御髪は、今日1日の疲れなど感じさせないほどにしなやかで美しかった。

 お腹が空いて寝られないかも、とおっしゃっておられたフィリエ様も、数分後には、隣に座っていらっしゃるミスティカ様とそっくりの寝顔を浮かべられた。


「ユースティア」


 馬車の中の棚から取り出された布をフィリエ様とミスティカ様にかけられたエイリオス様が、斜め正面にいる僕へと蒼い瞳を向けられる。


「先程の音楽祭もそうだが、約1年、本当に世話になった。ユースティアから魔法を教えて貰ったこの期間は、今までよりずっと充実していて、私の実力も伸びているのだと実感できている。心から礼を言おう」


 馬車の中なので座ったままで済まないとおっしゃられるので、僕は慌ててそのようなことはございませんと手を振った。


「私の方こそ、本当に感謝しております。このお城で過ごさせていただいた期間は、今までの人生の中でも、本当に輝く、黄金のような日々でした」


 本当に、死んでしまっても構わない、いや、いっそ正当な理由で消えてしまおうかと思いながら過ごしてきた。

 ティノと交わした約束はあれど、燃え尽きるか、やりきってしまえば生ききってしまえるのではないかと思いながら生きてきた。

 あわよくば、どうしようもなかったと言い訳をして、あれしかなかったのだと自分に言い聞かせながら、死んでしまうことが出来れば楽なのではないかと考えていた。

 けれど、あの街を逃げ出し、ハストゥルムを捨て、辿り着いた、辿り着いてしまったこの場所は、それ程悪くないのではないのかとも思えるようになってきていた。

 今まで不幸や害しかもたらしてこなかった魔法で、たくさんの方に認められている。少しではない笑顔を見ることが出来ている。それは自惚れではないだろう。


「それは私たちの力ではない。ユースティアが自分自身で手に入れたものだ。何があったのかは知らないが、無理に聞き出そうとは思わない。何があろうとも、ユースティアが私たちに魔法を教えてくれて、感謝しているのだという事実と気持ちは変わらない」


 そこまでおっしゃられると、エイリオス様は少し照れたように頬を染められて、横を向いて目を閉じられ、首が痛くなると思われたのか、また正面を向かれた。

 こんな風に真っ直ぐな感謝、それも大きな感謝を向けられたことはなかった。その気持ちにこたえるためにも、より一層、僕自身も勉強に励まなくてはいけない。

 とりあえず、音楽の事から始めてみよう。

 他にも、学術書にも目を通そう。

 お城の書庫からおすすめの本をミラさんに教えていただこう。

 姫様方に魔法をお教えするのに、相応しい人物にならなくてはならない。

 決意を新たに、周囲の警戒を怠らないように、僕も目を閉じた。

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