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ウィンリーエ学院 帰り道 9

 朝早くだからなのか、僕とロヴァリエ王女の立ち合いを見学されていらっしゃる方はいらっしゃらなかった。

 稽古や訓練での決闘は、実際の現場での戦いとは様々な要素が異なってくるだろう。

 僕もそれほど戦いに慣れているわけではないし、そもそもそういったことはなるべく避けるようにしてきたのだけれど、例えば、森の中での狩りなどでは、当然相手は食料になったりする獣だったりするわけで、こちらの都合に合わせて襲って来てくれるわけではないし、狩りをする側もわざわざ名乗って目立つようなするはずはなく、むしろ目立たないよう、気配を殺して忍び寄るものだ。

 戦争、ではないけれど、賊と闘うにしろ、相手が1人であるという保証はなく、大抵の場合は複数人で行動するのだろう。1人で作戦の立案から、侵入経路の確保、遭遇した場合の障害の排除など、全てをこなすのは、時間的にも、調べる範囲的にも、不可能に近いだろう。

 もっとも、僕が知っている状況が限定的すぎるだけかもしれないので、ロヴァリエ王女には何かお考えがあるのかもしれない。訓練ではなく、決闘という方式は、この国では、もしくはこの世界では、よく使用されているみたいだし。


「ユースティアは魔法を使ってもちろん構わないわよ」


 そうおっしゃるだろうとは思っていた。

 ロヴァリエ王女がリーベルフィアへいらしたときの決闘では、僕は魔法を使わずに、培った剣の腕と体術のみで闘わせていただいたのだけれど、負けず嫌いの王女様はこちらが全力を出していない中での勝負など、お認めになるつもりはないらしかった。


「‥‥‥何か言いたげね」


 僕は土か、もしくは草や雪、あるいは空気中の水を集めて剣でも作り出そうかと思っていたのだけれど、途中でそれを中断して、わずかに細められたロヴァリエ王女の若草色の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「いえ。申し上げようとも思いましたが、やはりやめておきます。私が思いつく程度の事など、ロヴァリエ様はすでにご考慮されていらっしゃるでしょうから」


 ロヴァリエ王女がリーベルフィアにいらっしゃる間になさっていた訓練や、参加されていらした騎士の方に混ざっての訓練での様子ならば僕も多少は知っている。

 魔法のように毎日というわけにはいかないけれど、僕も数日おき程度には騎士の方の訓練にも参加させていただいているのだし、ロヴァリエ王女のなさっている早朝の訓練の事も知っている。

 ロヴァリエ王女がリーベルフィアに滞在なさっているだけの数か月程度で、劇的に実力が向上するはずもない。まあ、世の中にはそういう方もいらっしゃるのかもしれないけれど。

 そして、魔法の実力ならば、申し訳なく思う気持ちもあるけれど、こちらへいらした直後からは、それこそ天と地ほどに変わられたとはいえ、お城の魔法師団の方々などとも、まともに競えるとは思えない。

 そういった現状もご理解なさったうえで、僕と立ち合いたいとおっしゃってくださったのだろうから、僕もその思いには真摯に応えなくてはいけない。

 前回と同じように様子を見ながら戦ったり、自分の教えた成果を確かめようと思いながら戦うのはロヴァリエ王女の望まれている戦い方とは異なるのだろう。

 僕はロヴァリエ王女が部屋へと戻られて準備を終えられるのをただじっと待っていた。


「ユースティアの実力も、全てとは言わないけれど、少しは知っているんだからね。私が知っているよりも手を抜いていたら怒るわよ」


 数メートルの距離で向かい合うと、僕はロヴァリエ王女にいつでもどうぞと気持ちを込めて視線を向けた。


「寒いからすぐに終わらせましょう」


 動きやすい格好だからなのか、ロヴァリエ王女のマントの下はかなり短い、膝よりもずっと上の、白いプリーツのスカートと、ノースリーブの藍色のシャツ、それから、おそらくは荷物から出してきたのだろう、胸と肩には甲冑のようなプレートを、そして手にはグローブを嵌めていらした。


「それだけの物を、よくお運びになられますね」


 収納の魔法はまだお教えしていない。お城に戻ってから、お知りになりたがっていらっしゃるように見えた王妃様にもご一緒にと思っているからだ。


「鍛えているのよ」


 得意げなお顔をされたロヴァリエ王女は、プレートを付けていても、むしろよくわかる、形の良い胸をお張りになられた。

 僕はとりあえず足元の雪を溶かして、それらを全て気化させた。

 もうすぐ春を迎えはするけれど、まだまだ雪解けは遠そうだ。

 実戦であれば、気候や地形を気にすることは出来ないのだから、こうした地面も体験しておいた方が良いのかもしれないけれど、足元を綺麗にしておきたいというような心理が働いたのかもしれない。


「審判はいないけど、いいわよね。どうせどちらかが降参するまで続けるのだから」


 あんまり疲れるまでやってしまうと、僕は構わないのだけれど、この後の、今日の本命である仕事に支障が出るかもしれない。


「大丈夫よ。そんなに軟な鍛え方はしていない、つもりだから」


「私としましては、姫様方にはこちらでお休みしていていただきたいのですけれど」


 今更言っても、お聞きにはならないだろう。

 それで聞いてくださるようならば、そもそも昨夜の時点でついて来たりはされないはずだから。


「それは無理、もしくは嫌と、ナセリア王女も、フィリエ王女も言うはずよ」


 分かってはいたことだけれど、やはりロヴァリエ王女のお気持ちも変わらないご様子だった。


「ロヴァリエ王女のお好きなタイミングで始められてください。私はここに立っておりますので」


 審判のいない今日は、開始のタイミングを適当に決めなくてはいけない。

 ロヴァリエ王女は頷かれると、スカートのポケットから、どうやらこうなることを予期されていたらしい、スカーフを1枚取り出された。


「これが地面に落ちたら始めましょう。どうせ洗うのだから、汚れるのは気にしなくて良いわよ」

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