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鉱山での採掘作業

 他にも色々と聞きたいことがあったのだけれど、話をしてくれていた親切な男の人がどこかへ行ってしまったので、僕がパンを食べるのを待っていてくれているらしい女の子、シーリーさんに尋ねてみることにした。


「すみません、シーリーさん」


 僕が声をかけると、僕の入れていただいている部屋の前で、じっと何かに耐えるように座っていたシーリーさんはぎこちない笑顔を浮かべて振り向いてくれた。


「なんですか?」


「僕は何をすればよいのでしょうか?」


 雨風をしのぐことのできる場所と、パンと、飲み水まで用意してくれて、何もしないでいるのは流石に気が引ける。対価は正当な労働のもとに支払われるべきであり、ただここで寝ているだけで食事が提供されるなんて、そんなに美味しい話はないだろう。


「えっと、あなたはそれを食べ終えたら鉱山の採掘作業に送られます。空気も悪く、過酷な肉体労働で、おそらくはぼろぼろになるまでこき使われます。‥‥‥奴隷に人権はありませんから」


 そう言ってシーリーさんは目を伏せてしまった。

 鉱山での採掘には行ったことはなかったな。日ごとに帰って来られない仕事はなるべくしないようにしていたから。


「楽しみです」


 仕事に、ご飯に、襲撃を気にせず眠れるところ。

 そして、初めて行く鉱山という未知の場所への期待で、僕の胸は一杯に満たされていた。


「‥‥‥早く眠ることをお勧めします。過酷な仕事ですから」


「あっ、もういくつか尋ねてもよろしいですか?」


 僕の食べ終えたパンが乗っていたお皿を持って元来たところへ戻ろうとしているシーリーさんには悪いと思ったのだけれど、まだまだ僕の好奇心は満たされていなかった。


「‥‥‥私にお答えできることでしたら」


「ありがとうございます!」


 僕は、他にはどのような仕事をさせていただけるのか、そこへ連れて行かれている人はどれくらいいるのか、心に浮かぶままの質問をして、シーリーさんは全てに答えてくれた。


「もうよろしいでしょうか」


「もう少し、最後にシーリーさんの事をお聞かせくださいませんか?」


 疲れている様子の女性を引き留めるのは心苦しかったのだけれど、僕なんかのために時間を割いてくださった彼女の事も少しは聞いておきたかった。


「シーリーさんはずっとここで働いていらっしゃるのですか?」


 聞いた限りの話をまとめたうえで、鉱山へ送られるという仕事に彼女のような、僕と同じくらいの女性を送るとはとても思えない。

 鉱夫の仕事とというのは中々に力仕事であるようだし、彼女のような女性を送るよりも、男性を送り、彼女には今のように、料理を運んだりする仕事をしてもらう方が効率的だろう。


「はい。ですが、私もいつ同じような目に合うかは分かりません。雇用主様のお気持ちひとつですから」


 シーリーさんのお皿を持つ手が震えてカタカタと音を立てている。そんなに震えるほど過酷な仕事なのだろうか?

 たしかに、魔法が使えない中で重い荷物を持たなくてはならないのは結構しんどいものかもしれない。今まではばれない程度に身体を強化することが出来たけれど、その程度の魔力ではきっとこの手枷に吸い取られてしまうだろうから。


「そうだ。トレーニングをしないと」


 シナーリアさんはここにはいらっしゃらないし、訓練の相手をしていただくことは出来ないから、1人で出来る訓練、型や筋力トレーニングにはなるけれど、この身さえあれば出来ることがあるというのはありがたい。鈍ってしまわずに済むからだ。

 僕が意気揚々とトレーニングを開始して、ふと横を見ると、いつの間にやらシーリーさんの姿はなくなっていた。



 ◇ ◇ ◇



「ここが鉱山ですか‥‥‥」


 次の朝、ありがたくも朝食までいただき、連れてこられた場所は、ごつごつとした岩肌が露出していて、所々にきらきらとしたものが埋め込まれているように光っている、夢のような場所だった。

 僕が感動して辺りを見回していると、手枷から伸びた鎖を引っ張られたので、危うく転びそうになりながらも、なんとか躓かずに前へと歩いた。


「いいか? 良く聞け」


 スコップを手渡され、僕がそれを色々な角度から観察していると、話を聞け、と頭を殴られた。

 いけないいけない。初めてのことに興奮しすぎているようだ。

 ここで何をするのかの説明をしていただかなければ仕事をすることが出来ない。もちろん、昨日シーリーさんに聞いているから多少の事ならば分かるけれども、やはり責任者の方の話は聞かなくてはならない。


「お前の仕事はここにある鉱石を採掘、掘り返すことだ。ここにある分全てをとり終えるまで仕事は終わらねえ。分かったか」


「はい! 頑張ります!」


 はっきりと決意を表明したのだけれど、どうやら望まれていた回答ではなかったようで、責任者だというドンゴさんは苛立たし気な表情を浮かべていた。

 追い出されずに仕事を出来るように、人の顔色を窺うのは得意だったし、基本的に人の意見は肯定していれば殴られたり、どやされたり、そういった悪感情を持たれることは少ないと思っていたのだけれど。


「おらっ、いつまでぼさっと立ってやがる。さっさと始めねえか、奴隷共」


 ドンゴさんは入ってきた横穴の付近に椅子を置いて陣取って座り込み、大きな欠伸をはじめた。


「よーっし」


 僕はきらきらと光っているところを見つけると、スコップを持って走ってゆき、鉱物を傷つけてしまわないように慎重に掘り始めた。

 正直な話、魔力を吸い取るという手枷だけれど、昨晩トレーニングを終えた後に試してみたところ、少し魔力を加えただけではやはり魔法は使うことが出来なかったのだけれど、思い切り力を込めると手枷を壊してしまえるほどの魔法は使えることが分かっていた。

 もちろん弁償するお金はないし、壊してしまった手枷は直しておいたのだけれど、壊してしまったことに気付かれないかと心配だった。


「なるほど、これは身体のトレーニングにもなるんだ!」


 だからといって、無暗に魔法を使用するつもりはない。

 足場の悪い場所ではバランスを鍛えられるし、筋力や体力は言わずもがな、空気も薄いようで、シナーリアさんが言っていた、たしか心肺機能とかいうものの訓練にもなっているはずだ。


「聞いていたほど過酷ではないようだけど‥‥‥」


 周りを見渡してみると、同じように連れてこられている皆さんは、大分疲れている様子で、中には倒れ込んでしまっている人もいらした。


「何を休んでいやがる!」


 ドンゴさんが、手に持っている良くしなる細長い物を鋭く振るうと、目で捕らえることは出来なかったけれど、空気が弾けるような、何かを撃ちつけたような音が聞こえた。

 倒れ込んでいた人は、苦し気な声を上げながら、よろよろと立ち上がった。


「手を止めたら鞭打ちだと分かっているよなあ!」


 ドンゴさんは鋭い音を立てながら地面を鞭で打ちつけた。

 あんな風に働いている人を痛めつけてしまったら、効率も下がるし、良いことは何もないと思うのだけれど。

 いや、もしかしたらあの人にとってはそれで効率が上がるのかもしれない。前に年齢を偽って働かせて貰っていた娼館でも、いじめて欲しいと言っていた人が尋ねてきていたりもしたし。わざわざお金を払ってまでいじめて欲しいなんて、僕にはさっぱり理解できなかったけれど。


「すみません……」


 しかし、どうやらその男性はそういったご趣味をお持ちなのではないらしかった。

 震えながら元の場所へ戻ると、力一杯にスコップを振るい始めた。


「お前もか! 手が止まっているぞ!」


 その様子を見て止まっていたのはほとんど全員だったと思うけれど、ドンゴさんは別の男性に怒鳴り散らされ、再び鞭を振るわれた。

 鉱山の洞窟内に大きな悲鳴がこだまする。

 皆目を瞑って、そちらから顔を逸らしていた。


「この――」


「あの、すみません」


 僕は2人の間に割り込むと、振り下ろされる前にドンゴさんの鞭を持っている右手首を左手で掴んだ。


「こうしている間、皆さん手を止めてこちらを見ていらっしゃいますし、その分作業が遅れてしまいます。早いところこんな作業なんて終わらせてしまうために、少し――」


 言い終えないうちに、僕は左へと殴り飛ばされた。


「てめえ、何しやがる!」


 そう言われて鞭を振り下ろされたけれど、僕だって痛いのは好きではない。転がってそれを躱すと、何事もなかったかのように立ち上がり、置いていたスコップを手に取った。


「何、と言われましても、そんな手首だけで振るわれる遅い武器の元を押さえるのは別に苦ではないですけれど」


 シナーリアさんが振るっていた剣速は、もっと遥かに鋭かった。

 背を向けて作業を再開すると、背後から気配を感じたので、僕は半歩だけ右にずれた。


「あの、作業の邪魔をしないでいただけますか? あなたがおしゃられたことですよ、手を止めるなと」


 どうもあのドンゴさんの言動には一貫性がない。手を止めるなとおっしゃる割には武器を振るうし、早くしろと急かされる割には人を痛めつけて効率を悪くするような行動をとられる。

 ドンゴさんの振るった鞭は空を切り、僕が掘り進める予定だった場所にあった鉱石の僅か横を叩いた。いくらなんでも、鞭を避けながら作業を進めるのは難しい。僕は手を止めて振り向いた。


「避けるんじゃねえ!」


 滅茶苦茶なことを言われた。避けなければ痛いし、痛いのは好きじゃない。どうしてわざわざ痛い思いをしなければならないのだろう。

 結局その日の採掘作業はそれ以上進まなかった。

 全く仕事をした気がしなかったので、戻ってから出していただいた晩御飯を食べるのは何だか悪い気がした。

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