音楽祭に向けて 3
幸い、それ程彼らの歩く速度はそれほど速いものではなかったのですぐに追いつくことが出来た。
広場や田畑の方ではなく、東側の商業地域、そして貴族の方のお屋敷や普通の民家のある中を、人目避けるように、暗い方、細い道へと進んで行く。
幻術の魔法、認識を阻害する魔法、隠蔽、迷彩の魔法などを複数用意し、さらに用心のため、建物の屋根の上を走るようにしながら、彼らの頭上を追跡する。
完全に人通りがなくなった辺りで、黒マントの人たちが立ち止まり、手を組んで、何やらぶつぶつと呟き始めたかと思うと、地面に魔法陣が浮かび上がった。
おそらくは隠蔽の魔法で隠してあったのだろう。魔法陣が消えたかと思うと、地面には先程までは見えなかった丸いものが出現していた。
何かと思って、よく見ようと屋根の上から顔を出そうとしたところで、彼らのうちの1人がこちらに気付いているかのように顔を上にあげたため、僕は慌てて首を引っ込めた。
「どうした?」
「‥‥‥いや、何でもない。気のせいだろう」
危なかった。おそらくは結界等、防御のための魔法を使用していなかったために、彼らの魔法の解除の範囲に僕も含まれてしまっていたのだろう。
魔導書を編纂した際、それらの魔法もまとめていたのだけれど、うっかりしていた。
幸い、いくつかの魔法を併用していたおかげかどうかは分からないけれど、完全に気づかれてしまうということにはならずに済んだ。
「しかし、地下に何の用事があるのだろう‥‥‥?」
彼らも『創成教』と名乗っているのだから、何か、御神体的なものか、或いは総本山とまではいかずとも、教会的なものがあるのかもしれない。
ここまで来たのだから、今更引き下がるという選択肢は取れない。
だから、彼らを追いかけて地下へ行くことは決定しているのだけれど‥‥‥
「問題は気付かれるかもしれないってことだよなあ‥‥‥」
彼らが出入り口に使用していて、しかも、わざわざあんな風な入り口の隠蔽をしている以上、侵入者に対する感知機能がないということはまず考えられにくい。
そのこと自体が後ろめたいことをしているという証明なのだけれど、こんなあやふやな証拠だけで強引に引き摺り出すことは出来ない。
透視や盗聴のような真似のできる魔法もあるけれど、どちらにせよ、この結界をどうにかしなくてはならない。
「‥‥‥また遠回りになるけれど、仕方ないか」
彼らに探索魔法を使用することはすでに出来る。
おそらく地下道は入り組んではいても、ひとつに繋がっているはずなので、別の入り口から地下へと降りて、そこからここへ近づくことが、もしかしたら出来るかもしれない。
気づかないうちに、大分日も暮れてきている中、再び屋根の上へと飛び乗って、大通りの方へと跳んで行く。
夜の街はまだちらほらと明かりが灯っていて、夕食の材料などを取り扱っているのだろうお店などは、いまだに営業中だった。
「お待たせしました」
何となく見覚えのあるような居酒屋のような構えの店から、やはり、こちらは確実に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ありがとうございました。またお越しください」
そう声が聞こえたかと思うと、木製の扉が音を立てて開き、軽く酔っぱらっていらっしゃる感じの男性客数人を送り出しに来たユニスが店内から出てきていた。
「あら、ユースティア。どうしたの? もしかして私に会いに来てくれたとか? それともお客様かしら?」
当然だけれど、お城のメイド服ではない、動きやすそうなワンピースにフリルのついた白いエプロンをつけた、晴れやかな笑顔を浮かべたユニスは、すこしばかり驚いたように、目を丸くして僕の方を見つめていた。
ユニスの実家が軽い感じのバーのような店を開いているということは知っていたけれど、今日、ユニスがここで働いているということは知らなかった。いや、もちろん、ユニスの予定をすべて把握しているわけではないから当然なのだけれど。
そういえば、朝お城を出るときには見なかったなということは思い出してきた。
「こんばんわ、ユニス。お誘いはとても嬉しいのだけれど、今は仕事の最中なんだ」
「そう。それじゃあ、うちには寄れないわね。残念」
仕事の最中だということもそうだけれど、きっと僕はお酒を飲めるような年齢にはなっていない。もちろん、あくまで今まであった人の体格と年齢からの推測でしかないけれど。
「ユースティアがお酒を飲める年齢になったら教えてね。きっとうちでもお祝いするから」
誕生日を知らない僕としては、別にお酒くらいいつから飲み始めても構わないのではと思うけれど、せっかくのユニスの笑顔を少しでも曇らせたくはなかったので、曖昧に頷いておいた。
「それで、なんのお仕事なの? 私に手伝えることは何かありそう? 何でも言ってみて」
何でもと言われても。
あ、でも、もしかしたら、こういったギルドとか酒場なんていうところは噂話とか、そういった類の話には事欠かないだろうから、何か知っていることがあるかもしれない。
「あの、危ない話だったら無理に聞き出そうとは思わないのだけれど‥‥‥」
話したことによって何か良くないことが起きてしまうなどという噂でもあるのだったら大丈夫、と断ってから、『創成教』を名乗る集団についての噂話でも何でもなにか知らないかと、ほんの軽いつもりで尋ねてみた。
「『創成教』? うーん、聞いたことないわね」
まあ、地上に何か構えていたりするわけではないし、そもそも彼らの行動は人目を避けているようだったから、ユニスが知らなくても不思議ではなかった。
「ごめんね、力になれなくて」
「ありがとう、ユニス。助かったよ」
情報は得られなかったけれど、元気を貰えた気がした。
気を取り直して、自分の足で探してみようと、再び探索魔法を使用しようとしたところで、
「その話なら聞いたことあるぜ」
「ああ」
「俺も」
ユニスのお家の酒場で飲んでいらっしゃる方が、赤いお顔で、本当何だかそうではないんだか分からないような感じで、
「何でも、ドラゴンがどうたらとか」
「ドラゴンを召喚するのが目的なんじゃなかったかあ?」
「いやいや、目的は終末だとか、作り直すことだとか、何とか」
要領を得ない、あやふやな話を聞かせてくださった。
「ドラゴン? というのは空想上の、物語の存在ではないのですか?」
たしか、お城の書庫や、学院の図書館にも、ドラゴンという生物が登場するお話はいくつかあったと思うけれど。
「いやいや、ドラゴンは実在するよ。実際、ギルドなんかには偶に、討伐したドラゴンを持ってくる奴がいて、英雄のような扱いをされるからなあ」
「ドラゴンの皮や牙で作った、とかっていう武器防具もあるし」
お城の兵士の皆さんの装備は普通の金属のようだったから知らなかったけれど、そんなことがあるのか。この前ギルドを訪れた際にはそんなことを確認するような余裕はなかったし、もし、本当なのだとしたら、早急に確認しておかなくてはならない。
ありえないとは思うけれど、もし、音楽祭に乱入するなどの事態になりでもしたら、大変どころの騒ぎではない。
真に受け過ぎだと言われるかもしれないけれど、一切の油断はしない。
「ユニス。僕は少し確認したいことが出来てしまったから、行ってくるね」
せっかくの機会だったけれど、もし、本当にその『終末教』を名乗る彼らの目的が、そんなことなのだとしたら、阻止、もしくは対抗手段があるのであれば、探し出さなくてはならない。
「行ってらっしゃい。またお城でね」
ユニスに笑顔で見送られて、暖かな雰囲気の酒場から、僕は夜の闇の中へとギルドへ向かって飛びだした。