ウィンリーエ学院 帰り道 4
「妹が、もう3日ほども帰って来ていないのです」
クレネスさんの妹さん、ククリさんとおっしゃるらしいのだけれど、そのククリさんがちょっと出かけてくると出かけていったのが3日前の夕刻だったのだという。
クレネスさんと同じような明るく短い茶色い髪に赤っぽい瞳の、フィリエ様と同じ年の頃だというククリさんは、こうして外に出ることはよくあるのだけれど、いつもは夕ご飯の支度までには帰宅されていたのだという。
「ご両親には、もうご連絡はされたのですか?」
「‥‥‥いえ、両親は実家の、南の方に住んでおりますから‥‥‥」
この辺りはリーベルフィアの北側だから、手紙を出したとしても、あと数日はかかるだろう。ちなみに、まだ手紙は出していないのだとおっしゃられた。
「ユースティア。探すことは出来ませんか」
ナセリア様に尋ねられ、フィリエ様と、クレネスさんの期待の込められた瞳が向けられる。
僕も力になって差し上げたいし、ククリさんの現在位置を知りたいとは思っているけれど。
「申し訳ありません。容姿が分かればおそらく会ったことがなくとも大丈夫だとは思うのですが、さすがに名前だけでは‥‥‥」
おそらく期待していてくださったのだろう。それだけに、クレネスさんの落胆は隠せてはいらっしゃらなかった。
「‥‥‥1つ、試してみたいことがあるのですが‥‥‥」
やったことはないし、その必要性のある場面、もしくは使うことのできる相手がいなかったおかげで、今まで試したことはないのだけれど、何もしない何もできない現状よりは好転するかもしれない方法はある。
しかし、自分ならばいくらでも構わないけれど、他人に使うのは躊躇いがある。どのような影響が出てしまうか分からないためだ。
「クレネスさんの記憶を読み取り、それを紙へ念写するのです。おそらく、念写はせずとも探すことは出来ると思いますが、後々、人手が必要な場面も出てくるかもしれませんし」
クレネスさんにスケッチしていただくという手段もあったけれど、時間的にはこちらの方が圧倒的に早い。クレネスさんにククリさんの事を出来る限り鮮明に思い浮かべていただくだけで事は済む。
「念写の精度としましては‥‥‥」
僕は紙を1枚いただくと、練習の意味も込めて、念写の魔法を使用する。
数秒の後には、真っ白だった紙の上に、色鮮やかな、まるで生きてそこにいらっしゃるようなナセリア様のお姿が映し出されていた。
ナセリア様は当然の事、クレネスさんも手で口を押えられている。
「ユースティア! これ、私に頂戴! あと、出来ればお兄様の分と、ミスティカの分と、レガールの分と、それからあたしの分も!」
知っている方の分であれば、ほとんど時間はかからない。
僕は続けざまに4人分の念写を終了させた。
「ユースティア! あたし、これが誕生日プレゼントでいいわ! こんなに素敵なもの、他にないもの!」
額縁に入れてお部屋に飾らなきゃ、お父様に自慢するのよ! と、興奮されているフィリエ様を、ナセリア様が宥められ、お店に売られていた小さな額縁を購入して、似顔絵を入れ、それを一時的に僕が収納の魔法で預からせていただいてから、改めてクレネスさんに向き合った。
「‥‥‥念写の精度はお分かりいただけたかと思います。しかし、これは私が知っている方だったからこそできたものです。ですので、クレネスさんも、ククリさんの事を出来る限り鮮明に思い浮かべられてください。もし必要とあれば、私が記憶を読むことも出来るかと思いますが、あまりやりたくはないので」
他人に記憶を覗き見られるなんて、気味の悪いことだと思う。
誰にだって、隠しておきたい思いでも、知られたくない想いもたくさんあるだろうに、それを知られてしまうかもしれないのだから。
もちろん、僕はそんな風に他人のプライバシーを覗き見ようなんて全く思っていないけれど、はっきりいって、見ず知らずの他人である僕にそんなことをさせようなんて考えるような人はいないだろう。いるとすれば狂人だ。それに、試行回数が5回しかないため、完全に使いこなすためにはまだ練習が必要だろう。
「信じていただけるかどうか分かりませんが、決して、あなたの他の記憶を覗き見ないと誓います。まだ不慣れな魔法ですので、上手くいくのかどうかも分かりませんが――」
「構いません。よろしくお願いいたします」
僕の言葉を遮る様に、クレネスさんは頭を下げられた。
「‥‥‥分かりました。イメージが出来たらお教えください。出来る限り短時間で、他の記憶を読んでしまう前に片付けます」
クレネスさんが目を閉じられて数秒、思い浮かべられました、という言葉を合図に、僕はクレネスさんの頭に手をかざし、反対の手で紙を持った。
今まで使ったことはなかったから当然なのだけれど、他人の記憶を見るというのは初めての感覚だった。僕が感じたのは、目の前なのか、頭の中なのかに広がる、クレネスさんとよく似た、ショートカットの明るい茶髪の女の子の姿だった。
それ以外の記憶を読み込んでしまう前にかざしていた手を放し、目を開いた。
「すごい‥‥‥」
紙、正確には似顔絵を見たクレネスさんの反応で、このククリさんの念写がどれほどの精度なのか見当はつけられた。
僕は他の紙にもその絵を複写させる。
「ではこれより探索魔法を使用しますので、クレネスさんはここに残られて下さい。それから––」
「まさか、私たちにはここに残っていろというつもりじゃないわよね?」
せっかくいい感じに話をまとめられたと思ったのに、フィリエ様は当然のごとくついていらっしゃる気で満々の様子だった。
このお店が狙われているという可能性も全くないわけではなかったので、できれば騎士の皆さんと一緒にこの場に残っていてくださりたかったのだけれど。
「私たちがいた方が、何かと便利だと思います」
ナセリア様までもがそのような事をおっしゃられ、正義感に燃えるロヴァリエ王女は言うまでもないことだった。
「あまり大人数で行くのも良くないとは思うのですが‥‥‥」
護衛の騎士の皆さんに事情を説明する––もちろん、おそらくは誘拐だと思われる事件の方ではなく、ナセリア様達のご同行の方だ––のが大変だなあと、出発する前から気の滅入る思いだった。