ウィンリーエ学院 帰り道 7
先程まで話し込んでいた部屋から出てきた彼らは、すぐに僕らが脱出の際に使用、もとい、破壊した窓に気がついた様子だった。
振り返ると、すでに屋敷には明かりが灯っていて、屋敷の見えている部分の広さとそれまでの時間のかかり具合から、彼らの中に居るだろう魔法師と、組織と言っても良いのだろうか、少なくとも現在屋敷にいるだろう人数の大よそは見当がつけられる、そのような感じの事を、寝ぼけ眼のナセリア様が仰っていた。
半分寝ている方の言がどれほど信頼に値するだろうかと考えてみたけれど、明日の朝、同じことを尋ねてみて、返答が同じであれば信頼に値するだろうと判断しようと考えた。
しかし、本当に失敗だったのはククリさんの姿を確認できなかったことだ。
到着してすぐに目の前で、というわけではないけれど、繰り広げられていた光景に目を奪われてしまっていて、肝心の問題をすっかり解決せずに帰って来てしまった。
まず間違いなくあの場所にいたはずだけれど、自身の不甲斐なさを悔いるばかりだ。
「申し訳ありませんでした」
僕は、すっかり遅い時間であるにも関わらず、起きて待っていてくださったクレネスさんに、帰ってすぐに頭を下げた。クレネスさんは、流石にお風呂には入られていたご様子で、エプロンをつけた仕事着から、おそらくは寝具なのだろう、部屋着のネグリジェに着替えていらした。
ナセリア様とフィリエ様はとても眠そうに、というよりも実際にほとんど眠っていらしたので、クレネスさんへの挨拶は僕1人で来て、申し訳ないけれど、ロヴァリエ王女に姫様方のことを見ていただいている。護衛の騎士の方が姫様方の寝室に入るわけにはいかないだろうし、魔法師の方は今いらっしゃらないので、完全に部屋の外から見張る手段はなく、同じ女性であるロヴァリエ王女にお任せするよりほかに方法がなかったためだ。
おそらく、姫様方の事だから、そのまま寝られるということはないだろうと思い、一応、姫様方のお荷物は、収納から取り出してロヴァリエ王女にお渡ししてきた。
「‥‥‥お気になさらないでください。元々、私1人ではどうしようも出来なかったことなのですから。こうして今お手をお借りしているという事さえ奇跡に近いと感じております」
クレネスさんはそう仰ってくださったけれど、それは建前というか、形式上の言葉に過ぎないのだということは手に取る様に分かってしまうくらいに、残念そうな、悲しそうな雰囲気を漂わせていらした。
「私の力不足と見通しの甘さが原因でした。明日、いえ、もう今日でしょうか、今夜は必ずと、今からお約束します。時間はどれ程遅くになるか分からないため、出来れば眠って待っていていただきたいのですが‥‥‥」
今夜––おそらくもう日付は変わっていることだろう––は、姫様方には宿のお部屋で待っていていただくつもりだ。
先程の失敗は彼らに警戒をさせるのに十分過ぎてしまうものだっただろう。それで警戒しないような相手であれば楽なのだけれど、あの対応の速さから考えて、そう甘くはないだろうと予測している。
ちなみに、昼間にこちらから侵入しないのは、昼間に姫様方と離れる理由が見つけられなさそうだからだ。
夜であれば、僕にも睡眠時間はあるので、それを削れば良いだけだけれど、昼間にそのような時間はない。
「‥‥‥私は出来ることならば起きて妹の帰りを待ちたいですが」
クレネスさんの気持ちはよく分かるけれど、女性を夜遅くまで、それも連日起きて待たせるようなことがあってはいけない。
もちろん睡眠を誘発する魔法もあるけれど、かといって、あまり強引な手段をとりたいとも思わない。
「‥‥‥では、こう致しましょう。私が妹君を迎えに行く間、もし、姫様方が一緒に行くとおっしゃられた場合、こちらに引き留めていただく役を買って出ていただきたいのです」
クレネスさんの表情が固まる。
いきなりお姫様のお相手を任されてしまった––押し付けられそうになっているともいう––のだから、当然の、予想通りの反応だった。
おそらく、ナセリア様とフィリエ様の事だ。
おふたりとも聡明でいらっしゃるけれど、責任感も、好奇心も、人一倍お持ちなので、今回の失敗の汚名を返上するためにというか、仕事を完遂するためにというか、とにかく、一緒に来られたがることだろう。未来予知の魔法はないけれど―–少なくとも僕は知らない––それはかなり高い確率で起こり得る未来だと推測できる。
後で怒られることになっても構わない。
とにかく、あの状態の姫様方をお連れすることは出来ない。
「全ての姫様方の不満は私1人でお受けいたしますので、どうにか引き留める方法はないでしょうか?」
ガールズトーク、なんて軽い話は出来ないかもしれないけれど、この場で協力を頼める方はクレネスさんしかいらっしゃらない。
シルエラさんにお頼みしに行くことも出来るかもしれないけれど、少し距離があるため、出来ればクレネスさんが引き受けてくださると助かるのだけれど。
「‥‥‥わ、分かりました。こ、この身に代えましても、そ、その任、果たさせていただきます」
かなり躊躇われた後、とても硬い表情で、言葉をつっかえつっかえになられながら、頷いてくださった。
僕が頷かせてしまった感が否めないのが、若干、心にくるものもあるのだけれど。