音楽祭に向けて 4
しかし、如何せん気づくのが遅すぎた。
今日はリハーサル、すでにナセリア様を含められた出演者の方の衣装合わせや、各報道への取材もとっくに済まされていて、あとは本番を迎えるだけだという状況で、今更延期などという事態に出来るはずもない。
彼らの本陣を、本当の目的を問いただすことも必要だけれど、何を置いても、まず、国王様のお耳に入れておかなくてはならない。
本当は真偽不確かな状況でご報告するのは控えたいところだけれど、確認していて、間に合わなくなったとしたら取り返しがつかない。それよりは、最初から警戒しておいて、いざ本番では何もなく無事終了しましたという方が、まだ僕1人が方々へ謝るだけで済む可能性もある。
国王様にお伝えするための情報を入手するべく、ギルドへと辿り着いた僕は、いまだ人の残るホールを抜けて受付へと顔を出した。
「夜分遅くに申し訳ありません。出来る限り速やかに知りたい案件があるのですが」
ギルドの夜間勤務の女性の方は、僕––王宮の魔法顧問––が尋ねてきたことにまず驚かれたご様子で、大きな瞳を数度瞬かせていらしたのは、ただ眠かったからということではないだろう。
「はい。私どもにお答えできることでしたら」
しかし、すぐに元の営業スマイルを浮かべられ、優し気な口調でそうおっしゃられた。
「あの、実は、『創成教』を名乗る方達に関することなのですが‥‥‥」
おそらく良くない感じの噂があることないこと言いふらされている団体なのだろうという予想は立っていたので、なるべく声を潜めて、耳元で囁くように告げたのだけれど、どうやら正解だったようだ。
受付の女性の方は、はっと顔を上げられて、素早く辺りを見回された。
「‥‥‥こちらへ」
通された応接室で、入れてくださった紅茶をいただきながらしばらく待っていると、おそらくもう眠りにつかれていたところなのだろうとお見受けできるシルエラさんがあくびをされながら入って来られた。
「なんでこんな夜中に面倒くさい案件を持ち込んでくるんだい」
僕も遭遇したくて遭遇しているわけではない。だから何故と言われても、僕の方が知りたいくらいだと、もしくは存じ上げませんと答えるところなのだろうけれど。
「ああ、気にしないでいいよ。ただの話のとっかかりを掴むための言葉だからね」
シルエラさんは僕の事を真っ直ぐに見つめられると、大きく背もたれに寄りかかられて、深いため息をつかれた。
「創成教ってのはその名の通り、まさに世界に終末をもたらし、そしてそこから新しい世界を自分たちでつくりだそうって連中さ」
シルエラさんが教えてくださった内容は、ユニスが教えてくれた情報と、よく似たもの、というよりもほとんど一緒のものだった。
世界に終末をもたらすって‥‥‥一体何の目的で? 現在のアルトルゼン様の態勢に何らかのご不満があるのだろうか? それとも個人的な感情が集まって‥‥‥?
単純にこの世界が嫌になってしまっただけかもしれない。僕は、運よくナセリア様に拾っていただけたけれど、そんな偶然に誰でもが恵まれるわけではない。
「分かりました。取りあえず、僕が行って話をお聞きしてきます」
僕自身は大した人物ではないけれど、一応いただいている王室魔法顧問の役職名は役に立つこともあるかもしれない。
危険があるかもしれない場所へナセリア様達をお連れするわけにはいかないし、今は準備に専念していていただきたい。
「気をつけて行ってくるんだよ」
ギルドの扉をくぐろうとしたところで後ろからそんな声が掛けられた。
僕とシルエラさんはそれほど、まあ知り合いではあるのかもしれないけれど、心配されるような間柄ではないはずだけれど。
「大人が子供を心配するのは当たり前ってもんさ。そんなことを一々気にするんじゃないよ」
◇ ◇ ◇
シルエラさんにペンをお借りして、国王様へ宛てた書状を一筆窘めてお城へと飛ばした後、僕はギルドの近くを流れるリリエティス川を渡るために架けられた橋のひとつから地下へ行くための道を発見した。
このすぐ北にはオランネルト鉱山があるのだし、坑道の1つや2つあるとは思っていたけれど、空から確認したところ、予想通り複数の入り口を発見した。
おそらく鉱山で働かれていらっしゃる方は一定数いるはずなので、この坑道の片方は街中へと続いているはずで、所々に出入り口らしき蓋があることからも、途中で抜け出すことも簡単なはずだ。
坑道は迷路のように複数の分岐があり、下手をすれば迷いそうだとも思ったけれど、探索や探知の魔法を使えばどうということはなく、透視の魔法を使えば上にある街の様子もうかがうことが出来るため、迷うようなことはない。
真っ暗な坑道の中、僕が作り出している自身の周囲を明るく照らすだけの光と、靴の立てる音だけが響く。
警戒するのであれば消音等の魔法を使った方が良いのかもしれないけれど、あまり無駄に魔力を消耗するのは避けた方が無難だという思いもあり、魔法ではない技術––もしくは体術––だけで、足音を立てないようにしている。
この場には姫様も勿論いらっしゃらないのだし、自分1人であれば、ある程度、どのような手段でもとれると踏んでもいる。
「‥‥‥っは、まずいまずい」
つい歩きながら眠りに落ちそうになってしまった。
そういえば丸1日くらい寝ていないな。そのくらい大丈夫だと思っていたけれど、姫様方の護衛に支障をきたす事態は避けなければならない。
一刻も早く実情を掴み、お祭りの開催までに少しでも眠っておかなくては、完全な態勢での警護は出来ないかもしれない。
いささか反則気味、無理やりではあったけれど、僕は自身に覚醒の魔法を使用して、意識を無理やり覚醒させる。魔力が保つ間は大丈夫だけれど、切れた瞬間に倒れてしまうリスクの高い魔法だ。ゆえに、長くはもたない。
ついでに冷水で顔を洗い、目を覚ます。
よし。取りあえず、動けるようにはなった。
「まだ負の魔力の溜りが少ないな‥‥‥」
「やはり感情の収拾には音楽祭を待つよりないかと‥‥‥」
横に作られた分岐の先からそんな声が聞こえてきた。
おそらくは火でも焚いているのだろう、伸びる影がゆらゆらと揺れている。
「かの魔法顧問のおかげで、この計画も進みはしましたが、国の暮らしがより豊かになってきていることで、以前よりも負の感情の収集の効率が‥‥‥」
僕は息を殺してじっと彼らの会話だけを聞いていた。
水を利用して作った鏡を反射させると、映ったのは、やはりフードを被っている方達だった。
こんなに地下に潜ってまで被らなくてもと思ったけれど、そうはいっても仕方がない。
感情の収集って一体何ことだろうか‥‥‥? どういった方法でそんなことを‥‥‥?
「誰かいるのか」
考え込んでしまって魔法がわずかに疎かになってしまったらしい。
ここで魔法をかけ直したり、音を出したり、動いたりすると、余計に彼らにこちらを疑わせる可能性が出てくる。隠蔽の魔法を併用している関係上、あまり疑われるのはよろしくない。
「‥‥‥気のせいか」
しばらくの無言の時間の後、ようやくこちらから意識は逸らされたらしい。
しかし、おそらくこれ以上この場に留まるのは危険だろう。
僕は急いでその場を後にした。




