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ロヴァリエ王女の帰国 2

 それほど待たずして、エイリオス様とご一緒に手を繋がれたロヴァリエ王女がお目見えになられた。

 艶やかな亜麻色の髪を結い上げられて、白い肩や綺麗なうなじを惜しみなくむき出しにした真っ白なドレスを纏われたロヴァリエ王女は、一応他国のパーティーだからなのか笑顔を浮かべられてはいらしたけれど、その表情は硬く、正面を真っ直ぐに睨めつけていらっしゃるようなお顔をなさっている。

 エイリオス様も、あまり慣れてはいらっしゃらないのか、どことなく動作がぎこちないもので、角ばっているようにお見受けできる。


「お兄様ったら、何をそんなに緊張しているのよ」


 みちゃいられないわ、とでも言うように、静かに流れる音楽と、それに合わせて踊る人の合間を器用に縫ってゆかれるように、フィリエ様がするするとおふたりの横へと進み出られた。


「お兄様。男性がそんなんじゃ、相手の女の人は楽しめないわよ。普段、お堅いお勉強だとか、そんな風に私を蔑ろにしているからこういうところで困っちゃうのよ」


「私は別にお前を蔑ろにしてなど居ないし、別に今も困ってなど居ない」


 けれど、ダンスをリードするとか、そういった問題以前に、エイリオス様の身長ではロヴァリエ王女のお腹の辺りまでしか届いておらず、まだ成長期がこられていないだけなのだろうけれど、そのまま踊ろうとすれば、おそらく歩幅だとか、手や腰の位置に問題が生じてしまうことだろう。


「お兄様の身長が足りなくてごめんなさい、ロヴァリエ王女」


 むすっとされたご様子で、けれど気になさっているのか何も言い返されないエイリオス様の手をフィリエ様がお引きになってゆかれてしまうと、王子様と王女様が側を離れられたからなのか、パーティーにご出席なさっている、立派な家柄の貴公子の方やリーベルフィアでも名のある芸術家の方が互いに牽制なさるように、近づいておられた。

 エイリオス様がリードしてくださっているのは安心だと思っていたけれど、味方のいらっしゃらない他国のパーティーで、あのように迫られてはロヴァリエ王女はお困りの事だろうと、踊ってくださっているナセリア様の事ではなく、ついついロヴァリエ王女の事を考えてしまう。

 踊っている間は、その人の事だけを見て、その人の事だけを考えてと、そう言われていたのだけれど。


「ユースティア。行ってあげてください」


 そんな僕の気持ちを知られてしまったのか、ナセリア様が寂しそうな笑顔を浮かべられながら、それを悟らせまいとするような温かな声をお掛けくださった。


「しかし、それでは」


「私の事でしたら心配はいりません。元々、音楽祭のリハーサルというわけでもありませんけれど、私もヴァイオリンを弾かせていただく予定だったということは、ユースティアも知っているでしょう?」


 はやく行ってあげてください。そうおっしゃられたナセリア様は、僕の背中を優しく押し出され、ご自身は舞台の方へと歩いてゆかれた。

 ナセリア様が歩いてゆかれた後の道は、人が集まっておらず、ナセリア様はわざわざロヴァリエ王女の近くを通って舞台へと上がられた。

 ナセリア様の通った直後にこちらを振り向かれて、僕と目が合ったロヴァリエ王女は、笑顔を浮かべられて周りの方に頭を下げられると、僕のいるところへと真っ直ぐに歩いて来られた。

 そうすると、まるで狙っていたのかのように––事実、狙っていらしたのだろう––ナセリア様が舞台の上で優雅に腰を折られ、辺りが拍手に包まれた。


「ロヴァリエ王女、踊られたりはなさらないのですか?」


「見ていたくせに、よくもまあ、本人に堂々と言えたものね」


 ロヴァリエ王女はわずかに瞳を細めて眉をあげられ、小さく息を吐き出された。

 困っていらしたらしいロヴァリエ王女は、最後なのでお世話になった僕に挨拶がしたいと言って、あの場を抜け出てこられたらしい。


「やっぱりこういうパーティーみたいなものは好きになれないわ」


「仕方がありません。ロヴァリエ王女のようにお美しい方には男性は皆ダンスを申し込みたいと思うものですから。申し込まれない方は、ロヴァリエ様の美しさに気後れしていらしたか、おそらくはロヴァリエ王女があまりこういったパーティーを好きではないのだという空気を出しておられたために躊躇されていたのでしょう」


 王女に取り入ろうとするだとか、ロヴァリエ様の美しさに目がくらんで、などといった方もいなかったわけではわけではないのだろうから、あとは純粋に下心とか––純粋に下心というのもおかしな話ではあるけれど––そういった方達を近寄らせないようにするために気を張っていらしたという部分もあるのだろう。

 ナセリア様やフィリエ様、ミスティカ様のように、こう言っては怒られてしまうかもしれないけれど、まだ幼くみえる姫様方とは違って、そういった特殊嗜好でない限り、ロヴァリエ王女は普通の人から見れば大分近寄りがたいことだろう。

 僕だって、例えば街中に姫様がいらしていると聞いて、それを見に行きたいと思ったこともあったかもしれないけれど、実際に会っていたいとは思ったことなどなかった。

 本当は今もどなたか、それこそ名のある貴族の方にロヴァリエ王女のお相手をお任せして、隅の方か、どこか別の場所で小さくなっていたいと思っていないこともない。

 しかし、ロヴァリエ王女の案内を仰せつかっているわけで、その役目は最後まで果たしきらなくてはならないし、ナセリア様の演奏を聴かなかったなど、そんなこと出来るはずもない。


「ですが、どうかあの方たちの相手も、それからお国へ帰られても、男の方からのダンスのお誘いをお受けしていただけると助かります。下心も、もちろんないとは言い切れないでしょうが、結局、貴女を魅力的だと思う気持ちと裏表の気持ちですから」


 僕が男性だから言えるのであって、女性の気持ちになればそんなことは言えないのかもしれない。

 けれど、せっかくのダンスパーティーなのだから、ロヴァリエ王女にもダンスを踊って楽しんでもらいたいのだという気持ちに嘘はない。


「分かっているわ。私だって子供じゃないのだから。でも、そうね、ありがとう、ユースティア」


 それは何に対してのありがとうだったのか、微笑むロヴァリエ王女のお顔からは何かを読み取ることは出来なかった。

 そして、やっぱり僕にダンスは向かないのかもしれない。ダンスを踊っている最中にはその相手の事だけを考えなくてはいけないというのに。

 ロヴァリエ王女の方を見て、ロヴァリエ王女の事を考えて、ロヴァリエ王女と踊りながらも、舞台の上で演奏なさっているナセリア様のことが気になっていたし、そのナセリア様が向けられる視線を感じてしまっていたのだから。

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