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ウィンリーエ学院 帰り道 8

 翌朝、いつものように僕が鍛錬をしているところへはナセリア様はいらっしゃらなかった。

 なぜならばその日は朝から雪が降っていたからだ。

 僕がしている鍛錬には天候の影響はないけれど、ナセリア様がお持ちのヴァイオリンは雨や雪の中に持ち出して練習できるようなものではない。もちろん、魔法で雨風をしのぐことは出来るだろうけれど、僕は鍛錬中に余計なことを考えていられるほど優秀なわけではない。

 ナセリア様も、いくら魔法をお使いになられるからといって、わざわざ雪が降る中に、大切なヴァイオリンを持ち出されたりはなさらないだろう。

 そんなわけで、僕は1人で魔法と身体を鍛えるための鍛錬をしていたのだけれど、日の光が辺りを照らすころになると、ロヴァリエ王女が腰に剣を携えられてギルドから出ていらっしゃった。


「おはようございます、ロヴァリエ王女」


 ロヴァリエ王女も僕に気付かれたようで、こんなに寒い中大変ね、とおっしゃられた。

 その寒い中に出ていらしているのは、同じなのではないのかとも思ったけれど、ロヴァリエ王女は、いつもと同じように薄着である僕とは違い、ふわふわのファーとフード付きのマントを羽織っていらした。ロヴァリエ王女のイメージとは少し違っていて、女の子らしさの覗えるもので、腰の剣とは実にミスマッチなものだった。


「ああ、これは、お母様がくださったもので、鍛錬に向かないのは分かっているんだけど、やっぱり寒くてね」


 そうおっしゃられながらも、コートを見つめるその瞳はとても暖かいもので、降りゆく雪など簡単に融けてしまいそうだった。

 こんなに軟弱じゃ駄目よねと、ロヴァリエ王女は思い立ったようなお顔をされて、一気にコートを脱いで、ギルドの外側の柵へとお掛けになられた。


「‥‥‥やっぱり寒いわね。でも、せっかくこうして堂々と鍛錬が出来るんですもの。お父様とお母様が許してくださらなかったら、もうあと何回こうして槍や剣を振ることが出来るか分からないもの」


 ロヴァリエ王女は年末を待たれずにリディアン帝国へとお帰りになられる。

 リディアン帝国では、年の瀬には、学会の発表会というものが開催されるらしく、第一王女であらせられるロヴァリエ王女もご出席、及び今年の成果を発表なさるのだという。


「他の国からも、お偉いさんがいらっしゃるのよ。戻ったら急いで資料をまとめなくちゃ」


「年の瀬ですか。もうあまり時間もないのですね」


 そのロヴァリエ王女がご出席なさるという発表会を見てみたいという気持ちはあるけれど、おそらくそのような時間はとることは出来ないだろう。リーベルフィアでも年の瀬の催しは開かれる予定らしいし、何より、フィリエ様のお誕生日と、年が明けて春の最初にはミスティカ様のお誕生日も控えている。

 大々的なパーティーは、ナセリア様のお誕生日の際にも開かれなかったみたいだけれど、年の瀬にはパーティーが、音楽祭と同じに開かれる予定だと窺っている。

 国を挙げてのパーティーならば、姫様方の当然出席なさるのだろうし、そこに僕が出席しないわけにもいかず、必然的に他国へなど行くことが出来るような暇はないだろう。


「寂しくなりますね‥‥‥」


 それは僕の本心だ。

 見ず知らずの他人を信じたりはしないけれど、すでにロヴァリエ王女は他国からいらしたお姫様というだけではなく、姫様方との授業等を通じて教えさせていただいた、不遜かもしれないけれど、生徒と言えなくもない方だ。


「ふふっ。そんなに私が恋しいのなら、ユースティアも一緒に来る?」


 冗談とも本気ともつかない口調でそう言われ、僕は思わずロヴァリエ王女の方を振り向いた。


「あなたの魔法の腕は確かなものよ。ろくに魔法を使えなかった私だって、こうして少しはまともに見えるようになったでしょう?」


 そうおっしゃると、ロヴァリエ王女は僕たちが立っている足元の雪を溶かし去り、綺麗な円形の地面を露出させられた。

 こちらへいらしたときに、石を積んで小さな家を組み立てるのに苦労されていたころと比べると、辺りの雑草も綺麗に掃除されていたり、使うまでにかかる時間といい、ほとんど感じられなかった無駄な魔力消費といい、別人と言っても良いほどに上達なさっていた。


「リディアン帝国だってリーベルフィアに負けないくらい、ううん、リーベルフィアより素敵な国よ」


 ロヴァリエ王女はリディアン帝国の魅力について、もうじき訪れる春の若葉を感じさせる若草色の素敵な瞳で語ってくださった。

 時折挟まれる御父上、リディアン帝国の国王様へのご不満も、こちらへいらしたときよりも随分と柔らかいものになっていらしゃるように感じられた。


「だからどうかしら。もしよければ––」


「このようなところで大胆に引き抜きをお持ち掛けなさるとは、デートのお誘いでしたら、喜んでお受けいたしたのですけれど」


 ロヴァリエ王女は僕の後ろの方、ギルドの方へと細められた、何かを羨ましがられるような瞳を向けられると、フラれちゃったか、と呟かれた。

 

「ねえ」


 僕から数歩離れたところで立ち止まられ、振り向かれたロヴァリエ王女は、やみかけてきていた雪の中で、鏡のようによく磨かれた一振りの剣を引き抜かれた。


「最後なんだから、ここへ来た時の訓練のリベンジをさせてよ」


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