ミスティカ様のお誕生日と春からの事
まだまだ寒い、けれど少し暖かい日もある、でもやっぱり寒い。
そんな日を繰り返しながら春に近付く冬も、正確には1年が終わろうとしていた。
リーベルフィアへと辿り着いたときには、季節や月日を気にするような余裕はなかったので、正確にどのくらいの時間が過ぎ去ったのかは分からないけれど、きっと、お城にいらっしゃる方に聞けば大よそのことは分かるだろう。
しかし、そんな正確な時間なんて割とどうでもいいことで、重要なのはもうすぐ年末の音楽祭がおこなわれるのだということと、その前にフィリエ様のお誕生日があるということだった。
アルトマン様の事件があった直後に行われたナセリア様のお誕生日パーティーは大層盛大なものだった。
もちろん、僕がプレゼントを渡すような暇はなく、前日にフライングして渡しておけて正解だったと思っている。なにしろ、パーティーにいらした方や、いらっしゃらなかった方からも、たくさんの贈り物が届けられていて、ナセリア様はご自身のお誕生日パーティーだというのに、終始困ったようなお顔をなさっていらしたからだ。
はたしてその時、僕は自分のプレゼントが他の立派なプレゼントの山に埋もれてしまわなかったことに安堵していたのか、意識してはいなかった。
フィリエ様へのプレゼントに関しては、意図せずして、すでにお渡ししてしまっているため、改めて何かを準備するようなことはしなかった。
ロヴァリエ王女がお帰りになられてから、お城で慌ただしく始まったフィリエ様のお誕生日パーティーと年末の音楽祭、そして年始のパーティーの準備は、それはそれは忙しいもので、僕は年が明けてすぐのミスティカ様へのお誕生日プレゼントを用意することもあり、フィリエ様へのお誕生日プレゼントを改めて用意する暇がなかったというのも、一部は本音だ。
蔑ろにするつもりなどはなかったのだけれど、授業の際にそれとなく尋ねた時にも、
「ユースティアにはこの前とってもすごいものを貰ったじゃない。私はあれにとても満足しているし、ユースティアはもしかして私に適当なものをくれたつもりだったの?」
「いえ。もちろん、あの時に使用出来た全力を用いらせていただきました」
初めての試みだったため、今ならばもっと上手くできる自信はあるけれど、フィリエ様はあれで十分よとおっしゃられた。
「それに、あの魔法はユースティアが初めて使ったものなのでしょう? 私が1番の物を貰えるなんてとっても嬉しいことだわ」
そうおっしゃられたため、僕は音楽祭と年始のパーティー、そしてミスティカ様へのプレゼントを準備することにしていた。
ナセリア様のお誕生日には腕輪をお送りしたけれど、別の女性に同じ物をお送りするわけにはいかない。
ミスティカ様は魔法の授業に参加されていらっしゃらないので、あまりお話をさせていただいたこともなく、性格や好みの把握が大変そうだと思っていた矢先、僕のお借りしている部屋に王妃様が尋ねていらした。
「ユースティア様、今、よろしいでしょうか」
控え目にドアがノックされ、僕が扉を開くと、王妃様と、そのドレスの後ろにお隠れになられたミスティカ様と、反対側の後ろにはレガール様がぎゅっと王妃様のドレスを握りしめていらした。
「クローディア様。御用が御有りでしたら、お呼びしていただければ私の方から参りましたのに」
王妃様は、魔力量ではナセリア様に及ばれないけれど––ナセリア様がすごいということで、クローディア様もこの国の人からすれば十分過ぎるほどに優秀でいらっしゃる––扱い方ならば、流石というか、女性に対して失礼になるかもしれないけれど、年の功というのだろうか、ナセリア様よりもずっと慣れていらっしゃるらしく、ナセリア様も、お母様のようには上手に扱えませんと、おっしゃっていた。
学院で数年授業を、少なくともナセリア様よりは高い密度で魔法を習われていらした王妃様と比べられるのはどうなのだろうと思ったけれど、ロヴァリエ王女に劣らず、ナセリア様も十分に負けず嫌いでいらっしゃるのかもしれなかった。
様などという敬称は不要ですとお告げしても、そうは参りませんとクローディア様が譲られるご様子がないので、いつもそこでひと悶着というほどでもないけれど、軽い譲り合いが起こる。
そんないつもの光景を終え、今年は本当にありがとうございましたなどと、重ねてお礼を告げられた後、ようやくクローディア様は本題を切り出された。
「年が明けたらこの子、ミスティカも7歳を迎えるので、ナセリアやエイリオス、フィリエと同じようにユースティア様のしてくださっている魔法の授業に参加させてあげたいのですけれど、よろしいでしょうか?」
「そのような事、お尋ねになるまでもございません」
クローディア様に優しく肩と背中を支えられたミスティカ様が緊張されたご様子で、おずおずと前へ進み出てこられたので、僕もその場に、ミスティカ様と視線を合わせるように膝をついた。
「ミ、ミスティカ・シュトラーレスです。よ、よろしくお願いします」
一生懸命なご様子でそれだけおっしゃられると、ミスティカ様はまたすぐにクローディア様のドレスの陰にお隠れになってしまわれた。
すみませんと謝られるクローディア様に、謝られることはございませんと告げると、丁度いい機会だと思い、先程まで手掛けていたお誕生日のプレゼントを持って戻った。
「では、少し早いですが、こちらがお誕生日のプレゼントです。これで少し魔法、魔力に慣れていらしてください」
僕が作った木彫りの小鳥をお渡しすると、ミスティカ様は驚いたように目を見開かれ、王妃様もとても喜んでいらっしゃるように目を細めて微笑まれた。
「この木彫りの小鳥ですが、魔力を流すとこのように首を動かしたり、羽ばたいて、魔力が働いている間は飛んだりも致します」
僕が魔力を流して見せると、木彫りの小鳥は僕の手から、木彫りなのでパタパタという音ではなく、もう少し固そうな音を立てながら飛び立って、ミスティカ様の周りを数度回った後、僕の手の中へ戻ってきた。
「このようなものしかお渡しすることは出来ませんが、ご満足いただけましたか、姫様」
驚いた様子で僕の手の中を覗き込んでいらっしゃるミスティカ様のお顔を見れば、尋ねなくとも答えは分かったけれど、ミスティカ様がゆっくりと差し出された両手の中に、僕の手の中から小鳥がジャンプして戻ると、一層笑顔を浮かべられたミスティカ様は、
「ありがとう、ございます‥‥‥」
ぎこちなくはあったけれど、笑顔を浮かべられて、そのようにお礼までおっしゃってくださったので、僕も嬉しくなって、これからどうぞよろしくお願い致しますと頭を下げたのだった。