ウィンリーエ学院 帰り道 5
これまで僕は魔法顧問という職に就いて、姫様方の教師の仕事をする中で、自衛の術はきちんと教えてきたつもりだ。
防御のための魔法だけだけれど、僕が今まで見てきたリーベルフィアのレベル程度の魔法師であれば、おそらく姫様方が防ぐことのできない魔法攻撃はないだろうと断言できる。そのくらいの指導はこなしてきた。
もちろん、練習はあくまでも練習で、実戦ともなると、緊張だったり、空気感だったり、様々な要因が練習の時とは異なってくるので、完全に、完璧に、まったく問題はないかと言われれば、言い切ることは出来ないけれど、半人前でも、3人も集まれば立派に一人前を越えてゆかれる(僕が一人前かどうかはこの際気にしないでおく)。
「いいですか、姫様。くれぐれも、くれぐれもですよ、私の指示には従ってください」
最も重要視されなくてはならないのは姫様方の身の安全だ。
たとえ何が起ころうとも、そこをはき違えられていては、困るというレベルの問題ではない。
「分かってるわよ」
探索魔法に導かれるまま、夜の闇の空を妖精のようにふわふわと飛ばれるフィリエ様は、本当に緊張していらっしゃるのか分からない口調で笑いを漏らされた。
飛行魔法に関しては、危険だということもあるけれど、とても楽しんでいらしたご様子だったので、念入りにお教えしたため、おそらくコントロールについての問題はないだろう。
魔力を大分使ってしまうことが問題だけれど、ナセリア様とフィリエ様に関しては、この程度であれば問題はないだろう。
「私もまだ大丈夫よ」
念のため僕は最後尾につけているのだけれど、ロヴァリエ王女は遅れ気味だというだけで、まだ、魔力が欠乏しているとか、枯渇しかけているとか、そういった様子は見受けられない。
まあ、ナセリア様やフィリエ様は魔力での戦闘が出来なくなるほどに消耗されていれば、僕が連れて戻るつもりだけれど、ロヴァリエ王女は魔法以外の戦闘手段のほうがむしろ主な戦闘方法なので、その点では心配する必要はないだろうとも思っている。
ただし、その場合、帰りには僕が運ばせていただかなくてはならなくなるだろうけれど。
当然、夜中に飛び跳ね、屋根もお借りすることになるのだから、遮音もしくは消音の魔法も忘れてはいけない。
「どうやら、ここみたいだけど‥‥‥」
屋根の中へと、探索魔法を使用する際に作り出した蝶々が消えて行く前に、僕は自分の探索魔法を終了させた。
建物の前に降り立った僕たちだったけれど、それ以上、勝手に入るわけにもいかないため、立ち往生してしまう。
「ユースティア。令状のコピーなんて持って来てないわよね‥‥‥」
「申し訳ありません、フィリエ様」
「気にしないで。ちょっと聞いてみただけだから」
令状の置いてある部屋は、国王様の執務室だけだ。
もしかしたら、大臣様方のお部屋にも置いてあるのかもしれないけれど、正式な令状の発布には国王様のサインか印鑑が必要不可欠であるため、国王様の執務室以外に置く意味はほとんどないと言える。
まさか国王様の印璽の複製なんてものがあろうはずもないだろうし、それを作ってしまうのはいくら何でも犯罪が過ぎる。
「事後承諾になってしまうけど、まあ仕方ないわよね」
早速突入されようとなさるフィリエ様の手を掴んで止めさせていただいた。
「ちょっと、ユースティア。こけたら危ないじゃない」
「フィリエ様、それからロヴァリエ王女も少し落ち着かれて下さい。まず、本当にここなのか確かめる必要があります」
もちろん、僕は自身の魔法を疑ってはいないけれど、もし間違えたりすれば姫様方の名誉に傷がつく。 自分だけの責任で行えるのであれば、どれだけ猶予のあるのか分からないこの状況、即座に踏み込んで後からごめんなさいとする状況なのだけれど、そういうわけにはいかないだろう。
「確かめるって、どうするの?」
やっぱり、突入するんじゃだめなのかしらと、ロヴァリエ王女も腰の剣を抜き放たれる。
「要するに、気づかれなけば、たとえここが外れだったとしても、問題はないわけです」
静かに忍び込みましょう。そう提案すると、幻術の魔法を使った後に、一番高いところについている、灯りの漏れてきていない窓を破壊して侵入した。
◇ ◇ ◇
窓の修復を終えた僕たちは、真っ暗な闇を照らす小さな明かりを作りだした。
一応、外の目立つ扉の付近には見回りだとか、見張りだとかの方はいらっしゃらなかったけれど、建物の内部からは間違いなく、僕たち以外の人がいらっしゃる気配がしている。それは魔法を使わずとも明らかで、僕は、僕たちを包むように隠蔽の魔法をかけなおした。
『ここから先は話し声も立てない方が良いでしょう。魔力は消費しますが致し方ありません。今から先、会話は念話でお願いいたします』
確認の意を込められた念話が帰ってきたのに、僕は振り返って頷くと、先頭を歩いて館の中の探索へと乗り出した。
明かりの魔法も隠蔽されているのは確認済みである。
僕は結界内に、僕を含めて4人分の感覚があることを確認しながら、少しずつ、慎重に館の中で歩を進める。
「––しかし、こんな葉っぱ1枚で金貨数枚にもなるんだから、楽な仕事だよな」
曲がり角の奥からそのような声が聞こえてきて、こちらの声や音、気配は漏れたりしていないと分かっていながらも、僕たちは歩みを止め、息を殺して、壁にピタリと張り付いた。
「他のプラントの調子はどうだ?」
会話の主は、声から判断するに、中年ほどの男性2人。足音の感覚から判断できる身長と比較すれば、おそらくは30歳くらいだろう。
「問題ない。うまく紛れ込ませている」
抑揚のない声で告げられたその声には、一切の感情は入っていないようにも感じられた。
「そうだな。この『黒草』、一見しただけでの判別は難しいからな」
「『窟』のほうのお客様も特に問題はない。次はより王都に蔓延させる。はじめは外側から、気づかれぬようにな。王家のやつらの感覚は鋭くなってきている」
「魔法顧問が余計な真似をしてくれたおかげでな‥‥‥」




