ウィンリーエ学院 帰り道 10
最初にロヴァリエ王女には手を抜くなと仰せつかっている。
しかし、本気で手を抜かずにお相手をすると、おそらく勝負という体をなさなくなってしまうだろう。
例えば、ロヴァリエ王女が腰の剣を引く抜かれ、おそらくは加速魔法と身体強化の魔法を使用した走る勢いを利用してこちらに斬りかかって来られる。その刃を手で挟むか、もしくはシールドで受け止めて、捻り取り、体勢を変えられる前に掌底を叩き込む。ロヴァリエ王女のスピードは把握しているし、剣の実力を含めたとしても、多少の誤差程度であれば特に問題もなく成功することだろう。
例えば、魔法をお使いになる攻撃に出られる場合、飛行魔法を得意とはされていないので、おそらく空からということはないだろう。
初手からいきなり拘束魔法を使用するというのは、相手の体制が整っている以上、あまり現実的ではない。その逆を突いて、ということも考えられるけれど、おそらくロヴァリエ王女の性格からして拘束魔法をこのような勝負にお使いになられることはないだろう。
そして、おそらくではあるけれど、こちらへいらした時期と、ロヴァリエ王女の魔法の練度から考えて、こちらでお教えしていない魔法、こちらでお使いになられなかった魔法は、ほとんどお使いになられないだろうと推測できる。
では、体術ならばどうなのか。
ロヴァリエ王女は剣を嗜んでいらっしゃる。であれば、普通に考えれば体術も一緒に学んでおられることだろう。
僕は目の前で構えられ、深呼吸をなさっているロヴァリエ王女の様子を窺う。
僕と目が合うと、こちらの準備は整ったと思われたのか、ロヴァリエ王女は摘んでおられた綺麗な刺繍の入ったスカーフを、はらりと宙へ放たれた。
僕たちの視線がスカーフを追って交わる。
ある程度まで見送ったところで、後は音と感覚で落ちる瞬間を見極めて、相手の行動に注意を払う。
冬の風に攫われて、王女の白いスカーフはわずかに一をずらしながら着地した。
瞬間、ロヴァリエ王女の身体は目の前に迫っていた。魔法の使用時の魔力の放出を隠す技術を使用されるのも大分上手になられた。
手には何も握っておられず、腰の剣を抜かれるような仕草も見せられない。
「やあっ!」
身体の真ん中ではなく、わずかに左にずれたところを目がけて放たれた拳を受け止めようとして、急にそこに魔力が集まるのを感じたため、咄嗟に素手ではなく、シールドを展開して受け止める。
ロヴァリエ王女の右手からは、魔力を剣の形に構成したものが握られていて、拳の横、僕の首を狙うかのように伸ばされていたそれは、シールドに弾かれた途端、お消しになられた。
僕はすぐに足払いを仕掛け、ロヴァリエ王女の態勢を一瞬崩すことには成功したけれど、飛行の魔法を使える相手に、体勢を崩すというのはあまり効果はない。
魔法には別に立っていなければ使えないなどという制約はない。態勢が崩されていようとも使えるし、もちろん、立っている姿勢の方が感覚的には使いやすいだろうけれど、例えば戦闘などの、魔法を使用せざるを得ない状況ではそのようなことも言っていられない。
案の定、ロヴァリエ王女は倒れられた体勢のまま、横へ滑るように飛行されようとした。
「っつ!」
そのまま逃がすようでは真剣勝負とは言わないだろうし、ロヴァリエ王女にも手を抜いていたのではと追及されるかもしれない。
なので、結界を作り出し、ロヴァリエ王女の移動を阻害する。
結界に頭をぶつけられたロヴァリエ王女が怯まれた一瞬の隙に、距離を詰め、そのままロヴァリエ王女の綺麗なお顔を目がけて拳を振り下ろす。
しかし、
「真剣勝負といったはずよ!」
拳を放った場所から、僕が直前で止めるつもりだと看破されていたらしい。
ロヴァリエ王女は勢いの止まった拳、正確には手首を掴まれると、そのまま腕に足を絡ませられて、三角締めへと移行された。
ロヴァリエ王女はお顔を赤く染められていらしたけれど、途中で止めるおつもりはないらしかった。
柔らかいとか、いい匂いだとか、そんなことを気にしないわけにはいかなかったけれど、気にしている場合ではなかった。
おそらく、こちらが普通に魔法を使うのであれば、ロヴァリエ王女もその対応だけは完璧に計算されていらっしゃることだろう。
こちらに魔法を使う暇を与えないようにか、ロヴァリエ王女が込められる手と足の力が強くなる。
魔法を使わない、格闘と武器術のみの勝負であれば外すことは困難だったかもしれないけれど、魔法が使えるのであれば話は別だ。
ルールのない、ほとんどない決闘なので、非紳士的な行動に出てはずすことも、可能か不可能かと言われれば可能だろうけれど、もちろんそんな方法をとったりはしない。
「あっ」
僕は、僕の腕を極めていらっしゃるロヴァリエ王女ごと、飛行の魔法で上空高くへ飛び上がった。
地面という制約がなければ、身体を曲げて脱出することは可能だった。
格闘術は基本的に魔法を使わずに行うことを前提として考えられているので、こういった何でもありの戦闘で使うには、それも時間をかける必要のある関節技などは、一瞬でかけたり、意識を堕としたりさせられないのであれば、効果は薄くなってしまう。特に、相手の方が魔法の実力が上の場合には。
「僕はこのまま空で戦闘を続行しても構いませんけれど、どうなさいますか?」
挑発したつもりではなかったのだけれど、ロヴァリエ王女は強気に、少しばかり頬を膨らませられて、もちろん続行するわよ、とおっしゃられた。