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音楽祭に向けて 5

 途中ふらついて、墜落してしまいそうになりながらも、何とか僕はお城まで帰り着いた。

 完全に夜中過ぎの時間帯で、夜警の騎士の方以外がお休みになられているのはありがたかった。

 国王様、王妃様も、明日––正確には今日の音楽祭に出向かれるため、すでにお休みになられていらっしゃるということで、僕はそのまま僕に宛がわれている部屋へと戻ると、浄化の魔法を使用したところで力尽き、倒れ込むようにして床に突っ伏した。

 柔らかい絨毯なので、倒れ込んでもほとんど痛みは感じずに済み、このままの態勢で寝ても何も問題はなさそうだ。そもそも、僕の部屋に備え付けられているベッドは柔らかすぎて、どうにも委縮してしまうというか、逆に寝辛いと感じる時もあった。

 いつもならば必要ないのだけれど、今日、というかここ数日は続けて睡眠時間が少な過ぎたみたいだ。遅延して発動するように音が鳴る魔法をセットして、数時間の後にはきちんと目が覚めるようにと思いながら、そのまま泥のように眠りについた。



 朝、目覚ましの魔法の響く音で目が覚めた。

 睡眠時間は数時間だけれど、身体の調子に特に問題はなく、魔法も普段通りに仕えることは確認できた。


「今日は当日だけれど‥‥‥いや、今更か。とにかく、無事に始まって、無事に終わらせられることだけを考えよう」


 毎日の事なので、朝の鍛錬をこなすために部屋から出ると、丁度ユニスと鉢合わせた。

 ユニスは掃除をしていたようで、水の入ったバケツを運んでいる。


「おはよう、ユースティア。早いのね」


「それはこっちの台詞だと思うけれど。こんな時間からいたことってあったっけ?」


「今日は私が早番なの」


 お城のメイドさん方は交代の当番制で務めているのだという。

 朝早くからいらっしゃる方もいれば、夜中の勤務の方もいらっしゃって、それは日ごとに交代しているのだという事だった。


「そうなんだ。僕は今から朝の訓練に‥‥‥どうかしたの?」


 僕もユニスの問いかけに答えようとしたところで、ユニスがじっと僕の顔を覗き込んできていることに気がついた。


「ユースティア。正直に答えなさい。ここ数日、まともに寝ていないんじゃないの?」


 その瞳は、嘘をついたら許さないわよと雄弁に語っていて、僕は正直に、昨夜の件を話した。


「いや、あの、実は、音楽祭の関係で、ちょっと良くない噂を耳に挟んだものだから‥‥‥。ナセリア様も演奏なさるのだし、不安要素は、わっ」


 ユニスは音を立てずに器用に僕を扉へ押しやると、何だかとても怖い笑顔を浮かべていた。


「ユースティア」


「はい」


「あなた、今日は姫様の護衛と、それから出席なさる方の護衛もするって言ったわよね」


 目を逸らすことも出来ず、そのままただ必死に首を縦に振る。


「その護衛が、寝不足で、ふらふらで、務まるとでも、本当に思っているのかしら?」


 ユニスは僕の手を引っ張りながら、僕のお借りしている部屋へと、お邪魔しますと踏み込んだ。


「いいから寝なさい。大丈夫、時間には私が起こしてあげるし、魔法師団の方には私が説明しておくから」


「で、でも、僕は、朝の鍛錬が」


「却下よ」


 あれよあれよとベッドまで引きずられた僕は、布団の中に放り込まれ、目を瞑らされた。

 

「大丈夫よ、ユースティア。あなたは1人で頑張っていて、それはとても素晴らしいことだとは思うけれど、ここにはたくさんの人が居て、全員が今日の音楽祭の成功を考えているんだから。だから、少しは私たちを信頼して。ね?」


 でも、それだと、皆に迷惑が––


「今無理をして、本番の最中に倒れられる方が迷惑よ。そして、今休まなければ、それは絶対に起こることよ。魔法に関してはあなたの方が遥かに上だけれど、医学、とまではいかないけれど、保健の知識だったら私にだって少しはあるんだから」


 学院で習ったのよ、と、ユニスは誇らしげな笑顔を浮かべた。


「1人で頑張り過ぎないで。あなたが倒れなくても、そんな様子を見たら心配する人が居るのだということを、ちゃんと理解して。分かった?」


「うん。ありがとう、ユニス」


「分かったのなら、今は少し眠りなさい。時間になったら起こしてあげるから」


 そしたらちゃんと朝食も食べるのよ、と、そう呟いたユニスの言葉を最後に、僕の意識は柔らかい枕と布団の中へと落ちていった。



 ◇ ◇ ◇



 何か、じっと見られているような視線を感じて、目を開ける。

 視界に映りこんできたのは、窓から差し込む陽の光を受けてきらきらと輝く、こぼれる銀糸と、月のような金の瞳、大理石みたいに真っ白なお顔と、花びらのようなピンクの小さな唇で––


「––っ、ナセリア様!」


 ベッドの傍らで優し気な瞳をしながら僕の髪の毛をさらさらと撫でていらしたのは、眠ってしまう前に最後に一緒にいたユニスではなく、ナセリア様だった。


「目が覚めましたか、ユースティア」


 ナセリア様は神秘的な金の瞳を眩しそうに細められると、恥ずかしそうに、白磁の頬をわずかに朱に染められた。


「あんまり気持ちよさそうに眠っていたので、起こしてはいけないと思ったのですけれど、つい‥‥‥」


 ナセリア様‥‥‥そうだっ、音楽祭!


「ナセリア様! 今、何時でしょうか!」


 まずい。まさか、僕が起きてこないから、こんなことに––


「落ち着いてください、ユースティア。まだ、音楽祭の開式まで時間はあります」


 そうおっしゃって、ナセリア様はドレスのポケットから小さな金の時計を取り出されると、蓋を開いて僕にも見せてくださった。


「あ、あの、ナセリア様––」


 僕の部屋で一体何を、そう尋ねようと思ったのだけれど、


「どうかしましたか、ユースティア」


 ナセリア様の浮かべられた笑顔を見ていたら、何故だか言うべき言葉を見失ってしまって、中途半端な感じになってしまった。


「いえ、失礼致しました。すぐに準備して参りますので」


「慌てなくとも大丈夫ですよ」


 朝食もしっかり食べてくださいね、とおっしゃられると、ナセリア様は嬉しそうなお顔を浮かべられながら、部屋から出て行かれた。

 何かお気に入ったことでもあったのだろうかと考えたけれど、考えても応えは出なかったので、今日が音楽祭の当日だからご気分も高まっていらっしゃるのだろうと思うことにした。

 やはり、少しは寝た方が体調が良いことは事実で、疲れはほとんどなくなっていた。

 僕が着ていた服を着替えて、浄化の魔法をかけようとしたところで、まるで見計らったかのようにユニスが入ってきて、その服をかっぱらっていった。


「そんな無駄なことに魔法を使ってないで、早く、朝食を食べちゃって。片付かないって、料理長さんたちが呼んでいたわよ」


 それはご迷惑を。

 僕は掃除をするのだというユニスに部屋を追い出される形で、食堂へ向かった。


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