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ウィンリーエ学院 帰り道 3

 考えてみれば、生まれてこの方、こんな風に暇な時間を過ごしたことはなかったし、暇な時間なんて出来るようになるとは夢にも思っていなかった。

 記憶のある最初のころから働いていたし––精神系の魔法を応用すれば、覚えていない頃の自身の記憶を読み返すことも可能になるのかもしれないけれど、そんなことはしたいと思わない––それ以外には食べ物を手に入れたり、生きるための糧を稼ぐのに忙しく、ティノ達の相手をしている以外に暇といえる時間はなかった。

 もちろん、ティノ達の相手をするのは僕にとって一番幸せな時間だったから、それを堅苦しく考えたことはなかったけれど。

 暇といえるような時間があれば、お金を稼いだり、食料を調達する方が重要だったし、他にはトレーニングをしていた時もあったけれど、あれだって、僕自身、必要だと思ったからこなしていたことだ。

 どうしたものかと困った僕は、とりあえず思いつくまではトレーニングでもしていようと思い、失礼させて貰って、ギルドの屋根の上に登らせて貰った。


「ようし」


 たまには足で見て回るのも良いだろうと思い、軽く足の曲げ伸ばしをすると、他の道を歩く方の邪魔にならないように屋根の上を走る。

 夜の市場を見下ろすと、昼間とは違う様相を呈していて、売られている物も結構異なっているみたいだった。

 甘ったるい匂いを漂わせる怪しげな雰囲気の店––要するに娼館も、営業の準備を始めているようで、何やら煽情的な格好をされたお姉様方が科を作られながら客引きをなさっていた。

 出かけた時にはまだ夕方と言っても差し支えのない時刻だったと思うのだけれど、冬場は日の落ちるまでの時間も短くなっていて、辺りはすっかり暗くなり、街灯や、灯りを放つ魔道具がそこかしこにぶら下げられていたり、道路に出されたりしている。

 まずは目的を済ませてしまおう、そう思って、フィリエ様、ミスティカ様の御眼鏡にかなうような店を見繕って、ドアを開く。


「––っ、いらっしゃいませ」


 チョコレート扉の上に取り付けられた鈴がちりんちりんと可愛らしい音を鳴らし、僕が扉をくぐって入ると、ぱっと顔を輝かせていらした店員の、明るい茶髪に赤っぽい瞳の女性––女の子というべきだろうか––は、わずかに残念そうな顔を浮かべられた。


「––失礼いたしました。どうぞごゆっくりご覧になってください」


 柔らかな光が照らす、暖かい色調の店内には、雑貨や小物、ぬいぐるみなど、手作りに見える品々が綺麗に整列されていて、数人のお客様も物色なさっているご様子だった。

 僕も同じように贈り物を探したけれど、その間も、店員の女の子はそわそわと落ち着かない様子で、扉や窓の方をちらちらと気にしていた。

 気にはなったけれど、女性へのプレゼントを考えるときに他の女性の事を考えていては失礼になる。それならば、フィリエ様とミスティカ様、おふたりへのプレゼントを同時に買いに来たのは間違っているのではと言われると困ってしまうのだけれど。


「‥‥‥これがいいかな」


 おふたりへのプレゼントを手に受付へ向かい、台の上に置いてあるベルを鳴らした。

 入り口の扉とは違う音が鳴り、女の子はくるりと身体を反転させて、わずかにぎこちなさの残る笑顔を浮かべられた。


「‥‥‥ありがとうございます」


 そういって代金を受け取られたお顔も、やはりどこか優れないものだった。

 そんな風に困っている女性を見過ごすことは、男だったら出来はしない。自分の事を紳士だとは思っていないし、見た目がまだまだ子供で、侮られるのは分かっているのだけれど、放っておくことは出来なかった。紳士ではなくとも、そうできるような努力を怠ってはいけない。

 なにより、ここで放り出したとご報告すれば、姫様方に怒られてしまうことだろう。


「失礼ですが、お嬢様。何か心配事でもおありですか?」


 商品を受け取る際に、出来る限り優しい口調で、敵意はないとわかって貰えるように話しかけさせていただいた。

 彼女は驚いているご様子だったけれど、周りを見回されて、お嬢様と呼ばれたのがどうやら自分の事だとご理解されたらしく、わずかな間の後、頬をほんのりと染められて、いいえ、と無理したような笑顔を浮かべられた。


「ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません」


 お節介だし、結構ですと断られてしまうかもしれなかったけれど、やはり、こんな顔を浮かべている女性を––女性でなくとも––放っておけるはずはなかった。

 花でもぱっと出すことが出来たらよかったのだけれど、生憎、今は収納したり、持ち歩いたりしていなかった。

 代わりに、こういったやり方は不本意なものだったけれど、魔法顧問に就任した時にいただいた証を取り出した。


「こっ––」


 声を上げられそうになった女性の口を優しく人差し指を立てて塞ぐと、目をぱちくりされながら、証と僕の顔を往復させていらした。


「偉そうな物言いになってしまうことをお許しください。私の主も貴女がそのように悲しんでいるお顔を浮かべられることを良く思われないでしょうから、どうぞその不安を取り除くお手伝いをさせてはいただけませんか」


「その、今は接客中でして‥‥‥」


 彼女は悩んでいる様子だったけれど、彼女の手を優しく包み込んで微笑みを浮かべると、わずかに頬を赤く染められて、サラサラと書き込まれたメモをお渡しくださった。


『この後、よろしければお店の閉まった後にお越しくださいますでしょうか』


 僕は頷くと店を後にして、姫様がお待ちであろうギルドへ向かって、文字通り屋根の上を一直線に、走り出した。



 ◇ ◇ ◇



 こうなるだろうということは、若干予想していた。

 だからといって、いくら人助けとはいえ、護衛の役目を外れて行動するわけだから、姫様たちにお話ししないわけにもいかなかった。



 夕食を終えて姫様方がお風呂へ向かわれる際、きっとお風呂へ向かわれるだろうから大丈夫だろうと思っていた考えの甘い自分を殴ってやりたかった。

 何でもない事のように、ついでのように、告げてみたのだけれど、案の定、フィリエ様とロヴァリエ王女のご興味を惹いてしまった。

 おふたりがいらっしゃるのであれば、戦力を割くのは愚策だということでナセリア様もご同行されるのは当然の成り行きだった。一応、ナセリア様は、邪魔になってはいけないと反対してはくださったのだけれど。

 そんなわけで、今、雑貨屋さんの店内には、僕と彼女––クレネスさんの他に、ナセリア様とフィリエ様、それにロヴァリエ王女がいらっしゃって、店の外には、話さないわけにもいかなかった騎士の皆さんが来てくださっている。

 すでにお店は閉店しているので、営業妨害にはならないだろうけれど、まあ、何とも近寄りがたい雰囲気であることには変わりがない。


「今はプライベートなんだから、そんなにかたくならなくていいのに」


 フィリエ様はそうおっしゃるけれど、それは無理だろう。

 もう、何というか、僕が姫様方の護衛をしながらこの店の扉を再びくぐった瞬間、クレネスさんは石化の魔法でも使われたかのように固まってしまわれて、元に戻っていただくのに時間が掛かってしまった。


「今飲み物をお出しいたします」


 僕は収納してあったカップを4つ取り出すと、お皿ごと空中に浮かべたまま、やはり収納してあったティーポットに茶葉を入れ、適温のお湯を注いだ。もっとゆっくりしているときであれば、最適な方法で紅茶を入れるのだけれど、それほどゆっくりしている時間もなさそうだったので、随分と略式だ。

 クレネスさんは次から次へと起こる状況に一杯一杯らしく、カチコチに固まっている動作でカップをお受け取りになった。

 ナセリア様は、ロヴァリエ王女も多分、大丈夫だろうけれど、フィリエ様が口を開かれる前に、僕が代表して質問させていただくことにした。


「フィリエ様。私がお尋ねいたしますので」


「ユースティアはこの前からあたしを何だと思っているのかしら」


 僕はナセリア様達の前へと、1歩進み出ると、改めて状況をお尋ねするべく口を開いた。

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