音楽祭に向けて
いよいよ冬も終わりが近付き、もうすぐ音楽祭が開かれる。
ユニスや、他のお城に勤めていらっしゃる方にもお伺いしたところ、1年の締めくくり、その年の最後に開かれるお祭りである音楽祭は、伝統行事で、風物詩で、そして何より、やっぱりお祭りなのだという事だった。
1年の終わりというのは、どこの国でも忙しいもののようで、他国からの観客の方がいらっしゃることはほとんどないという事だったけれど、ナセリア様もご演奏なさる舞台を––もちろんたくさんの方が演奏なさる舞台を––ぶち壊しにさせるわけにはいかない。
そんな、わざわざ台無しにしようなどという意志を持っていらっしゃる方はもしかしたらいないのかもしれないけれど、ナセリア様達、王女様、王子様方のいわゆる教師的な立場にいる僕としても、晴れ舞台を成功させられるように全力を尽くすつもりだ。
警備の確認も兼ねて、僕たちは、何かあった時のためにお城に残られる方を除いて、魔法師団の皆さんと、騎士の皆さんと一緒に、音楽ホールへ下見に来ていた。
もちろん下見に姫様方をお付き合いさせるわけにはいかないので、その間の魔法の授業はお休みになってしまうけれど、国王様にも、王妃様にも、きちんとご許可をいただいている。
音楽ホール自体は、ウィンリーエ学院と、シルエラ様やシルキー様のいらっしゃるギルドの近くにあるので、外から見たこと自体はあったけれど、こうして中に入ってみるのは初めての事だった。
事前に下見をしたいということは書簡でお伝えしてあったので、僕たちが音楽ホールへ到着してすぐ、館長さんがお出迎えしてくださった。
「ようこそ当館にお越しくださいました。ユースティア様、騎士団の皆様」
出迎えてくださったグリック・ウィッシュアート館長は、治癒の魔法など必要のないくらい、とても元気に見える方だった。
髪の毛は全て、ナセリア様のように元々近い髪色というわけではないらしく、白くなっていらっしゃたけれど、腰などはまったく曲がっておられず、杖なども持ってはいらっしゃらなかった。
音楽ホールの中には、音楽と名はついてはいるけれど、演劇のための舞台や、展覧会、展示会などにも使用されるスペースなどがあり、かなり多目的での使用を想定されているような造りになっていた。
僕には絵にも音楽にも心得はないので、鑑賞したとしても、何となくすごいんだなあという感想しか持てないような気はするけれど。僕の知っている音楽といえば、冒険者の方々が集まる組合や酒場で演奏されていたのを聞いたことのある、いくつかの楽器だけで、この音楽ホールの雰囲気に合うような曲ではないように思える。そういった音楽であれば、僕もほんの少しは出来るのだけれど、触ったことがあるという程度で、ナセリア様のようなしっかりとした演奏などは出来たりしない。
別に冒険者ギルドで見かけていた方達を批判しているなどというわけでは全くなく、ああいった音楽や吟遊詩人などといった職に就かれている方の弾き語りなどには、その雰囲気がギルドに合っているのだということだ。
あ、でも、ナセリア様が練習なさっていらっしゃるヴァイオリンに関しては、よく聴いているので多少の聞き取りは出来るかもしれない。もちろん、普段からそういった演奏を聴きなれていらっしゃる方に言わせれば、鼻で笑われてしまうような知識しか持ってはいないのだけれど。
「何かご不明な点でもございましたか?」
僕がどことなくふわふわとした様子だったからだろうか、グリック館長が説明と足を止めてこちらを振り返られた。
ご不明も何も、はっきり言ってさっぱりです。
しかし、そうあまりにもあからさまに伝えたのでは、芸術に関わっていらっしゃる方をがっかりさせてしまうのではないだろうか。
「いえ、ぼ‥‥‥私は、その、お恥ずかしい話ではありますが、こういったことには疎くて‥‥‥」
音楽というのは、出来なくても、特に生きていくのに必要ではなかった。
笛やヴァイオリンの練習をする時間があれば、パンを焼いたり、魚を獲ったりしていたかったし、していなければならなかった。
練習すればお金になったのかもしれないけれど、その時間すら惜しかった。
「そうでしたか。では、より丁寧に解説することにいたしましょう」
おそらくは音楽など、趣味、あるいは演奏することで大衆、集まった方からお金をいただけるレベルかどうかまではおいておくとしても、そういったことに時間をかけられるのは、一部の、裕福な方に限られるのだろう。
では、王室の魔法顧問ともあろう人が、何故そういたことに関して疎いのか、などといったっ事情は一切尋ねられずに、子供に聞かせるように––事実、多くの人から見れば僕はまだ子供だ––懇切丁寧に、時間をかけて、教えてくださった。
質問をすれば答えてくださったし、いつもは魔法をお教えする教師のような立場にいるけれど、この時は僕の方が生徒のようになっていた。
「ありがとうございました。とても勉強になります」
1度聞いただけでは理解など出来ようはずもないけれど、こういったことも知っていなければと思えるようになったのは大きなことのように思えた。
魔法顧問という職に就かせていただいているからには、魔法の事に関して修練する時間こそとらなくてはと思っていたけれど、こういった公の場でも姫様方の護衛をすることになる場合、お付きの僕がそういった知識に疎かったのでは姫様方に恥をかかせてしまう事にもなりかねない。
音楽祭までもう時間もないけれど、出来る限りのことはしておこうと、ここでの勉強も、そしてお城へ戻ってからも、人に尋ねたり、本を読んだり、色々してみようと心に決めた。