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音楽祭 2

 音楽祭自体はお昼頃から始まるのだけれど、1年の最後ということもあり、お城から広場、そして音楽ホールへの街道沿いは多くの人で賑わっていた。

 もちろん、たとえナセリア様がご演奏なさるのだとしても、全員が音楽ホールへ向かわれるわけではないだろう。

 音楽ホールのすぐ近くには、学院の他に闘技場もあり、そちらでは興行的な試合も行われているらしく、道の脇に習う看板や広告の数々と、熱狂していらっしゃる方々の怒号のような声援がその白熱ぶりを表現している。

 遠くに声を届けるために使われる魔道具が使われるらしく、司会と思われる方の実況が––何を言っているのかは分からなかったけれど––馬車まで響いてきていた。

 外はこれだけ騒がしいけれど、音楽ホールには防音に作られた壁と、遮音障壁が展開されるらしいので、演奏に支障は出ないのだということだ。


「いい匂いね」


 音楽ホールに到着し、馬車を降りると、近くで屋台でも出しているのだろうか、香ばしい匂いが漂ってきた。

 ずっと馬車に乗られていただけだったのだけれど、鼻孔をくすぐる美味しそうなお肉の匂いの前にはあまり関係がないらしかった。

 あまりそういった屋台へ近づくと、せっかくの服に香りが移ってしまうかもしれない。

 もちろん、ナセリア様が本番で着られる衣装はまだ収納されていらして、今は普段のドレス姿だけれど、フィリエ様は演奏なさらないのだし、着替えるための服も持って来てはいらっしゃらないのではないだろうか。


「何言ってるのよ。浄化の魔法があるじゃない」


 フィリエ様はそうおっしゃると、得意気にドレスのポケットから小さな布の袋を取り出された。


「見て。今回はちゃんと事前に金貨じゃない‥‥‥そう、銀貨と銅貨を用意してきたのよ」


 前回の感謝祭でのリベンジをなさりたいのか、フィリエ様は指で小銀貨を2枚ほど摘まれると、素敵な笑顔を浮かべてこちらを振り向かれた。


「ユースティアはそこで見ていて。あたしだって買い物くらいちゃんと出来るってところを見せてあげる」


 フィリエ様が向かった先では、輪投げは流石になかったけれど、苺のパイがひと口サイズに切り売りされていた。パイの上に盛られたカスタードクリームの上に、てかてかに光る苺が綺麗に飾り付けられている。


「パイを6切れ貰えるかしら?」


 フィリエ様が小銀貨を差し出されると、店主の男性は驚いたかのように大きく目を見開かれ、それから僕たちの事を確認されて、パクパクと口を動かされたけれど、大変慌てられたご様子で、パイを6切れ、紙に包まれた。


「お、お、お待たせいたしました」


「ありがと」


 フィリエ様はパイを1つ1つ受け取られ、それを後ろにいる僕たちに手渡しでくださった。


「ま、またのお越しをお待ち申し上げております」


 店主さんにお礼を言われ、得意満面のお顔で僕たちのところへ戻ってこられた。


「どう? 私にだって買い物くらいできるのよ」


「ご立派でした、フィリエ様」


 フィリエ様が買っていらしたパイが5切れではなく6切れだったのは、僕の分が1切れ含まれているからだった。

 

「遠慮しなくていいのよ。いつも魔法を教えて貰ってる感謝の気持ちだから」


 お給料はきちんと、過剰なくらいにいただいているのだけれど、フィリエ様が僕に向けてくださったお気持ちが嬉しかった。

 ありがたくいただかせていただいた苺のパイは、サクサクの生地と、甘すぎないカスタードクリームが絶妙にマッチしていて、とても美味しかった。


(ユースティア殿)


 食べ終えたところで魔法師団の方から念話が届いた。

 僕が姫様方の警護をしているのと同じように、魔法師団の皆さんも、音楽ホールだけではなく、イベントが催されている各会場に騎士団の方々と一緒に警備として出向かれている。


(海岸、ミシルーラ海岸の方ですが、少々問題が発生しております)


 リーベルフィアで海岸と言えるのは2つ。星型の国土の南端に出ている、風車小屋のある地を境にして分かれている、西側のリリエティス川が流れ込む、リディアン帝国側のフロリアーヌ海岸。こちらはビーチとしても利用されている。

 そして東側の、ラノリトン公国の西端と一部共有されているミシルーラ海岸は、漁業や港としての利用が主な役割となっている。

 どちらも国境近くということもあってか、ギルドが近くにあるはずだけれど、今日は人も少ないのかもしれない。


(分かりました。姫様方を会場にお連れし次第、すぐにそちらへ向かいます。どれ程猶予はありそうですか?)


(今のところは被害などがすぐに出るとは思えませんが、何やら良くない空気が広がりつつあります。そうですね‥‥‥召喚魔法のような感じではあるのですが、こう、嫌な感じがすると申しますか‥‥‥)


 魔法師にとって魔法に必要なのは感じられることだ。その力が優秀なほど、魔法師としても優秀ということになる。ナセリア様だって、人一倍感じられやすい方なので、魔法の方もとても優秀でいらっしゃる。

 その、リーベルフィアでもお城に仕える魔法師団にもなろうという方が感じていらっしゃる嫌な感じというのは、結構な信憑性がある。


(承知いたしました。出来る限り早くに向かいます)


(お待ちしております)


 念話を切り上げると、パイを、味わいながらも、口の中へと頬り込み、まだ食べていらっしゃるご様子の姫様方へお声をかける。


「姫様、若様。そろそろ、ナセリア様は準備もございましょうから、中へ参りましょう。他の方の演奏をお聞きになるのもよろしいのではないかと」


 ナセリア様とエイリオス様はすぐに頷かれ、何もおっしゃられなかったけれど、フィリエ様はそうではなかった。


「何かあったの?」


 その言葉に、周囲にいた方がこちらへ注目されるのが分かった。

 元々注目はされていたのだけれど、その視線とは違う、わずかに不安を含んだものだ。


「フィリエ」


 エイリオス様に窘められて、フィリエ様は慌てられたご様子で周りに笑顔を振りまかれたけれど、微妙な雰囲気が完全に払拭されたとは言い難かった。


「見て」


 服の裾を引っ張られて振り返ると、ミスティカ様がポケットの内側から、若干はみ出していた木製の小鳥を取り出された。

 僕が少し早いお誕生日などのお祝いに贈らせていただいたものだ。


「お母様に少し教えて貰ったの」


 ミスティカ様が手を開くと、小鳥がパタパタと羽ばたきながら、ぎこちなくはあったけれど、僕たちの周りをくるくると飛び回った。


「何だ? どうしたんだ?」


「姫様が何か芸をお見せになっているらしいぞ」


「すごーい。あの小鳥、木で出来ているのよね。どうなっているのかしら」


 ミスティカ様が手の中へ小鳥を戻されて、ナセリア様の陰に隠れられると、周りから喝采が上がった。


「ミスティカ様、ありがとうございます。それでは、私が王妃様のところまでお連れいたしますので」


 観客の、その場にいらした国民の方の中からは、どこで買ったのだろう、などという声も聞こえてきてはいたけれど、すみません、売り物ではないのです。

 もちろん、需要があるというのであれば、作り方を教えるか、生産することは可能だけれど、魔力がなければ動かないので、国民の方全員に納得していただけるものをお届けできるかどうかは分からなかった。



 

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